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執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食の安全・考

黄色い食品どうなる?未審査添加物リボフラビン問題

森田 満樹

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 リボフラビン(ビタミンB2)は医薬品原料として知られていますが、食品の世界では食品添加物の着色料、栄養強化剤として広く使われています。たとえば、スポーツ飲料の蛍光色の強い黄色はリボフラビンの色。スポンジケーキやドーナツ、天ぷらなどのほんのりした明るい黄色を演出する場合などにも用いられます。ケーキや天ぷらが白かったらおいしくなさそう…。着色料として食品の嗜好に関わる大切な役割を果たしています。

 さて、このリボフラビンに現在、黄信号がともっています。厚生労働省は2011年12月22日、BASFジャパン社の食品添加物リボフラビンについて、必要な安全性審査を経ていないことから、安全性審査が終了するまでの間、輸入、販売を禁止しました。リボフラビンの市場を世界的にみると、BASF社を含む数社しか製造をしておらず、寡占状況となっています。昨年末の厚労省の対応を受けて、国内ではリボフラビンが入手しづらい状況が続いているのです。

 なぜ、今回の問題は起きたのでしょうか。BASF社のリボフラビンは、製造工程で生産効率を高めるために、遺伝子組換え微生物を用いていました。遺伝子組換えといってもこの場合、「組換えDNA技術によって最終的に宿主に導入されたDNAが、当該微生物と分類学上の同一の種に属する微生物のDNAのみである場合」(いわゆるセルフ・クローニング)に該当します。この同一の種、というところがミソです。国際的にみると、遺伝子組換えと定義されるのは、異種の遺伝子が導入されている場合です。CODEX委員会のガイドラインでも、セルフ・クローニングを遺伝子組換えの対象とはしていません。

 ちょっと古い話ですが、食品安全委員会ができて間もない2003年から2004年にかけて、セルフ・クローニングを遺伝子組換えとして取り扱うかどうか、大いにもめました。結局、2004年3月に定めた「遺伝子組換え微生物を利用して製造された添加物の安全性評価基準」では、セルフ・クローニングのように導入されたDNAが同一の種に属する場合、遺伝子組換え評価の対象としないことになりました。

 だったら、審査なんていらないのでは?と思われるかもしれません。しかし、日本においては、「遺伝子組換え評価の対象としない」ための手続きが必要なのです。つまり手続きは2種類あって、セルフ・クローニング等に該当する遺伝子組換え微生物は「遺伝子組換え評価の対象としない」簡易バージョンの安全性審査の手続きだけ、異種のDNAが導入されたものは遺伝子組換え評価のフルバージョンの安全性審査となります。前者の場合は高度精製であることが確認されるといった一定の要件を満たしていれば、迅速な審査が可能です。

 この手続きは日本独自のものです。国際的にはセルフクローニング等の遺伝子組換え微生物は、遺伝子組換えに該当しないので法的な手続きは必要としません。このため、日本で遺伝子組換え微生物を用いている可能性のある添加物を輸入・販売する事業者は、製造方法を製造者に確認するといった管理が求められます。もし用いている場合はデータを揃えて、法的な手続きをしなくてはなりません。

 同様の事例は既に起きていました。2011年12月5日、厚労省は韓国CJ社が製造した「5’-グアニル酸ナトリウム」などのうまみ調味料について、食品衛生法に基づく安全性審査を経ていなかったとして、輸入、販売のストップを命じています。厚労省は同日、食品安全委員会に諮問を行って手続きを開始、食品安全委員会の遺伝子組換え食品等専門調査会は2011年12月16日2012年1月13日と2回、超特急で審議を行って安全性評価書案をまとめました。現在パブリックコメントを求めているところです(2012年2月17日まで)。

 厚労省ではこの件を受けて同様の事例がないかどうか、昨年12月から今年1月にかけて各検疫所、各都道府県等に調査を命じました。そして、今回のリボフラビンの一件が明らかになって発表されたというわけです。厚生労働省は、2012年1月6日にBASF社リボフラビンの食品健康影響評価について食品安全委員会に諮問しました。その後開催された1月13日の遺伝子組換え食品等専門調査会で提出されて、現在継続審議となっています。BASF社のリボフラビンの輸入、販売が解禁されるのはもう少し時間がかかりそう、リボフラビンが足りない状況は続きそうです。

 さて、この問題をさらにややこしくしているのが、厚生労働省の対応のわかりにくさです。BASF社のリボフラビンの安全性については、厚生労働省の12月22日のプレスリリースで「すでに国外を含め広く使用されている中で安全上問題となる情報は確認されていません」としています。しかし、安全性にいくら問題がなくても、食品衛生法上、審査の手続きが未了なものを流通させるわけにはいきません。そこで、BASF社に対しては手続きが終了するまで、輸入、販売を取りやめるよう指示しましたが、この着色料を用いた加工食品については、回収等の指示はありませんでした。

 これとよく似た一件が2002年に起きた、フェロシアン化物の問題です。食塩に含まれる食品添加物「フェロシアン化物」は安全性に問題が無いものの、日本における手続きが未了でした。厚労省は市場を混乱させることがないよう、直ちに手続きを開始し、自主回収などは行われませんでした。こちらは遺伝子組換えとは関係ありませんが、例外的な措置が講じられたという意味では同様です。

 一方、リボフラビンとともに未審査であることが12月22日に発表された、製パン改良剤キシラナーゼについては、それを用いた加工食品まで全て回収となっています。この差はいったい何なのでしょう。このことについて、1月19日に厚生労働省が開催した「輸入食品の安全性確保に関する意見交換会」で、厚生労働省医薬食品局食品安全部監視安全課輸入食品安全対策室の道野 英司室長は次のように説明しています。

 「簡単に申しますと、食品安全委員会の安全性審査については2種類あって、非常に簡易なものとフルのものとある。簡易なものに関してはナチュラルオカレンスとか、セルフクローニングだとか、高度濃縮とか、一定の要件を満たしているものは割と迅速な審査が可能。そういったものであるということの見通しがあるもの(編集部注:リボフラビンなど)については、迅速に安全性審査をやってもらって対処するということにしているのですけれども、それがやはり、データの不足等々で見込めないもの(編集部注:キシラナーゼ)については、食品衛生法違反という違法状態を長期化させないという観点もございまして、関係食品の回収というような対応に至っているわけです」

 そういう整理のしかたなのか。この説明を聞いてわかりました。流通量の多寡や影響力の大きさで決めていたわけではなかったのです。しかし、プレスリリースだけでは、そこまで読み取ることはできません。

 それでは、BASF社のリボフラビンを用いた加工食品、スポーツ飲料やケーキが、これまでどおり販売されているのでしょうか。事業者によって、判断は異なるようです。厚生労働省の対応は、解釈が分かれるようです。たとえば地方のある検疫所では、この問題について「添加物及びそれらを含む食品」と捉えて、輸入者に調査を行っているといいます。また、ある保健所の人に話を聞いたところ「違反のものを含む食品が流通するのは、食品衛生法上おかしいのではないか」と言う声もきかれました。混乱するのは無理からぬことかもしれません。

 そういえば、今回の問題をめぐる報道は、フルバージョンの審査が必要な「遺伝子組換え微生物を用いて製造したもので、遺伝子組換えの評価が必要な食品添加物」と、簡易バージョンの審査で済む「遺伝子組換え微生物を用いて製造したもので、遺伝子組換えの評価が必要ではない食品添加物」の違いについて、明確に伝えているところはありませんでした。このため「安全性に問題がある遺伝子組換え添加物が出回っている」として、間違って伝わっているようなのです。

 一般に遺伝子組換えというと、トウモロコシや大豆といった農作物を思い浮かべがちですが、遺伝子組換え微生物によって医薬品や工業品を製造する技術も飛躍的に進んでいます。遺伝子組換え農作物のリスクコミュニケーションは行われてきましたが、遺伝子組換え微生物の理解は、なかなか進んでいなかったのではないでしょうか。日本独自の法的手続きが決まったときから、近い将来必ず問題になるだろうとも言われ続けていたのにもかかわらず…。

 これから先は事業者による管理の徹底とともに、国による情報提供と十分な説明、ステークホルダーの情報共有が求められています。消費者がよく事情がわからないうちに、黄色いケーキが白いケーキになってしまうような、無用な混乱を避けてもらいたいのです。(森田満樹)

*2月3日に一部内容を修正しました。

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食の安全・考

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