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執筆者

瀬古 博子

消費生活アドバイザー。食品安全委員会事務局勤務を経て、現在フーコム・アドバイザリーボードの一員。

今月の質問箱

イギリスでは3度、BSE対策を緩和した

瀬古 博子

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 9月「アメリカ産牛肉、輸入制限緩和へ」といった見出しが新聞各紙に並びました。厚生労働省からの評価依頼を受けて、内閣府の食品安全委員会が、BSE対策に関する評価の案をとりまとめたのです。

国産牛についても評価

 BSE対策については、なぜか「アメリカ産牛」ばかりが注目の的となるようです。しかし、今回行われている評価の内容はそれだけではありません。

●アメリカ・カナダ産の牛について、輸入制限「20か月齢以下」(現行)を「30か月齢以下」とした場合
●フランス・オランダ産の牛について、「輸入禁止」(現行)を輸入制限「30か月齢以下」とした場合
●国産牛について、検査対象月齢「20か月齢超」(現行)を「30か月齢超」とした場合
●特定危険部位について、扁桃を除く頭部、せき髄、せき柱の「全月齢」での除去(現行)を「30か月齢超」での除去とした場合
 これらについて、リスク評価案はいずれも、「リスクの差は非常に小さく、人の健康への影響は無視できる」としています。(詳細は白井洋一さんの9月26日付コラム「BSE対策見直し 検査対象30カ月齢以上へ引き上げ 不親切な食品安全委員会の評価書」参照)

月齢を問わない全頭検査が継続されている

 このうち、国産牛の検査については、日本ではじめてBSE感染牛が見つかった2001年から、月齢を問わない全頭検査がスタート。その後、2005年に「20か月齢以下は検査不要」と改正されたものの、検査費用の国庫補助終了後、都道府県では独自の費用負担で月齢を問わない全頭検査を継続して実施。そもそも若い牛ではBSE検査で陽性を見つけるのは難しいことから、「検査は無駄」、「いや消費者の不安解消のためにも検査は必要」など、これまで議論されてきました。

 この検査の対象月齢について、今回は20か月齢をさらに引き上げて「30か月以齢以下は検査不要」とした場合のリスクの差について、前述の評価の案が示されたわけです。なお、国産牛というと乳牛のホルスタイン種を考えがちかもしれませんが、和牛など肉用種も含めて、国内で育てられた牛のことを指しています。

イギリスの「30か月齢超ルール」

 ところで、こうした対策は海外―例えば、イギリスではどうなっているのでしょうか。
 ご存じのとおり、イギリスは1986年の秋に、BSEをはじめて家畜の病気として認めた国。その後、今までにイギリス国内で18万4,619頭を超えるBSE発生が報告されています。これは世界のBSE発生件数(19万629頭)の約97%を占めるほどの割合です。

 ちょうど、日本で国産牛のBSE検査が20か月齢以下で不要となったり、BSE発生後に輸入禁止となったアメリカ・カナダ産牛の輸入再開が話題となったりした2005年頃には、イギリスでは「OTM(Over Thirty Months:30か月齢超)ルール」の解除が話題となっていました。

 イギリスのOTMルールとは、30か月齢を超えた牛の食用流通禁止を定めたものです。
BSE 1996年にイギリス政府がBSEの人への感染、つまり牛のBSEと人の変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)の関連の可能性を認め、それまで反すう動物対象であった肉骨粉の供与禁止を全種類の家畜対象へと強化。牛肉の食用流通についても「30か月齢を超えた牛は食用にしない」というOTMルールを導入したのです。
vCJD なお、イギリスでのBSEの経過については、飼料規制や特定危険部位の除去といった対策により、イギリスだけで1年に37,280頭(イギリス以外では欧州で36頭)の発生が報告された1992年をピークに減少し、BSEとの関連が示唆される変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)については、2000年をピークに減少しています。

OTMルールの解除へ

 こういったBSE対策について、イギリス、またEUにおいても、たびたび見直しが行われてきました。特定危険部位の見直しなどもありますが、2005年のOTMルールの解除、2009年のBSE検査対象月齢の48か月齢への引き上げ、2011年のBSE検査対象月齢の72か月齢へのさらなる引き上げが、主な見直しといえるでしょう。

 イギリスでは2000年に発足した食品基準庁(FSA)が、2002~2003年頃、OTMルールを続けるべきかどうか検討。このときは、悲観的なシナリオで変異型クロイツフェルト・ヤコブ病による死亡者が5,000人になるとの前提を置くと、30か月齢超の牛を食用禁止とするOTMルールを廃止し、30か月齢超の牛についてはBSE検査を行って陰性のものを食用とする措置を導入した場合、今後60年間での変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の死亡者は0.04人増加するだろうとの見解が示されました。自然発生型のクロイツフェルト・ヤコブ病は100万人に一人発生するとされており、それよりも確率が低いことになります。

 食品基準庁の理事会は担当大臣に対し、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病のリスクを大幅に増加させることなく、OTMルールをBSE検査に変更することができる旨を勧告し、2005年にOTMルールは解除されました。30か月齢を超えた牛を別ラインで殺処分して焼却するOTMルールは、畜産農家への補償も含めて、莫大な費用がかかります。その費用は納税者が負担するということも考慮されたのではないでしょうか。

 食品基準庁では、消費者向けのパンフレットを作成し、科学部記者に説明を行うなどして、消費者の信頼の回復に努めました。当時イギリスには極端な科学者がいて(どこにでもいるらしい)、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の死者が3,000万人ぐらいになると予測し、メディアもそのような極端なコメントを求めて取材に走るようなことがあり、問題になったそうです。実際には、イギリスでの死者は現在までに176人とされています。

EUは2011年から「72か月齢超」が検査対象

 2009年1月には、イギリスと他のEU加盟国では、BSE検査を行う牛の対象月齢を30か月齢から48か月齢に引き上げました。このときイギリス食品基準庁は生産者団体や消費者側の団体などに意見を聞いており、特に反対意見はなく、消費者側の団体からも健康なと畜牛の30か月齢の検査継続について「正当化は困難」といったコメントが寄せられ、検査対象月齢の変更への同意が示されています。
さらに2011年には、検査対象月齢を48か月齢から72か月齢に引き上げました。これは、イギリス及び他のEU加盟国で生まれ、食用にと畜される健康な牛についての検査対象月齢のことで、BSE陽性の可能性が高いリスク牛などの検査条件は異なります。

 今後、日本の国産牛や輸入牛についての規制措置は、厚生労働省で検討されることになります。各国のリスクレベルには差異があり、他の国とまったく同じように考えることはできませんが、海外の状況を知ることは日本の状況を考えるときの手掛かりにはなりそうです。イギリスがたどった規制緩和の道のり、あなたはどのように思われましたか?

※BSE発生件数は国際獣疫事務局、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病はEUROCJDの情報による。
※OTMルールについては、2004年のレイ・ブラッドレー氏講演録を参照。

執筆者

瀬古 博子

消費生活アドバイザー。食品安全委員会事務局勤務を経て、現在フーコム・アドバイザリーボードの一員。

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