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執筆者

瀬古 博子

消費生活アドバイザー。食品安全委員会事務局勤務を経て、現在フーコム・アドバイザリーボードの一員。

今月の質問箱

肉フェス食中毒事件。肉寿司をなぜもてはやす

瀬古 博子

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肉フェスで食中毒が起きた。
2016年4月下旬から5月初旬にかけて、東京都江東区と福岡市中央区で開催された肉フェスで、販売されたハーブチキンささみ寿司、鶏むね肉たたき寿司によるカンピロバクター食中毒だ。

ハーブチキンささみ寿司については、肉フェスの主催会社が提供したカラー写真を見て驚いた。名前こそ「ハーブチキン」だが、見るからに生っぽいからだ。食品衛生について少しでも知る人なら、この寿司に手を出すことはないだろう。

カンピロバクター食中毒は日本でもっとも多い食中毒の一つで、2015年の発生件数は318件、患者数は2,089人にものぼる。肉類、特に鶏肉の刺身やたたき、加熱不十分な肉などが原因とされることが多い。
末梢神経疾患のギラン・バレー症候群を引き起こすことがあると指摘されており、甘く見ることはできない。

この状態では加熱不十分

この状態では加熱不十分

カンピロバクター食中毒を予防するには、肉やレバーなどの内臓はきちんと加熱すること、生肉から調理器具や他の食品などへの二次汚染を防ぐこと。

こういったごく当たり前のことなのだが、カンピロバクター食中毒は毎年200~400件ぐらい発生し、なかなか低減できない。
なぜかと考えると、鶏刺しや鶏のたたきなど、鶏の生食メニューが飲食店で普通に出されていることと無関係ではないと思える。

肉類の中でも鶏肉は特にカンピロバクターの汚染割合が高いことが知られている。
生食メニューで出されるものも安全とはいえない。厚生労働省の調査では、2015年に検査した鶏たたきのうち15.6%(5/32検体)にカンピロバクター汚染が認められた。2014年では17.1%(7/41検体)だった。

牛肉にはユッケなど生食用食肉の規格基準があるが、鶏肉にはない。
食鳥処理場で処理するときに鶏の腸内にいたカンピロバクターに鶏肉が汚染されたとしても、食べるときに加熱されることが前提となっている。
通常、食鳥処理場で生食用と加熱用で処理のレーンを分けるといったことがされているわけではないのだ。

では、豚の生食禁止、牛レバー禁止のように、鶏肉も生食を禁止すべきなのかというと、それは議論が分かれるところだろう。
規制が強化された世の中が居心地よいとは考えにくい。

鶏刺しなどの鶏の生食は、今でこそ全国的なメニューとなっているが、元々は宮崎県、鹿児島県で見られた食文化で、両県の郷土食の資料を見ると、昔は農家の庭先で鶏が飼われ、正月など行事の際に鶏をつぶし、刺身(たたき)などもつくられたことが書かれている。

宮崎県、鹿児島県では、それぞれ生食用食鳥肉の衛生対策を定め、成分規格目標(糞便系大腸菌群、サルモネラ、カンピロバクター、黄色ブドウ球菌が陰性)を設定したり、食鳥処理場での加工や販売、調理なども衛生的に行うよう、独自の取り組みを行っている。例えば、包丁やまな板は専用のものを使ったり、生食用のものとそれ以外は明確に区別して保管する。鹿児島県では表示基準目標も定めている。

宮崎県や鹿児島県の人はカンピロバクター食中毒にかかりにくいとの説があるが、郷土料理としての歴史がある地域では、安全に加工・調理し、安全に食すための努力を続けて、伝承してきた。生食のリスクがわかっているからだ。
両県では今も安全対策を続けている。ただし、それでもカンピロバクター食中毒は起きている。

肉の寿司という、昔は考えられなかったような食べものがブームになったり、タレントさんが紹介すると一挙に人気に火が付いたりする。
こういうとき、リスク情報は置いていかれてしまう。しかし、食品のリスクはゼロではない。安全対策をおろそかにした食品をもてはやすわけにはいかないだろう。

(参考)
食品安全委員会 ファクトシート カンピロバクター

厚生労働省 食品中の食中毒菌汚染実態調査の結果(食品等事業者の衛生管理に関する情報)

宮崎県、鹿児島県の取り組み(厚生労働省、薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会乳肉水産食品部会食肉等の生食に関する調査会資料)

(編集部:6月3日、写真をオリジナルのものに変更しました)

執筆者

瀬古 博子

消費生活アドバイザー。食品安全委員会事務局勤務を経て、現在フーコム・アドバイザリーボードの一員。

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