科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

瀬古 博子

消費生活アドバイザー。食品安全委員会事務局勤務を経て、現在フーコム・アドバイザリーボードの一員。

今月の質問箱

ジビエにガイドライン作成、その理由は

瀬古 博子

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gibier 秋はジビエの季節。しかも、最近、ジビエがブームだという。専門店ができたり、ジビエ普及のイベントが各地で開かれたりしている。
 急速に増えてきた野生のシカやイノシシなどによる農作物の被害を減らし、これらを食材として利用することにより、地域振興にも役立てようとの狙いが背景にある。鳥獣の保護と狩猟について定めた鳥獣保護法も、鳥獣の生息数を管理するといった側面を導入して改正され、2015年から施行される。
 そんなジビエに、国による食肉の衛生管理のガイドラインがはじめて作られようとしている。

 厚生労働省では、2014年7月から「野生鳥獣肉の衛生管理に関する検討会(以下、検討会)」を設け、審議を進めてきた。もともとは牛生肉の規制強化・牛レバ刺しの禁止に始まる流れの中で、食肉の安全対策が進められてきた。
 富山県などで「焼肉酒家えびす」の牛ユッケによる集団食中毒事件が起き、牛の生食用食肉の規格基準が策定されたのが2011年。牛レバーについては、翌2012年に生食用としての提供が禁止された。
 ところが、牛レバーに代えて、豚レバーを生で提供するという動きが出てきた。こうした食肉の生食について規制すべきかどうかなど厚生労働省の調査会で議論され、結局、豚については禁止する方針となったが、このときジビエについても検討されていた。

 ジビエとは、食用に育てられた家畜ではなく、野生の鳥獣を食用とするものだ。飼育管理され、餌も安全確保されている家畜と異なり、どのような健康状態かわからず、また、どのような病原菌をもっているかわからない。寄生虫がついている可能性も高い。それだけではなく、E型肝炎ウイルスをもっているおそれもある。
 ジビエは生食のリスクが高いのだが、流通量が少ないとして、禁止する方針とはならず、「生食すべきではないこと」をあらためて周知していくことになった。

 今回つくられるジビエのガイドラインについては、7月から9月まで、「検討会」での4回の審議を経て、すでに案が示され、10月末までパブリックコメントが募集されていた。
 ガイドライン案を読むと、狩猟者を含む野生鳥獣の取扱者が感染症から自身を守るための対策や、異常が見られる動物を食用から排除するための見極めポイント、屋外での放血や内臓摘出など、幅広い記述があり、人の管理のもとで生産される家畜とは安全面で大きく異なることに改めて気づかされる。

 狩猟から加工・調理・販売に至るまで、食中毒発生時にさかのぼれるようトレーサビリティの確保(記録の作成・保存)に努めることとしている。加工、調理、販売、消費の際の取り扱いについては、加熱の必要性が強調されている。加工、調理、販売時には、十分な加熱調理(中心部温度が75℃度で1分間以上)を行い、「生食用として食肉の提供は決して行わないこと」とし、消費時も同様に十分な加熱をすることとともに、高率に微生物と寄生虫が感染しているのでまな板や包丁などを使い分け、処理が終了するごとに洗浄、殺菌するなどとしている。この内容はまだ案の段階だが、正式なガイドラインがいずれ近い内に発表されるはずだ。

 ジビエ生食のリスクについては、このサイトでもたびたび取り上げられているが、2009年に茨城県でシカの生肉から腸管出血性大腸菌に感染した例、2005年に福岡県で野生イシシ肉からE型肝炎に感染した例などの報告がある。E型肝炎については、2003年に鳥取県で野生イノシシの肝臓(生)によりE型肝炎に感染した患者2人のうち、一人が亡くなっている。冷凍生シカ肉からの感染例もある。
 2014年になってからも、大分県で、シカ肉を生で食べて、E型肝炎を発症したと思われる事例が報告されている。

 あらためて言うこととも思えないが、野生鳥獣の生食は相当のリスクを伴う。しかし、あらためて言いたくなるのは、いろいろな地域で、直接消費者の方々と言葉を交わす意見交換会の場で、時折「シカ肉をいただくことがあるが、生で食べてもよいか」、「くれる人が、生で食べるのが一番おいしいよと言って分けてくれる」といった声を聞くからだ。
 ジビエは通常の食肉のような流通ではなく、譲渡や自家消費されるものも多いと聞く。
 通常の流通にのらないからといって、リスク情報が消費者の元まで届かなくてもよいということにはならない。
今回のガイドライン作成により、ジビエの供給側はもちろん、消費する側にも、安全に食べるには加熱が必要だということが知れわたってほしい。

ガイドライン案(パブリックコメント募集案)

参考:
大分県 ジビエ(野生鳥獣の肉)はよく加熱して食べましょう
食品安全委員会 ファクトシート「ジビエを介した人獣共通感染症」

執筆者

瀬古 博子

消費生活アドバイザー。食品安全委員会事務局勤務を経て、現在フーコム・アドバイザリーボードの一員。

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