科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

瀬古 博子

消費生活アドバイザー。食品安全委員会事務局勤務を経て、現在フーコム・アドバイザリーボードの一員。

今月の質問箱

女子栄養大学「佐々木敏トークライブ」“栄養学は教養です”

瀬古 博子

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6月12日(水)、女子栄養大学で「佐々木敏トークライブ」が開催されました。

佐々木先生は、ご存じの通り、「日本人の食事摂取基準」策定検討会で、ワーキンググループ座長として、中心的な役割を果たしてこられた、栄養疫学の第一人者。

月刊誌『栄養と料理』で「佐々木敏がズバリ読む栄養データ」の連載が100回となり、また連載をまとめた著作『佐々木敏のデータ栄養学のすすめ』も発売後1年が経過し、高評価であることを記念した、「トークライブ」です。

佐々木先生と著書

・講演スライドはこちら

当日は定員180名のところ、キャンセル待ちも出る状況となりました。参加者は管理栄養士、栄養士の方が中心で、食の専門家の方が多かったようです。

開催告知のときから「テーマは参加者が決める」とのふれこみで、どういうことをやるかというと、『佐々木敏のデータ栄養学のすすめ』収載テーマから事前投票でランク付けをして、1位~4位までを佐々木先生が解説するということです。

●データを示して解説

当日のぎりぎりの時間まで投票を受け付けて、ランキングは下記となりました。

4位 栄養価計算 食べ物と栄養素の複雑な関係(連載第1回)

3位 減塩 研究結果の不一致をどう読むか?

2位 低糖質ダイエット 糖尿病の予防と管理に有効か?

1位 野菜「1日に350g」の根拠はどこにあるのか?

どれも興味深いテーマです。

佐々木先生のお話はエビデンスを含めて詳細な内容なのですが、ポイントをまとめてみました。

<4位 栄養価計算>

・例えば、朝食が「パン派」の人に比べて「ご飯派」の人は乳製品の摂取量が少ないというグラフを見ると、「ご飯派」の人にどのようなアドバイスをするのがいいと考えられるでしょうか。「カルシウム補給のために、もっと乳製品をとったほうがいい」と考えがち。しかし、食品だけを見て、そう単純に考えることはできません。

・栄養素摂取量のグラフも見ると、「ご飯派」が「パン派」よりも食塩が多く、カルシウムもやや多いことがわかります。カルシウムは、野菜類、豆類や魚介類からもとれます。「ご飯派」に必要なアドバイスは、「減塩」。このように、栄養素を見ることが大事。栄養価計算は食事を判断する上で必要で、食品だけを見ると、判断を誤ってしまいます。

<3位 研究結果の不一致>

 

・10万人以上を対象とした、大規模栄養疫学研究で「過度な減塩はむしろ健康にマイナス」という結果が示されたことがありました。しかし、人数が多い研究ほど信頼性が高いというわけではありません。

・減塩すると、うっ血性心不全の発症率が上がったり、心筋梗塞や脳卒中についても予防できないというデータは、食塩摂取量が1日に6g未満など、非常に少ない場合にあてはまる話。いまの日本人の食塩摂取量で、減塩して健康にマイナスになることはありません。

・研究結果の不一致は、たくさんあります。新しい論文が出ると注意を引かれますが、一喜一憂しないことです。100個のイエスと1個のノーがあると、ノーが話題になりますが、話題性より確実性が重要です。

<2位 低糖質ダイエット>

・低糖質ダイエットの糖尿病への有効性については、「現時点ではなんともいえない」。

炭水化物の総エネルギー比が2割以下だとほとんど血糖値が上がりませんが、炭水化物を減らせばいいというような単純な話ではありません。

・世界中の研究結果をまとめると、炭水化物が15%ぐらいの食事を3か月続けると、3か月間は糖尿病がよくなりました。炭水化物が30~40%ぐらいの食事で6か月間では、結果はわからないということになり、炭水化物40%ぐらいの食事で1年間では、悪くもならないが、よくもならず。低糖質ダイエットが有効となる場合もある、といえますが、その条件は、炭水化物を15%ぐらいまで下げて、かつ3か月限定となり、現実的ではありません。

・現時点のエビデンスに基づけば、糖尿病の予防、管理の優先順位は、低糖質が筆頭ではなく、体重管理、運動、減塩、飽和脂肪酸の制限という順序と考えられます。糖尿病はものすごく複雑な病気。「糖尿病」という名前に引きずられないように。

<1位 野菜350gの根拠>

・野菜と果物を350gとるととっていない人より寿命がのびるのはエビデンスがありますが、「野菜350g」というのはこの量がいちばんよいのではなく、野菜に注目させるための客寄せ的な仕掛け。実は、よく練られたポピュレーション・ストラテジー。 みんなで少しずつでも野菜を食べる量を増やそうということのようです。

現状は、日本は、ヨーロッパ諸国に比べると、野菜の摂取量は多い(277g)のですが、果物の摂取量は少ない(102g)です。

●教養としての栄養学

地中海食の話題も提供

4位までのテーマのほか、地中海食の話や、連載記事のイラストなど軽い話題もあり、濃密で盛りだくさんな内容でした。

地中海食の適合スコアを見ると、ギリシャやスペイン、イタリアなど、多くの国は1960年代から2000年代にかけて軒並みスコアが下がり、現在はエジプトやモロッコが上位に。

地中海食スコアの項目には、オリーブ油やワインはなく、野菜、豆類、果物・ナッツ、穀類、魚類、一価不飽和脂肪酸・飽和脂肪酸比、肉類、乳製品、酒類が並びます。

肉類、乳製品は、摂取量が集団の中央値未満の場合に、ポイント加算されます。つまり、摂取量が少ないほうが、ポイントが上がります。

世界中で、地中海食を扱った研究論文の総数は、3,418編にものぼり、日本食を扱った研究論文数は、153編にとどまるそうです。

こうしたお話をしながら、佐々木先生から、「栄養学は教養ですよ。もっと教養をもちませんか。」との熱い叱咤激励が。

佐々木先生は、チクリと世の中を「刺す」表現を工夫しておられ、「なぜ人は数学がきらいなのに、数字が好きなのだろう」、「科学をかきまぜて遊ぶな」など、刺激的な言い回しがところどころに混じります。会場をうめた参加者も、熱心に聞き入っていました。

質疑応答では、電子投票サービス「slido」を利用して、スマホで質問を出せるようになっていました。手を挙げることもなく、聞きにくい質問でも匿名で出せて、質問が自動的にリスト化されていく、おもしろいしくみです。

減塩の方法やスポーツ栄養学、がん、認知症など多岐にわたった質問がスクリーンに映し出され、佐々木先生は「減塩はまだ認知度が低い。がんについては今後取り上げてみたい。スポーツ栄養学は意外に研究論文が少ない」など、いくつかの質問に回答。

質問の中には、「〇〇を食べると健康になる」など氾濫する情報への対応や「超加工食品」についてどう考えるか、といった質問もありました。

多様な食情報のなかで、消費者はもちろん、栄養にかかわるプロの方でも戸惑うことがあるようです。

今回のトークライブは、そうした戸惑いに、参考となる情報を与えてくれました。

〔参考〕

・佐々木敏のデータ栄養学のすすめ 氾濫し混乱する「食と健康」の情報を整理

・佐々木敏の栄養データはこう読む! 疫学研究から読み解く ぶれない食べ方

http://eiyo.sub.jp/shoseki/booklist/ekigaku.html

・「佐々木敏のデータ栄養学のすすめ」のツイッターアカウント

https://twitter.com/dataeiyosusume

(この記事は、6月20日発行のFOOCOMメールマガジン第398号を加筆修正してお届けしています)

執筆者

瀬古 博子

消費生活アドバイザー。食品安全委員会事務局勤務を経て、現在フーコム・アドバイザリーボードの一員。

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