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「出荷禁止」を守らなかった農家は、責められて当然か?(久松達央さん)

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 本欄では、食をめぐるさまざまな議論を活発化させるため、多様な意見を掲載します。投稿内容は筆者の責任に基づくもので、事務局とは意見が一致しない場合もあります。
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久松達央さん

 私は茨城県土浦市で有機農業を営んでいる。現在は約3haの畑で年間50種類ほどの露地野菜を栽培し,消費者の方や飲食店様に直接販売している。この度の原発事故で茨城の農家は大きな影響を被ったが,私もその例外ではなく,3月後半だけで約3割の定期購入顧客を失う結果となった。

● 出荷制限の経緯

 さて,原発事故に伴う出荷自粛の対象となっていたほうれん草を卸売市場に出荷していた千葉県の農家に非難が集まった。厚生労働省は「極めて遺憾で,消費者の信頼を裏切る行為だ。」としており,メディアも「出荷禁止のルールを守らなかった農家」という厳しい論調だ。しかし,この「ルール」の正当性,つまりどのような法的根拠に基づくどのような行政措置なのか,が人々に正しく理解されているとは思えない。後述するように,今回出荷を自粛した農家は,自治体の「お願い」に応じて自主的に出荷を控えたにすぎないのだ。事態が落ち着いた今,改めて茨城県の動きを例に一連の出荷制限騒ぎを整理してみようと思う。

(1)3/17厚生労働省の通達によって,食品に含まれる放射能の暫定規制値が設けられ,この基準を超える食品は食品衛生法(以下 食衛法)第6条第2号に当たるものとして『食用に供されることがないよう十分処置され』ることになった。

(2)3/19 茨城県は,福島県に近い県北地域のほうれん草から暫定規制値を超える放射性物質が検出されたと発表。県全域に対して,『安全が確認されるまでホウレンソウの出荷・販売の自粛をお願い』した。

→ この自粛要請は予防的な観点から県の独自の判断で行われたもので,根拠となる法はない。細かいことだが、茨城県は農地から採取した農産物の検査結果を基に自粛要請を行った。食品衛生法の第6条は販売が前提となっており、農地に栽培されている段階の農産物は対象外。したがって、食品衛生法を適用できない、というのが県の解釈だ。

(3) 3/21政府は茨城県に対し,原子力災害対策特別措置法(以下 原災法)第20条第3項に基づき,ホウレンソウ,カキナについて『当分の間,出荷を控えるよう関係事業者に要請すること』と指示

→ ここで規制は国の枠組みに移行する。実際に県が市町村や農協に対して出した指示は,原子力災害対策本部長 菅直人名での『当分の間,出荷を控えるよう』という文面そのままである。

(4)翌週にかけて,この問題が大きく報道される。全国的に北関東産の野菜の買い控えや業者の引き取り拒否が相次ぎ,市場では相場を大きく下げる。

(5)4/4 政府が出荷制限解除の考え方を決定 4/17に県内のすべての品目の出荷制限が解除される。

● 実態は、出荷禁止ではなく自粛お願い

 消費者から見ると,何か強い規制が敷かれたように感じていたかもしれないが,実際に生産者に対して行われたのは一貫して「出荷を控えるようお願い」=出荷自粛要請でしかない。国の枠組みに移行した3/21移行も,原災法を持ち出して「政府もコミットしていますよ」というメッセージを送ったに過ぎず,出荷規制そのもののは3/19の自粛要請と何ら変わりはない。農業者である私自身,3月の一時期にほうれん草やかき菜の出荷を控えたが,あくまでも自主的な判断である。そもそも私は農協系統に属していないため,行政から具体的な要請や通知は何もない。3月末からは自分の判断と責任で出荷を再開し,お客様にお届けした。規制の実態として「禁止」や「停止」とは程遠い事がご理解いただけると思う。

● 国と自治体の温度差

 問題の一つは,政府と地方自治体の温度差にある。厚労省はこの一連の出荷規制措置を「出荷制限」と呼んでいる。農水省も官邸もこれにならって初めはこの用語を使っていたが,問題が大きくなるにつれ,きちっと対応していますとアピールしたいためか言葉が強くなっていく。「出荷規制」「出荷停止」「出荷禁止」。これらはいずれも食衛法上根拠のないただの言葉であり,切れない刀に過ぎない。

 厚労省も農水省も自治体に指示を出しただけで,実際の規制がどんな形で行われるのか,法解釈はどうなるのか,について十分な検討をしていない事が明白である。法律家である枝野官房長官もこの事を十分に理解しているとは思えない。一方で茨城県や市町村は現場を知っているせいか自粛要請の実態をよく理解している。知事会見でも,法的な根拠のない「出荷禁止」などの言葉は一切出てこない。

● メディアの勉強不足も混乱招く

 もう一つの問題は,伝えるメディアの勉強不足だ。いくつかの新聞社に話を聞いたところ,根拠法までは調べていない,実際の規制がどうなっているのかまでは調べていないとの回答だった。これだけ大きな混乱を消費者に与え,多くの農家に経済的な損害を与えている報道の当事者が,法的な背景を調べていないというのはあまりにお粗末ではないだろうか。

 私が話を伺った県や市の複数の関係者は全員が,政治家の発表や報道の強い言葉遣いに「違和感がある」と話していた。規制として法的な根拠も実効性も弱い事は,現場に近い自治体関係者や農業者は最初から分かっていた。しかし政治家の発表も報道も,あたかも強い規制が敷かれているような印象を与えていた点が問題である。だから冒頭で述べたような,ルール破り農家への批判が巻き起こる。政治家とメディアの理解不足・検討不足は,混乱を大きくして風評被害を拡大させたと言えないだろうか。

 私のように,農協に所属しない生産者は増え続けている。市場に出回らない,つまり消費者がそれとは知らずに該当する農産物にアクセスしてしまう危険を完全に排除したいなら,現行の規制では不十分である。私は、自分の農作物をどのように判断したらよいのか分からず、県や市の農業担当部局や保健所等に電話をかけ尋ね続けた。しかし、そのようなことをしない独立系の生産者には情報がどこからも入ってこない。自治体の「お願い」も伝わってこない。情報源であるメディアの報道は事実を正しく伝えていない。

 規制の実態を政府もメディアも把握できていない状況で、判断を農業者や流通業者に押し付け消費者に「市場には出回っていません」とウソを言うのは、無責任である

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