科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

平川 あずさ

食生活ジャーナリスト、管理栄養士。公益社団法人「生命科学振興会」の隔月誌「医と食」副編集長

あずさの個別化栄養学

正しいと信じる食依存で陥る「オルトレキシアネルボーザ」

平川 あずさ

キーワード:

 一時盛んにマスコミに取り上げられていたが、最近あまりきかなくなった拒食症。拒食症は精神的な影響が大きく、若い女性が容姿を気にするあまり、痩せたい願望から陥りやすい。
 拒食症のような摂食障害は、口腔や咽頭に器質的な病気がないのに食事が食べられなくなってしまう状態である。精神疾患と強く結びついたものなので、非常に治りにくく、難病といわれている※1

 また、拒食症患者は過食症になる場合もあり、過食後、罪悪感から嘔吐することも多い。この両方の症状を繰り返すことさえある。拒食症が重症化すると、長期に渡って口から何も入ってこないので、小腸上皮が萎縮し、そのために栄養剤を投与しても吸収ができなくなって危険な状態になる。そういう訳で拒食症や過食症は、今でも精神科領域では大変問題である。

 一方、ヨーロッパでは、痩せの危険性が広く認識され、痩せすぎのモデルはテレビや雑誌に載せないようになった。拒食症は、いきすぎた痩せ願望によって罹ることが多いが、最近欧米で同じように痩せていても拒食症とは異なった機序の痩せが話題となっている。専門家の研究によると1、2、3、これは新しい摂食障害ではないかということで注目を浴びている。それは健康への執着が強すぎて食生活習慣に悪影響がでる「orthorexia nervosa(オルトレキシア ネルボーザ)」である。オルソは正しい、レキシアは食欲、ネルボーザは神経症のことである。

 オルトレキシアは、完璧主義のようなタイプの人が、不健康だと決めつけている食品を避け、反対に健康にいいと信じ込んだ食品は常用して偏食になるなど、過度な先入観によって引き起こされる摂食障害であり、麻薬の依存症のような精神障害の一種に考えられるようになった。報告によれば1、非現実的な食品信仰から、農薬や食品添加物、本人が健康に悪いと思いこんでいる食品を一切とらないという強迫観念にとらわれることから起こるという。つまり「食」の依存症である。
 このような偏った食事を続けていると、ビタミンやミネラル不足になることもあり、健康を目指していたはずなのに、オルトレキシアをベースに別の病気にかかってしまい、精神的に追い込まれて生活の質も低くなってしまう。生命を危険にさらすことさえある。

 また罹患率についてはトルコの医師集団では45.5%4、イタリアの一般集団で、57.6%5、トルコの医学生は57.5%6、トルコの音大生を対象にした調査7では、56.4%であった。なお音大生の調査の中身を見てみると職業によっても違うようで、オペラ歌手が81.8%、バレーダンサーが32.1%、オーケストラ奏者が36.4%と差があり興味深い7。このように調査によって異なる結果がでている。これはまだ研究途上であり質問票が異なるためと思われる。

Neuropsychiatr Dis Treat. 2015; 11: 385–394.より改変 痩せ願望が強い拒食症は食べ物の量に執着があり、オルトレキシアは食材のルーツや質に執着がある。どちらも強迫観念があり、精神科領域と大きく関わっている。周辺疾患との鑑別が難しいと思われる

Neuropsychiatr Dis Treat. 2015; 11: 385–394.より改変
痩せ願望が強い拒食症は食べ物の量に執着があり、オルトレキシアは食材のルーツや質に執着がある。どちらも強迫観念があり、精神科領域と大きく関わっている。周辺疾患との鑑別が難しいと思われる

 オルトレキシアの場合、摂食障害といっても、拒食症のように女性に多いかどうかということもわかっていない。そして、比較的新しい概念なので、検査法、治療法ともに確立されていない。間違われやすい拒食症やうつ病など周辺疾患との鑑別も必要である(図)。

 これまでの話は、欧米でのことであるが、日本の場合も同じような状況が起こりうる危険性がある。いや、もうすでに起こっているのかもしれない。研究が進んで概念が固まってきたオルトレキシアは、食品の安全性に危惧の念を抱く消費者の多い日本でも、これから大きな話題となっていくだろう。

 厚生労働省の「健康に関する情報源の信用度とその接触度の調査」8では、いつも接している情報源、という回答が最も多いのはインターネットであり、次いでテレビ•ラジオ、新聞の順だった。これらのメディアが「食と健康」の正しい知識を普及していくことが重要である。

※1 日本では厚生労働省の本年1月の第二次実施分指定難治性疾患で検討されたが、7月1日施行になる306疾患には入らなかった

参 考
1. Nancy S Koven and Alexandra W Abry. The clinical basis of orthorexia nervosa: emerging perspectives . Neuropsychiatr Dis Treat. 2015; 11: 385‒394.
2. Brytek-Matera A, Donini LM, Krupa M, Poggiogalle E, Hay P. Orthorexia nervosa and self-attitudinal aspects of body image in female and male university students. J Eat Disord. 2015 Feb 24;3:2.
3. Koven NS, Abry AW. The clinical basis of orthorexia nervosa: emerging perspectives. Neuropsychiatr Dis Treat. 2015 Feb 18;11:385-94.
4. Bağci Bosi AT1, Camur D, Güler C. Prevalence of orthorexia nervosa in resident medical doctors in the faculty of medicine (Ankara, Turkey). Appetite. 2007 Nov;49(3):661-6.
5. Ramacciotti CE, Perrone P, Coli E, Burgalassi A, Conversano C,et all. Orthorexia nervosa in the general population: a preliminary screening using a self-administered questionnaire (ORTO-15). Eat Weight Disord. 2011;16(2):e127-30.
6. Fidan T1, Ertekin V, Işikay S, Kirpinar I. Prevalence of orthorexia among medical students in Erzurum, Turkey. Compr Psychiatry. 2010 ;51(1):49-54.
7. Aksoydan E1, Camci N. Prevalence of orthorexia nervosa among Turkish performance artists. Eat Weight Disord. 2009;14(1):33-7.
8.厚労省・「健康意識に関する調査」の結果を公表

執筆者

平川 あずさ

食生活ジャーナリスト、管理栄養士。公益社団法人「生命科学振興会」の隔月誌「医と食」副編集長

あずさの個別化栄養学

食べることは子どものころから蓄積されて、嗜好も体質も一人一人違う。その人その人の物語に寄り添うNarrative Medicineとしての栄養学を伝えたい