科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

瀬古 博子

消費生活アドバイザー。食品安全委員会事務局勤務を経て、現在フーコム・アドバイザリーボードの一員。

今月の質問箱

「牛乳は危ない」説で気になること

瀬古 博子

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 ある大手投稿サイトでこんな趣旨の投稿をみつけました。
 “自分の子どもは牛乳アレルギーではないが、給食の牛乳は飲ませていない。かかりつけの小児科医が牛乳は体に悪いと言うからだ。給食費から牛乳代を返してもらうには診断書が必要らしいが、他の学校ではどうなのだろうか。”

 これに対して、多くの意見が寄せられました。大方は「返金はむり」との内容でしたが、「牛乳は体に悪い」、「自分も子どもに飲ませていない」など同調する意見も少なからず出てきたことに驚かされました。

 アンチ牛乳派の意見としては、例えば次のようなものがあります。
(1)牛乳のカルシウムは日本人には不向きだ
(2)牛乳は子牛のための飲み物であって人間の飲むものではない
(3)えさにホルモン剤が入っている
(4)牛乳ではなくて豆乳にすればよい

 いろいろ言われてしまう牛乳ですが、実際には長い食経験があり、栄養価が高く、用途が幅広く、安価であり、すぐれた食品です。ただし、アレルギーなどで飲めない人がいることも事実でしょう。牛乳はカルシウムが豊富ですが、カルシウムについては、近年の国民健康・栄養調査から見てもわかるように、摂取量が推奨量に達していない状況が続いています。

 前述の(1)~(4)の説はどれも根拠が「謎」ですが、(1)の説は、多量のナトリウムがあるとカルシウム排泄が促進されるという説と、日本人は牛乳を消化しにくいという説がごっちゃになって生まれたのかもしれません。
 牛乳は多量のナトリウムを含む食品ではなく、牛乳のカルシウム吸収率(40%)は、小魚(33%)や野菜(19%)などに比べて高いことが知られています。

 牛乳が日本人に不向きかどうかという点でいえば、牛乳に含まれる乳糖を分解する酵素ラクターゼが日本人には少ないという問題があげられます。乳児期はラクターゼがあり、母乳などを消化できますが、成長すると少なくなり、乳糖を分解できず、牛乳を飲むとおなかがごろごろするといった症状が出ることがあります。これを乳糖不耐症と呼んでいますが、アジア人に多いとされています。
 この場合、牛乳を少しずつ飲むとか、温めて飲むといったことができますが、無理に飲みたくないのであれば、他の食品からカルシウムをとればよいのです。たとえば、木綿豆腐では100g(1/3丁)で120mg、乾燥ひじき8gで112mgのカルシウムがとれます。

 (2)の「牛乳は子牛のための飲み物であって人間の飲むものではない」という説については、人間は動物や植物など他の生物の体を食べているので、理解に苦しむ説です。牛乳については宗教的な禁忌も聞きません。牛を神聖視するヒンドゥー教でも乳製品は多量摂取するそうです。

 牛乳は子牛のためのものというなら、人間の赤ちゃんには母乳、そして乳児用調製粉乳(特別用途食品)があり、利用されています。母乳の栄養価は牛乳とは異なり、乳糖など炭水化物が多く、カルシウムなどミネラル類は少なめです。乳児用調製粉乳は、栄養成分を添加したり低減したりして母乳に近づけています。

 (3)「えさにホルモン剤が入っている」という説については、肉用牛の肥育を促進する肥育ホルモン剤が話題になることがあるので、混同されたのかもしれません。牛の耳にピアスをつけるようにして投与するもので、海外諸国で利用されています。肥育用の合成ホルモン剤については、日本では食品衛生法により、基準値が設定されています。なお、日本では肥育用のホルモン剤は使用されていません。

 (4)の「豆乳を飲めばよい」という意見が、実は一番気になる点です。
 豆乳は、栄養価が牛乳と異なります。カルシウム含有量(100mlあたり)は牛乳で110mgに対し、豆乳は15mg、調整豆乳で31mgです(五訂増補日本食品標準成分表)。したがって、カルシウムを豆乳でとろうとしたら、他の食品とうまく組み合わせる必要があります。

 豆乳で気をつけたいことは、含まれる大豆イソフラボンの量に幅があり、中には含有量が多い製品もあることです。大豆イソフラボンは女性ホルモンに似た構造の物質であり、体内でホルモンのように作用する場合がある“植物エストロゲン”の一つなので、妊娠している人や小さなお子さんは過剰摂取にならないように注意する必要があります。

参考:
厚生労働省 国民健康・栄養調査(平成23年)報告書
第1 部 栄養素等摂取状況調査の結果
厚生労働省日本人の食事摂取基準2010年版(カルシウムの推奨量)
文部科学省 第2章 五訂増補日本食品標準成分表(本表)
乳類(牛乳、人乳)
豆類(豆乳)
牛乳と健康 ファクトブック改訂版 牛乳がわかる50+3問
(社団法人日本酪農乳業協会  牛乳乳製品健康科学委員会)
食品安全委員会 ファクトシート「牛の成長促進を目的として使用されているホルモ
ン剤(肥育ホルモン剤)」

農林水産省 大豆及び大豆イソフラボンに関するQ&A

執筆者

瀬古 博子

消費生活アドバイザー。食品安全委員会事務局勤務を経て、現在フーコム・アドバイザリーボードの一員。

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