科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

瀬古 博子

消費生活アドバイザー。食品安全委員会事務局勤務を経て、現在フーコム・アドバイザリーボードの一員。

今月の質問箱

築地に行って、豊洲のことを考えた

瀬古 博子

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写真1 築地市場から、オリンピック道路の「築地大橋」を見る

写真1 築地市場から、オリンピック道路の「築地大橋」を見る

連日、豊洲の土壌汚染対策にまつわる問題が報道され、市場の移転がどうなるのか、世の中の関心が高まっている。

そんなときに、築地市場のドキュメンタリー映画が公開された。

「築地ワンダーランド」。

1年以上かけて築地市場の日常を撮影し、名だたる料理人や専門家にも取材し、築地の魅力が凝縮された映画だ。

冒頭、料理評論家、山本益博氏の「築地はナンバーワンではない。オンリーワンだ」という言葉が紹介される。

築地とはもちろん、東京都中央卸売市場築地市場のことだ。1935年に開設され、今年で約80年。水産物の取扱量と金額は、1日に約1,676トン、約16億円。1日に、4万人を超える人が市場を訪れるという。

映画で紹介される、築地で働くプロフェッショナルの面々と見事なその仕事ぶりについては、ぜひ実際に映画でご覧になっていただきたい。

写真2  築地東劇にて先行上映後、全国公開

写真2 築地東劇にて先行上映後、全国公開

実は、映画を見るよりも前、9月の土曜日に、久しぶりに築地市場を見学する機会を得た。

「テレビチャンピオン築地通選手権準優勝」というすごい経歴をもつ、食育コンシェルジュの鶴岡佳則さんが見学ツアーのガイドをしてくださった。まずは築地本願寺前で参加者が集合。築地がもともと江戸時代の埋立地、“築いた土地=築地”であったこと、市場内でのルールなどを伺い、場内へ。

築地市場内の商店街、「魚がし横丁」では、秤や刃物、ランチョンマットなど、食に関するさまざまな店が並び、観光客も訪れてにぎやかだ。

今回は、市場の方に迷惑にならないように、せりの終了した午前中の時間帯に、まぐろや活魚のせり場、仲卸売場、青果仲卸売場などを、案内していただいた。

写真3  生鮮まぐろのせり場

写真3 生鮮まぐろのせり場

以前、冷凍まぐろのせりは見学したことがあるが、生鮮まぐろのせりは見学不可なので、生鮮まぐろのせり場に足を踏み入れるのははじめて。せりは終わっているから、せり場はがらんとしている。まぐろはすのこの上に置いて並べ、せりにかけて売っていく。生鮮まぐろは氷詰めで木の箱で運ばれてくるそうで、木の箱がまぐろに合わせて一つ一つ作られる。使用後の木箱がせり場の外にいくつも並んでいる。まぐろは何もかも特別のようだ。

写真4  クラシカルな水産本館の建物

写真4 クラシカルな水産本館の建物

仲卸売場に入ると、石畳は開業時の1935年頃のまま。通路の両側にさまざまな仲卸業者が店を並べている。まぐろ専門店、貝類専門店、えび専門店…。こうした仲卸業者が、長年の経験で培った知識や情報、ノウハウをもとに、いわゆる目利きをして、魚の橋渡しをしていく様子は、「築地ワンダーランド」にも詳細に描かれている。

水産本館の建物にも入らせていただいた。とてもクラシカルな雰囲気の建物で、中には郵便局もあれば、市場衛生検査所もある。

写真6  市場衛生検査所前では、毒魚の模型も展示

写真6 市場衛生検査所前では、毒魚の模型も展示

写真5  市場衛生検査所

写真5 市場衛生検査所

築地では、古めかしい施設で、観光客も入り混じって混沌とした中で、膨大な食品が取り扱われ、市場が生き生きと機能している。その状況に、不思議な魅力を感じてしまう。

ひるがえって、豊洲のことを考えると、土壌汚染対策をはじめとしたさまざまな問題で、市場移転を進めてきた東京都
政が信頼を失い、つまずいてしまった。

豊洲新市場に関しては、土壌汚染や移転費用にまつわる不透明さなどだけでなく、ほかにいくつものことが指摘されている。

例えば、卸売市場と仲卸が別の棟となって、スムーズな移動、運搬は可能なのか。

荷おろしのとき、築地ではトラックの扉が左右に大きくオープンし、そこから品物が運ばれる。豊洲では、トラックの後部から品物を出すことを想定しているようだが、問題ないのか。

仲卸店舗の間口が狭く、冷蔵庫等を置くことができるのか。まぐろのような大型魚をさばくための長い包丁を使うのに支障はないのか。

豊洲は築地に比べてアクセスが不便であり、物流に支障が生じるのではないか。

これらについて、東京都の資料を見ると、例えば、卸売市場と仲卸を結ぶ通路に関しては、地下通路(アンダーパス)が4本あること、仲卸店舗に関しては、1店舗当たりの面積は築地よりも広くなり、店舗とは別に共同加工場を設けること、などが説明されている。トラックにしても、後部からの搬入は、衛生管理の点から望ましいということだろう。

現在の築地市場は、たしかに魅力的だが、施設が老朽化していることは事実だ。豊洲新市場の施設では、温度管理が可能な閉鎖型の施設になり、高度な衛生管理手法“HACCP”が推進され、消費者のための食品安全の確保が強化される。

豊洲新市場の施設では、せりを見学できるガラス張りのスペースも用意されており、消費者とのコミュニケーションの点でも配慮されている。

東京都では、市場問題プロジェクトチームを設け、土壌汚染の問題等、検討を開始している。移転するのか、しないのか、まだ先行き不透明だが、まずは豊洲新市場が働く人にとって安全な施設であることの確認が必要だ。
ベンゼンは「発がん物質」と恐れられるが、車の排ガス、たばこや線香の煙などにも含まれる。こうした環境中にあってゼロにできない物質について、冷静に判断できる説明があればと思う。

市場が移転することになったら、失うものも多いが、得るものも大きいだろう。築地築市場で培われ、継承されてきた知識や技術、心意気が、新しい市場でさらに発展するよう願いたい。そのためには、消費者として何ができるのか、考えていきたい。

執筆者

瀬古 博子

消費生活アドバイザー。食品安全委員会事務局勤務を経て、現在フーコム・アドバイザリーボードの一員。

今月の質問箱

いろいろな場面で食品安全や食品表示の質問、疑問に遭遇します。自分なりに、気になる質問のコタエを探したい