科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

瀬古 博子

消費生活アドバイザー。食品安全委員会事務局勤務を経て、現在フーコム・アドバイザリーボードの一員。

今月の質問箱

ベラルーシの25年 段階的な対策に学ぶ

瀬古 博子

キーワード:

原子力緊急事態宣言の解除はいつ?

 原子力緊急事態宣言が出されてからすでに3カ月が過ぎました。原子力災害対策特別措置法(原災法)では、原子力に関する緊急事態が発生したと認められるときに、内閣総理大臣がこの宣言を行うことになっています。では、この宣言はいつまで続くのでしょうか? 原災法では、下記のように書かれています。
「内閣総理大臣は、原子力緊急事態宣言をした後、原子力災害の拡大の防止を図るための応急の対策を実施する必要がなくなったと認めるときは、速やかに、原子力安全委員会の意見を聴いて、原子力緊急事態の解除を行う旨の公示(「原子力緊急事態解除宣言」という。)をするものとする。」(第15条第4項)

 つまり、ひとたび原子力災害緊急事態宣言が出されると、事態が収束したのちに、緊急事態を解除しますよという宣言が行われることになります。この解除宣言が行われたとはまだ聞いていませんし、災害拡大の防止対策は現在も引き続き行われています。したがって、3カ月たった現在でも、まだ緊急事態が続いているということなのでしょう。

牛乳への不安

 そのような状況の中で、食品の関連では、当初問題になった水道水からは放射性物質が検出されなくなり、牛乳についてもほぼ全国で出荷などの制限が解除されています。このところ、暫定規制値を超過して問題となっているのは、一部地域の茶、タケノコ、ウメや一部の水産物などでしょうか。これらの超過品目については、産地を限定した出荷制限などが行われています。

 食品の放射能汚染について、とりわけ大きな不安を抱いているのは小さなお子さんをもつお母さんたちでしょう。毎日飲む学校給食の牛乳が心配だという声も聞かれます。

 牛乳への心配は、1986年のチェルノブイリ原発での事故が起こった際に、汚染されたミルクを飲んだ子どもたちに甲状腺がんが増えたことが関係しているものと思います。
チェルノブイリでは、放射性ヨウ素が牧草地に堆積し、牛がこれを食べたために牛乳が汚染され、汚染された牛乳を飲んだ子どもたちが被害を受けました。甲状腺がんとの診断例は5000件を超えるとされています。放射性ヨウ素は甲状腺に集まりやすい性質をもちます。その物理学的半減期は短く、事故後の数カ月、汚染された牛乳の供給を止めていたらこのような結果にはならなかったのではないかといわれています。

参考:WHO資料(英文)

 福島では、3月16日に採取された原乳が検査され、放射性ヨウ素の暫定規制値300ベクレル/キログラム(Bq/kg) を超過したために、出荷が制限されてきました(とくに、乳児用調製粉乳及び直接飲用に供する乳には100Bq/kgを超えるものは使用しないよう指導)。その後、放射性物質の値が下がった地域から制限が解除されています。

 ごく最近の検出結果を表にまとめてみました。放射性ヨウ素の検査結果はどれもND(検出されなかった)となっています。放射性セシウムでは検出例がありますが、牛乳・乳製品の放射性セシウムの暫定規制値200Bq/kgを下回っています。今後、汚染の可能性がある牧草や水の管理を徹底し、さらに慎重なモニタリングを続けることが必要でしょう。


出典:厚生労働省の食品の放射性物質検査について

 生協でも自主的に牛乳等の放射性物質の検査を行っているところがあります。
例えば、生活クラブ生協では、牛乳等の検査結果をひんぱんに公表しています。6月30日のお知らせでは、集乳日が6月26日と28日の原乳について、千葉工場、栃木工場とも放射性ヨウ素、放射性セシウムが「不検出」だったとウェブサイトに記述しています。

 なお、生活クラブでは、これまで自主基準(37Bq/kg)を運用してきましたが、今回の原発事故を受けてこれを停止し、新たな自主基準を制定するまでは現在の国の暫定規制値を運用するとしており、かなりていねいな説明を掲載しています。

ベラルーシの25年間

 日本の規制値は、各国の規制値と比較すると、ヨウ素ではゆるく、セシウムでは比較的厳しいという見方もあります。
参考:消費者庁パンフレット(p17に各国の表あり)

 規制値に関しては、ベラルーシでは、子ども用食品の規制値が37Bq/kgとかなり厳格な値となっています。ベラルーシは1986年にチェルノブイリ原発の事故で多大な被害を受けた国ですが、どのように規制値を決めたのでしょうか。

 ベラルーシでは、チェルノブイリ後25年間で、たびたび規制値が改正されてきました。
 そのもとになる線量限度は、事故が起きた1年目では緊急的な線量として100ミリシーベルト(mSv)、87年には50mSv、88・89年30mSv、90年5mSv(外部被ばくと内部被ばくが各50%)とされ、ソ連の保健省により食品と飲料水中のセシウム137の「一時的許容レベル」が承認されました。
 ベラルーシ共和国として独立後に定めた法律では、線量限度は年間1mSvとされ、91年に5mSv、93年に3mSv、95年に2mSv、98年に1mSvとなるよう、ステップバイステップのアプローチをとることが提案され、食品と飲料水に「共和国管理レベル」が設定されました。

 食品の品目は細かく分かれており、例えばバターでは、86年に一時的許容レベルとして7400Bq/kgだったものが、88年に1100Bq/kg、90年に共和国管理レベルとして370Bq/kg、92年に185 Bq/kg、99年には100 Bq/kgというように、段階を踏んで小さな値となっています。
 子ども用の食品については、88年に一時的許容レベルで1850 Bq/kg、91年に185 Bq/kg、そして、90年に共和国管理レベルで37Bq/kgとなり、現在もこの値が維持されています。

 この間、規制値を段階的に引き下げながら、汚染を低減する努力が続けられてきたのです。これから日本でも息の長い取り組みが必要になるでしょう。今後どのように放射線と向き合わなければならないのか、それを考えるとき、ベラルーシが歩んできた道のりから学ぶことは大きいのではないでしょうか。
参考:ベラルーシ資料(英文、p16に規制値の表あり)

執筆者

瀬古 博子

消費生活アドバイザー。食品安全委員会事務局勤務を経て、現在フーコム・アドバイザリーボードの一員。

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