科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食の安全・考

アメリカのトランス脂肪酸をめぐる日本の報道は?

森田 満樹

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 アメリカのトランス脂肪酸をめぐるニュースが、6月中旬から様々なメディアで発信されています。16日に「米、トランス脂肪酸禁止…数千件の心臓発作予防(読売新聞)」「トランス脂肪酸、食品添加禁止(時事通信)」「トランス脂肪酸の禁止、米が決定『安全と認められぬ』(朝日新聞)」など、主要紙が一斉に報じました。
 トランス脂肪酸を多く摂取すると、LDL(悪玉コレステロール)が増加し、HDL(善玉コレステロール)が減少して、動脈硬化症の危険因子となることが一般的に知られています。これらの記事を見て、米国ではとうとうトランス脂肪酸を全面禁止かと驚いた方も多いと思います。

●米国の最終決定は、部分水素添加油脂(PHOs)の使用を禁止するもの

 報道のもとになるのが、6月16日、FDA(米国食品医薬品庁)が公表した「Final Determination Regarding Partially Hydrogenated Oils (Removing Trans Fat)」とする最終決定の文書です。

 タイトルにある「部分水素添加油脂(partially hydrogenated oils =PHOs)」とは、液体の植物油に水素を添加してつくる半固体または固体の油脂のこと。マーガリンやショートニング、クッキーやケーキ、スナック菓子等に多く含まれます。この水素添加の際にトランス脂肪酸が多く生成され、それを除去するためFDAは3年後にPHOsの食品への使用を原則禁止にする、というのが今回の決定の趣旨です。

 対象となるのはあくまでもPHOsであり、トランス脂肪酸ではありません。トランス脂肪酸はPHOsに多く含まれますが、肉や乳製品等に自然に微量に含まれ、植物油の精製脱臭工程でもわずかに生成されます。同じトランス脂肪酸でも、乳製品に含まれるものは量的に少なく代謝しやすい構造のため、健康に影響しないことがいくつかの疫学調査で明らかになっています。使用が規制されたのはPHOsだけなのに、「トランス脂肪酸禁止」と報道されると、乳製品由来のトランス脂肪酸等も禁止されると誤って伝わってしまいます。

 FDAのトップページには現在、トランス脂肪酸にマルをつけた食品表示の写真とともに、16日のニュースリリース「FDAは、加工食品中の人工的なトランス脂肪酸を除去するためのステップを取る:The FDA takes step to remove artificial trans fats in processed foods」というタイトルが紹介されています。ここでも「人工的なトランス脂肪酸」と限定しています。

 今回のFDAの決定は、正確にはPHOsをGRAS(generally recognized as safe:一般的に安全な物質)から外すというものです。米国のGRASとは、長年の食経験などから総合評価して食品として使ってもよい物質を認める制度。PHOsがGRASから外れるということは、食品として使用できないということを意味します。

 といってもすぐに使用できなくなるわけではなく、今後、3年間の猶予期間が設けられています。この期間を過ぎて食品メーカーがPHOsを使うためには、食品添加物としてFDAの承認が新たに必要となります。いったん、GRASから外れたものについて安全性等のデータを揃えて承認を得るのは難しく、米国ではこの3年間でPHOsから代替油への移行が迫られます。日本から米国向けの輸出も、PHOsやPHOsを使った商品は3年後には不可能になるでしょう。

 ニュースリリースでは、「米国では2006年以来、食品にトランス脂肪酸が含まれる場合には栄養表示基準のもとで含有量の表示が義務づけられており、2003年から2012年にかけてトランス脂肪酸の消費量は78%減少した」「食品表示の規制は、消費者の選択を促し、トランス脂肪酸の含有量を減少させるために重要な役割を果たしたけれども、現在の摂取量は公衆衛生上の懸念が残る」「米国医学研究所(IOM)はトランス脂肪酸の摂取を可能な限り減らすよう推奨しており、さらに削減をすることを勧めている」など、最終決定の経緯が記されています。

 また、翌17日には正式な官報「Final Determination Regarding Partially Hydrogenated Oils」が通知されています。こちらは、今回の最終決定のサマリーとともに、背景、定義、GRAS、摂取量評価、安全性、環境影響、経済分析など幅広い解説が掲載されています。

 今回の決定は、米国ではそんなに大きな驚きではなかったでしょう。既に2013年11月、FDAはPHOsをGRASから外すことを仮決定として発表しており、近い将来、使えなくなることはこの時点でわかっていたからです。このとき、日本ではあまり話題になりませんでしたが、米国では大きく取り上げられました。

 官報の詳細をみると、この2013年11月の仮決定後のパブリックコメントで6000以上のコメントを受け取ったとしています。ほとんどのコメントは、FDAの仮決定をサポートたけれども、仮決定に反対するコメントについても紹介されており、丁寧に答えています。

●食品安全委員会や農林水産省が、適切な情報をすぐに発信

 ところで、米国の報道をウォッチしているGMOワールドIIでおなじみ宗谷 敏さんによれば、「今回の最終決定、アメリカよりも日本の新聞の方が騒いでいるんじゃないの?」ということでした。そうやって見ると、ネットニュースなども含めて情報があふれ、その多くが前述のとおり、PHOsとトランス脂肪酸の区別をせずに報道をしています。誤報も目立ちます。17日の日本経済新聞では「食品・外食、トランス脂肪酸の使用削減急ぐ」の見出しで、「FDAは16日、『トランス脂肪酸』の食品添加物を2018年6月から禁じると発表した」と報道しています。トランス脂肪酸は、脂質を構成する脂肪酸の一種であり、食品添加物ではありません。

 こうした報道は消費者を不安にさせます。ある乳業メーカーでは、17日だけでも100件弱の問い合わせが寄せられて、「マーガリンにトランス脂肪酸のような食品添加物を入れるのはけしからん」といった声が寄せられたそうです。

 正確な情報はどこにあるのか…そう思っていたら、食品安全委員会が6月17日、公式facebookでトランス脂肪酸に関する情報を発信しました。

 facebookですから分量は少なめで、端的かつ正確に、そして要点はきちんと伝わる内容です。最初にFDAの文書の内容を正確に伝えています。続けて「WHOでは、心血管系疾患のリスクを低減し、健康を増進するための目標として、トランス脂肪酸の摂取を総エネルギー比1%未満に抑えるよう提示しています。諸外国では、トランス脂肪酸摂取量がこのWHOの目標を超えている国や、我が国やドイツのように目標値内におさまっている国もあり、その対応は各国の状況に合わせて様々です。日本では、大多数の国民は、WHOの目標を下回っています。脂質に偏った食事をしている人は、留意する必要がありますが、通常の食生活では、健康への影響は小さいと考えられます。」と説明しています。

 また、誤報に対しては、最初のfacebookの公表から数時間後に「*一部報道のように、トランス脂肪酸自体の食品添加を禁止したものではありません(トランス脂肪酸は食品添加物ではありません)」の一文がササッと加わりました。消費者が誤解しないよう、迅速な対応だと思いました。

 さらに、「例えばマーガリン等におけるトランス脂肪酸の量は、銘柄にもよりますが、2010年のものは2006年のものよりも減少しており、低減に向けた取り組みをしています」と紹介しています。日本では事業者が10年以上前からトランス脂肪酸の削減に自主的に努めているのですが、「これから日本の食品業界も削減に取り組む」といった報道が多数あったからでしょう。前述した乳業メーカーでも、お客様からの問い合わせに削減の取り組みなどの情報をお伝えして、理解してもらっているということでした。

 続いて6月22日の公式facebookでも「部分水素添加油脂(硬化油)とトランス脂肪酸」として、情報が更新されています。「トランス脂肪酸を減らす目的で完全に水素添加すると、飽和脂肪酸になります。厚生労働省の『日本人の食事摂取基準』は、飽和脂肪酸の摂取基準を7%以下(エネルギー比)としており、日本の一部のグループは、これを超えていることから、飽和脂肪酸の摂取量が増えると新たな問題が生じる可能性があります。」として、リスクのトレードオフについても触れています。あわせて食品安全委員会のオフィシャルブログでも情報発信をしています。

 農林水産省も「トランス脂肪酸に関する情報」の中で、米国の今回の決定を受けて「食用の部分水素添加油脂の食品への使用規制」として情報を更新しています。

 この中には今回の決定に伴い米国が公表した「食用の部分水素添加油脂の食品への使用規制にあたっての米国の摂取量推定やコスト・ベネフィット推計」の概要も紹介しています。こちらはなぜPHOsをGRASから外すことになったのか、その経緯がまとめられています。

 消費者向けのわかりやすい情報としては、FOOCOM松永がWEDGE Infinityに「米国のトランス脂肪酸“禁止” 日本が振り回される必要はない」という記事を寄稿しています。

●メディア情報に踊らされないよう、調べる力を身につけよう

 日本が米国の決定に振り回される必要はないのですが、米国の消費者は混乱しないのでしょうか。FDAではトランス脂肪酸について表示制度を充実させるなど様々な対応を行い、その都度、消費者向け情報を充実させてきました。今回の決定にあわせて「Talking About Trans Fat: What You Need to Know」とする案内を更新して、食生活におけるアドバイスなどを具体的に示しています。

 この中で、米国では心血管疾患は米国の男女にとって主な死亡原因でもあるため、その要因となるトランス脂肪酸を多く含むPHOsの摂取をできるだけ少なくするように呼びかけています。また、トランス脂肪酸を制限するとともに、健康的な食生活のためには飽和脂肪酸などの制限も重要であるとしています。その一方で、脂肪の摂取は適切な成長や発達、健康維持のための役割もあり、アメリカ人のための食生活指針では、適切な摂取量を維持しながら慢性疾患発症のリスクを低減するため、脂肪からのカロリーを総摂取カロリーの3分の1以下にすることを勧めています。

 また、トランス脂肪酸を含む食品として、コーヒークリーマー、クラッカー、クッキー、ケーキ、冷凍パイ、およびその他の焼き菓子、ファストフード、フロスティング(ケーキなどの表面を飾るためのもの)、冷凍ピザ、(例えば、ビスケット、シナモンロールなどの)冷蔵生地製品、(例えば、電子レンジ用ポップコーンなどの)スナック食品、ショートニングやマーガリンなどを紹介しています。

 米国ではFDAのニュースリリースや消費者向け情報などが充実しています。その情報について消費者の信頼性が高いこと、2013年に仮決定がなされその後にパブリックコメントなどの意見に丁寧に説明していることなどから混乱も少ないのでしょう。

 日本では、国内のメディアの多くは「トランス脂肪酸禁止」などとセンセーショナルに伝えただけで、日本におけるトランス脂肪酸の健康影響評価や摂取量の違いなどは伝えていません。一方、食品安全委員会のウェブサイトでは、6月19日に「食品に含まれるトランス脂肪酸の食品健康影響評価の状況について」とする情報をまとめて発信しており、トップページにタイトルを掲載しています。

 この中で、トランス脂肪酸の平均摂取量(エネルギー比)は米国で2.2%、日本では0.3%と日本と米国では摂取量がかなり異なることに留意するよう伝えています。米国ではトランス脂肪酸低減化の取組みが進んでFDAによれば平均摂取量はかなり下がってきていますが、一部の人は依然として摂取量が多いのが現状です。
 一方、日本人でも脂質に偏った食事をしている人は留意をする必要があり、食品安全委員会でも脂質全体の摂取量に十分配慮し、バランスの良い食事を心がけることが大切であるとまとめています。

 また、日本におけるトランス脂肪酸の表示については、消費者委員会が5月20日、「トランス脂肪酸に関するとりまとめ」を公表しています。ここでは、平均的な日本人の推定摂取量は現時点において健康への影響を懸念するレベルではないとして、義務表示ではなく任意表示とし、引き続き動向を注視すべきであるとまとめています。2009年に消費者庁と消費者委員会が発足して以来、長い時間をかけて検討してきた結論ですが、ほとんど報道されることはありませんでした。

 消費者がその気になれば、日本でも公的機関が発信する様々な情報にアクセスすることができるはずです。おかしなメディアの報道を受けて、トランス脂肪酸だけを必要以上に心配して、飽和脂肪酸のリスクを上げるなどバランスを崩すことがないようにしたい。そのためには、まずは調べて判断できるよう力をつけることが、自分の身を守ることにもつながります。今回の一連の報道は、消費者自身のメディアリテラシーの重要性を物語っているようにも思えます。(森田満樹)
(この記事は、6月18日発行のFOOCOMメールマガジン第205号を加筆修正してお届けしています)

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

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