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執筆者

平川 あずさ

食生活ジャーナリスト、管理栄養士。公益社団法人「生命科学振興会」の隔月誌「医と食」副編集長

あずさの個別化栄養学

「低栄養にはたんぱく質」というアドバイスは適切か

平川 あずさ

キーワード:

●「ちゃんと食べているつもり」なのに低栄養

最近、「低栄養」という言葉をよく耳にするが、正確に理解されていないように感ずる。普通は低栄養といわれたら、途上国の貧困や紛争などで食べられない状態からくる「栄養不足=低栄養」をイメージするのではないだろうか。あるいは、戦時中や戦後のお芋しか食べられなかった時代を思い出す高齢者も多かろう。

先日、あるところでお目にかかったAさんも、ご自分が「低栄養」だといわれて、貧乏人と見なされたようで、恥をかいた気分になったと、小さな声で告白した。気分を害したとともに、「ちゃんと食べているのに低栄養ってどうして?」と疑問を抱いたという。

Aさんは現在ネコと二人暮らしをしている84歳の女性である。風邪をこじらして、近所の病院で血液検査を受けた際に「低栄養」だと診断された※1。「十分な栄養をとって、水分とたんぱく質が多い食品をたっぷりとってくださいね」とアドバイスを受けた。一見、適切なアドバイスのように聞こえるが、ここに重要な問題点が潜んでいる。

新聞・雑誌・テレビ等で、いつの頃からか「高齢者にはたんぱく質を」と頻繁にいわれるようになった。「たんぱく質を食べれば筋肉になる」あるいは「たんぱく質を食べれば体重が増える」という安易な発想に基づいているのだろうが、身体のメカニズムはそれほど単純ではない。医学的に、低栄養はたんぱく質とエネルギーの欠乏した状態のPEM/marasmus ;Protein-Energy malnutritionと、エネルギー量はとれているがたんぱく質が欠乏した状態のProtein malnutrition/kwashiorkor-like syndromeの2つに大きく分類される。また、混合型のmarasmus-kwashiorkor型も存在している。

ここで、体重の増減についておさらいしておこう。

体重の増減はエネルギーの出納(出入り)が基本になる(エネルギー代謝には各種ビタミンやミネラルが関わるが、話が複雑になるのでここではあえて触れない)。口から食事をすることで入ってくる「摂取エネルギー」と、運動や基礎代謝など、生活していることで消費される「消費エネルギー」とのバランスによる。つまり、摂取エネルギーが消費エネルギーよりも大きければ体重は増加するし、反対に、消費エネルギーが摂取エネルギーより大きければ痩せていくという単純な算数の世界である。

ちなみに「カロリー」というのはエネルギーの単位である。「カロリーが高い」という表現は、体重でいうと「キログラムが増えた」という表現と同じで違和感がある。なので「カロリーが高い」や「カロリーオフ」という表現は適切ではなく、「エネルギーが高い」「エネルギーオフ」が正確な表現だということになる。

話を元に戻そう。

エネルギーを作る(エネルギーになる)栄養素としては、糖質と脂質とたんぱく質の3つがあり、この3つをエネルギー産生栄養素という(つい最近まではこの3つを三大栄養素といっていた)。これらは、19世紀末から20世紀初頭にかけて、生化学者のルブナーとアトウォーターがさまざまな食品を実際に燃やして、熱量(エネルギー)を測定し、その結果をまとめて「エネルギーとしての換算係数」を決めた23。これが「アトウォーター係数」と呼ばれているものであり、糖質1gは4kcal、脂質1gは9kcal、たんぱく質1gは4kcalに換算されている。現在でも食品のエネルギー量はこのアトウォーター係数に基づいて算出される。

●エネルギー不足だとたんぱく質が効果的に作用しない

高齢者の体重が減ってしまった場合には、体重を戻すために必要なのはエネルギー産生栄養素のバランスよい摂取である。エネルギー産生栄養素としてとりわけ効率がいいのは糖質と脂肪。たんぱく質は、代謝の結果、尿素や尿酸として体外に排出される分があるだけ、エネルギー産生効率は低くなる。

「低栄養にはたんぱく質を」というアドバイスを厳守しすぎて、糖質や脂質をとらずに、たんぱく質だけを摂取した場合には、たんぱく質は、エネルギー源として燃やされてしまい、期待していた筋肉や細胞の再合成に使われることがなくなる可能性が高い。

そのため、医療の世界では、低栄養の患者には適切なエネルギー源である糖質と脂質を中心にまず与える。しかも、その患者の抱えている「病気」「怪我」「手術」「医療処置」、「精神的ストレス」のような、そこにある危機の大きさに応じて、エネルギーをさらに付加することもあるくらいだ。

この対応策をとったあとに考慮するのが、たんぱく質そしてビタミンとミネラルである。

たんぱく質が体内で消費(燃焼)されるときのエネルギー量は、前述のアトウォーター係数によると(一律に)4kcal/1gなのだが、正確には動物性たんぱく質は4.5 kcal、植物性たんぱく質は3.7 kcalだとされている(平均値なので、個別の食品を測ってみれば、もっとこの値より低いものもあるし、高いものもある)。そのため(たとえ栄養計算上は同じであっても)植物性のものばかりとり続けていると、動物性の食品をとっている人よりも摂取エネルギーが少しずつ低くなってしまうことになる。

さらにいえば、エネルギー産生栄養素の3つはお互いに補完しあって代謝していることが知られている。なので、この栄養素のうちどれが1つの摂取量だけ極端に少ないなどということは避けて、バランスよく摂取することがきわめて重要になる。たとえば糖質制限食をすると、その分のエネルギー量を脂質とたんぱく質で補わなければならなくなる。この場合、もしたんぱく質の摂取を増やして補完しようとすると、腎臓に余計な負担がかかることになる。たんぱく質の代謝には腎臓の働きが不可欠だからだ。

たんぱく質の代謝では「たんぱく質の節約作用」というのがわかっている。摂取エネルギー量が十分にとれている状態の時には、たんぱく質をエネルギー源とせずに、たんぱく質は優先的に身体を作るために使うという作用だ。なので、たんぱく質から筋肉等を効率的に作ろうとするのであれば、糖質や脂質というエネルギー源を十分に摂取しておかなくてはならないのである。

とりわけ高齢者の場合には腎臓の機能も若い頃よりは低下しているので、たんぱく質の摂取が多くなると、CKD(慢性腎臓病)にかかるリスクが増す。さらに進んで、すでにたんぱく質を代謝できないほど衰弱している高齢者では、消化吸収されなかった成分によって大腸にも大きな負担をかけることになる。

また、一番高エネルギーである脂質をとらないようにして体重を減らすというような人もあるが、糖質不足と同様に、もっとも効果的なエネルギー源である脂質は、たんぱく質の効率的な代謝のために欠かすことのできない栄養素である。

エネルギー産生栄養素は、あるものが突出して多くても、逆にあるものが著しく少なくても、全体の代謝に悪影響を及ぼすのだ。適度なバランスこそが大事である。

●高齢者にとっては「美味しさ」も重要な栄養

とはいえ、食欲のない高齢者にいろいろな食品を食べてもらうことが難しいために、摂取エネルギー不足に陥りやすいことも現実であろう。一日3食で十分な食事を摂ろうとすると、1食あたりの量が増えて食べきれないために、食事の回数を増やしたり、おやつで摂取するのが望ましい。そのようなプラスαとして摂取する“高エネルギーで高齢者にも食べやすい食品”としてアイスクリーム、カステラ、どら焼きなどがある。市販の高栄養食(たとえばエネルギー補給食品のプリンやビスケット、コーヒー飲料や抹茶味の濃厚流動食など他にもあるので合うものを見つけて欲しい)に頼るのもテではある。

高齢者は、風邪をひいたり、転倒したりしただけで、食欲が減退して、突然に一口とか二口しか食べられなくなり、急激に「低栄養」に陥ることがある。若い頃とは体力も代謝も違ってきているので、摂取エネルギーの配慮は大変に重要だ。

一方で「美味しさ」は、舌だけではなく脳で感じていることもわかっている。

美味しさの第一歩は、見た目から始まり、食卓の雰囲気や、一緒に食べる相手、盛り付け、食事の色などから食べる人の今までの食事の「記憶」と合わさって脳に送られる4。唾液の分泌も、これによって促される。次に、舌の上に食物が留まること、つまり噛んでそれが唾液と混ざることや口から鼻にかけて香りが抜けていくことで、味蕾(舌にある味を感じるセンサー部分)から脳への科学的刺激となることである。さらに、食べる音、シャキシャキとしたものや、つるんとした喉越しなどは美味しさの情報となり、脳を刺激していく。

そして、5味(甘味、塩味、酸味、うま味、苦味)を味蕾でキャッチして脳へ送る。高齢者の場合、味蕾の数が若い頃よりも減るために味を感じづらいから、薄味のものを味がないと感じることもある。しかし、「美味しさ」は「味」そのものに加えて、それ以前に感じている食卓への工夫や音や香りで克服できる。

高齢者には自分の「食の歴史」があるので、自分が慣れ親しんだ落ち着く食卓の風景などがあるはずである。いつも食事の時にクラシック音楽を聴いていた人はそれが落ち着くし、テレビをつけていた人にはテレビをつけているだけで、食事の時間だと感じるだろう。だから、こちら側がいくらいいと思って現代風のスタイリッシュな食卓を作ってもそれがその人にとって良いかどうかはわからない。

同様に、好きな「料理」や好きな「香り」や「味つけ」があるはずであり、例えば「きゅうりの酢の物」が好きな人は、そのきゅうりが輪切りなのか、斜め切りなのか、蛇腹切りなのか、食べる前に瞬間的に感じ取っている。さらにそれにわかめや生姜が加わっていれば、その食感や、お酢と生姜の香りを「料理」のアクセントとして食べる前から記憶で感じているのである。

栄養バランスは大事だが、食べてもらうためには、そのような個人の「料理」の記憶に遡って寄り添うこともとても大事であり5、その人の「美味しさ」への配慮は、いろいろな場面で求められるし、それは叶えることができるのである。

*      *      *

 ネコとの生活のAさんの食事は「ばっかり食べ」からくる低栄養だったようだ。「ばっかり食べ」の大きな原因として、「糖質制限が体にいいと聞いて実践していた」ことが判明した。しかし、脂質のとり方が上手にできていなくて、エネルギーは不足し、たんぱく質をとっているのに身体を作るために使われていなかったのだ。エネルギーが不足しているから体重は徐々に減り、それだけではなく、足りない分を補うために、ご自身の筋肉や体脂肪を分解していたのだった。

高齢者の体重減少は、免疫力の低下に直結して、感染症にかかりやすくなってしまう。とくにこれからの季節、肺炎は最要注意疾患である。加えて、高齢になってからの筋肉作りは若い頃よりもはるかに難しい。「たんぱく質をたっぷりとる」というような単純なアドバイスではなく、エネルギー摂取(主に糖質と脂質)とたんぱく質摂取のバランスに細心の注意を払う必要がある。

(参考資料)
※1 PEMの診断
BMI、体重減少率、血清アルブミン値、身体所見が栄養アセスメントの指標となる。
[BMI ;身体的、臨床的観点から、<18.5〜20は、低栄養状態の一般的栄養スクリーニング指標として国際的に採用(Stratton R.J, 2003) 。<18.5はたんぱく質・エネルギー低栄養状態の栄養診断基準に採用(米国栄養士会、2008)
体重減少率;≧5%/3〜6か月では、低栄養状態の初期とされ、活気の低下、自発的身体活動の低下、易疲労感(Keys 1950) 。 ≧10%/3〜6か月では、筋機能の低下、体温管理障害、外科手術後化学療法予後が不良 (Blackburn 1977, 米国経腸静脈栄養学会、Stratoon R.J, 2003) 。5〜7%/3ヶ月間はたんぱく質・エネルギーの不十分な摂取の栄養診断基準に、≧10%/6ヶ月はたんぱく質・エネルギーの低栄養状態の栄養診断基準に採用(米国栄養士会、2008)
血清アルブミン値;生理学的には≦3.5g/dlで内臓たんぱく減少、≦2.8g/dlで浮腫 (Starker, 1982) 。疫学的には≦3.5g/dlで総死亡率(全死因)の独立した危険因子 (Salive, 1992, Cohen, 1992, Corti, 1994)。たんぱく質・エネルギー低栄養状態の栄養診断基準には、血清アルブミン値<3.4g/dlを採用 (米国栄養士会、2008) ]

※2 The founders of nutritional science(16):Wilbur Olin Atwater.「医と食」 2011;3(5):228.
※3 The founders of nutritional science(24):Max Rubner. 「医と食」 2013;5(1):5.
※4 加藤起運,笠岡誠一, et al.「おいしい」の多階層的分析~マズローの欲求階層説からの一考察.日本心理学会,2013.
※5 手嶋登志子. 高齢者のQOLを高める食介護-口から食べる幸せ. 日本医療企画. 2006. 東京.
※6 手嶋登志子, 大越ひろ,増田邦子, 高橋智子, 黒岩恭子. 高齢者の食介護ハンドブック-おいしく食べてQOLを高める. 医歯薬出版. 2007. 東京.
※7 誤嚥性肺炎を予防する食介護

執筆者

平川 あずさ

食生活ジャーナリスト、管理栄養士。公益社団法人「生命科学振興会」の隔月誌「医と食」副編集長

あずさの個別化栄養学

食べることは子どものころから蓄積されて、嗜好も体質も一人一人違う。その人その人の物語に寄り添うNarrative Medicineとしての栄養学を伝えたい