科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

平川 あずさ

食生活ジャーナリスト、管理栄養士。公益社団法人「生命科学振興会」の隔月誌「医と食」副編集長

あずさの個別化栄養学

低たんぱく食は「高度医療」である(2)

平川 あずさ

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 わが国における血液透析患者数は 2011 年末の時点で30 万人を超え、なお増加している。問題は、生活習慣病である糖尿病の悪化から引き起こされる糖尿病性腎症が約45%を占めていることだ。透析になれば医療費は年間500万円以上かかる。その医療費は現在すべて医療保険で支払われている。

 「透析に入れば好きな食べものを自由摂取できる」という魅惑的なキャッチコピーに、それまで糖尿病•腎臓病の食事制限をしてきた患者は靡いてしまいたくなるかもしれない。透析療法をすれば、透析機器が血液を濾過してくれて毒素はすべて排泄できるので、元気になれるに違いないと信じ、すべてがいい事尽くしに感じる。実際にはどうなのだろうか(本欄2013年7月29日付コラム参照)。

透析療法の実際

 透析療法を受けることになったと思ってイメージしてみよう。まず、太い針を使って血液を還流させるために腕の部分に動脈と静脈を吻合(ふんごう)してシャントという人工血管を造る。シャントは長年使うと血栓をつくりやすくなるので、3年ごとぐらいに造り替える手術をせねばならない。透析は、だいたい週に3回、毎回3〜4時間かけて血液を濾過する。通院時間と待ち時間を考えると実際は5時間程度を透析のために拘束される。

 透析療法を行っている患者にきいてみると、確かに透析直後は身体に毒素が減りだるさがとれるらしい。そして食事に制限がなくなり自由に食べてよいといわれる。しかし、実際は透析に入っても毒素の残留や電解質異常が続き、血管や全身の臓器に負担がかかるため、長期的に考えると、患者にとって必ずしもいいことばかりではない。

低たんぱく食の効果論争

 米国の多施設共同研究によって低たんぱく食の効果を調べた臨床試験MDRDスタディ1では、たんぱく質摂取量は、超低たんぱく食群が0.28g/kgBW/day、低たんぱく食群が0.58g/kgBW/dayとされたが、低たんぱく食のメリットは示されなかった。この原因として指示されたたんぱく質量摂取制限が守られず、しかも総摂取エネルギーは70%しか摂れていなかったので、参加者の多くが栄養障害に陥り、約30%が研究対象から脱落していたためと思われる2

患者間でひろがった不安

 MDRDスタディは、多施設共同研究の運用やeGFR(糸球体濾過量)の推定式の考案など医学界に貢献したことも多いが、低たんぱく食は腎不全の進行を抑える効果がなかったという結果だけが日本の医学界で喧伝されている3

 この結果は、今まで食事療法に真剣に取り組んできた患者に対してさまざまな不安を与えることになった。低たんぱく食を信じていた人たちの中でセカンドオピニオン外来にかかり、これまでやってきた食事療法は効果がないと医師から否定されてしまった患者もある。そのために「早いうちに透析に入ろう」とさえ思った人も少なくないようだ。

 努力してたんぱく質制限の食事療法を実行しても、もうそれ以上の治療効果が期待できず、透析を回避できなくなったのであれば、いたしかたないことだといえる。しかし、まだそのような状況ではなく、せっかく治療効果を上げていた患者でさえも、食事療法を中止しよう、と考えを変える人達も出てきているのである。

 透析療法の導入を薦められて、たまたまかかった医師や、身近な透析患者の意見を鵜呑みにするのではなく、正しくきちんとした情報を集め、自分の治療法を主体的に選択せねばならない時代がきているのではないだろうか。

参 考


1)The Modification of Diet in Renal Disease Studyのランダム化比較試験(RCT:Randomized Controlled Trial)(MDRD study. NEJM 1994: 330, 877-84.)
2)Modification of Diet in Renal Disease MDRDスタディを考える.医と食Clinical & Nutriology 2009;1(5):238-41.
3)CKD診療ガイド2012; p53

執筆者

平川 あずさ

食生活ジャーナリスト、管理栄養士。公益社団法人「生命科学振興会」の隔月誌「医と食」副編集長

あずさの個別化栄養学

食べることは子どものころから蓄積されて、嗜好も体質も一人一人違う。その人その人の物語に寄り添うNarrative Medicineとしての栄養学を伝えたい