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新容器を採用したしょうゆ「鮮度の一滴」の衝撃(横山 勉さん)

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○はじめに

Yokoyama しょうゆの最大の生産地は千葉県である。大消費地となった江戸へ供給するために、江戸時代初期から発展してきた。醸造と水運の適地だった野田市にトップメーカーのキッコーマン、同様な銚子市に2番手ヤマサ醤油と3番手ヒゲタ醤油がある。これに続くのが兵庫県で、たつの市に4番手ヒガシマル醤油が工場を構える。通常の濃口(こいくち)しょうゆより色がうすい淡口(うすくち)しょうゆの生産が多い。香川県の小豆島には5番手マルキン忠勇がある。以上がしょうゆ大手5社で、全国シェアのほぼ5割を占めている。

 筆者はヒゲタ醤油に長く勤務し、技術部門を中心に研究開発、品質保証、マーケティング等に従事した。定年後の2010年、技術士事務所を開設し現在に至る。しょうゆの品質について、技術者としての思い入れがある。今回は、しょうゆの家庭用市場に起きている変化について紹介したい。

○しょうゆ出荷量の減少

 家庭用のしょうゆといえば、どなたも1L(リットル)のPET(Polyethylene terephthalate)容器を思い浮かべるだろう。PETは品質保持能力が高く、丈夫でありながら軽量で美しく大変優れた材質である。現在、スーパーの調味料売り場では、本容器が圧倒的に多い。しかし、小ぶりな500ml製品の棚が増え、変わった形状の容器が並んでいるのに気づいている方もいるだろう。慣れ親しんだ1L容器だが、大きな曲り角に差し掛かっている。

 しょうゆ(濃口)は17%程度の塩分と多様な成分を含んでいる。一般的な微生物は死滅するため、腐敗することはない。ただし、開栓後は酸素を吸収し色が黒くなる。また、芳香は飛散し、味が悪くなるという課題が存在する。そのため、1ケ月程度で使い切ることをしょうゆ情報センターは推奨している。冷蔵庫で保管すれば、ある程度変化を遅らせることができる。

 しょうゆの出荷量は、減少の一途をたどっている。1970年代120万kl(キロリットル)あったが、2002年100万klを切り、2009年には90万klを下回った。家庭用の減少は、業務・加工用を上回る。家庭における1人当りの消費量(1ケ月)は、1970年代約440ml、2002年225ml、2009年190mlとなった(総務省「家計調査」)。平均世帯人員が3.11人(2009年)であれば、1ケ月の消費量は591mlになる。1Lという容量は、一般世帯で多すぎる時代になったと考える。

 家庭用の消費減少の原因について、以下を挙げることができる。
(1) 食の洋風化伸展
(2) 食の外部化率増加
(3) めんつゆ等の加工調味料増加
(4) 小袋しょうゆの添付増加

 品目別の食料消費量(表)をみると、米は減少し、油脂類と畜産物が増加している。foodこれらを洋風化と捉えることができるだろう。惣菜や冷凍食品、弁当の利用といった食の外部化率は、1975年28.4%、2005年42.7%(食料・農業・農村白書H20年版)と増加している。めんつゆをしょうゆ代わりに煮物等の調理に利用することは一般的になっている。弁当類は小袋しょうゆが添付されているし、納豆も大半がたれ付の製品である。しょうゆの使用量が減少するはずである。

○課題への対応

 2009年8月、開栓後の変化という課題を解決した製品がヤマサ醤油から発売された。「鮮度の一滴」シリーズである。注ぎ口に逆止弁を有するラミネート袋とディスペンサーを組合せたPID(Pouch in dispenser)容器を採用している。しょうゆを使用すると内側の袋はしぼむが、逆止弁があるため内部に空気が流入することはない。そのため、開栓後70日を経ても品質は保たれる。「空気に触れないしょうゆ」というテレビCMはインパクトがあった。発売後半年で累計出荷が100万本を突破し、500mlしょうゆ市場でトップレベルに躍り出たという。

 しょうゆ製品だけでなく、新容器を用いたポン酢しょうゆや塩分カットの昆布しょうゆ等の加工調味料を追加している。これらも、しょうゆ同様の課題が存在したのである。PIDは空気だけでなく、微生物も内部に侵入し難いという特徴も持っている。使用後は小さく丸めて廃棄できるという利点もある。

 業務用では、同様な容器がすでに市販されていた。BIB(Bag in box)と呼ばれる10Lや18L容器である。ダンボール箱の中に柔軟性のある樹脂製の袋が納めてある。コックから中味を出すが、PID同様空気は流入しない。これを家庭用として、シンプルな構造で実現したのである。賞味期間も従来のPETと同じ1.5年。薄い樹脂製の袋でこれを実現したことも関係者の大変な努力があったに違いない。2011年、新容器の開発は日本醤油技術賞(応用の部)を受賞。また、公益財団法人日本デザイン振興会の「グッドデザイン賞」も受賞している。

 ヤマサ醤油のPID製品発売と時を同じくして、キッコーマンは750mlPET容器のしょうゆを新発売した。1Lサイズの課題に対応するため、少容量化に舵を切ったのである。750mlという容量は中途半端な感があるが、以下のような利点に気がつく。
(1) 使い切るまでの時間を短くできる。
(2) 1L容器に比べ、丈が少し低くなっただけなので、スーパーの1LPETの棚を維持できる。
(3) 売価を下げられる。

 同時に500mlPET容器のリニューアルを行い、軽量化した新容器に切り替えを行った。それでもスーパーの棚の製品を置き換えるにはずいぶん時間がかかったようだ。「しょうゆは1L」という固定観念がバイヤーにあったのではないだろうか。筆者が気づいたのは、2011年になってからのことである。

 2010年9月、キッコーマンも「いつでも新鮮シリーズ」でヤマサ醤油に追随する。PIDと同様の仕組みを持つ容器だが、開封後90日新鮮さを保つと謳っている。倒してもこぼれることなく、横置きも可能なキャップ付である。興味深いのは、中味を通常のしょうゆ(火入)ではなくサイドメニューの生しょうゆを主体にしていることである。同じ中味でPET容器と新容器を併売すると、PET容器の欠点が目立つためではないかと推測している。

○新容器の感想

 筆者はヤマサ醤油とキッコーマン両社の新容器(500ml)を使ってみた。従来の容器に比べ、柔らかく偏平な形状のため頼りない感じがある。持ち方と注ぎ方にコツが必要だが、すぐ慣れる。最後まできれいな赤い色で使い切れるのは衝撃で、素晴らしい容器だと思う。難点を指摘すれば、食卓に置いてしょうゆさしとして使うにはやや大きすぎる。また、料理に使おうとすると、液の出方がゆっくりでもどかしい。

 卓上のしょうゆさしとしては、両社から出ている200ml製品が適している。これと料理用に500mlPET製品を併用するのが、ひとつの使い方だろう。家庭によって、しょうゆの使い方は多様であるに違いない。選択肢が増えたのはよいことで、それぞれの事情に適した使い方を工夫できる。なお、色が黒くなったしょうゆはつけ・かけ用には適さないが、煮物等の料理に使うと欠点が目立たなくなる。

 消費者にしょうゆの品質について話す機会がある。そんな時、しょうゆが残り少なくなった時点で、新しいものとの比較をすすめている。新旧のしょうゆを2枚の白い皿に注いで品質を比べるのである。たとえ、開栓後1ケ月以内であっても相当な差が生じているだろう。色は一目で分かり、香りや味にも違いを感じるかもしれない。
 しょうゆ醸造に携わってきた技術者として、きれいな赤い色のおいしいしょうゆを常時使っていただきたいと考えてきた。新容器の出現で、それが実現されたのである。

○著者
横山 勉(よこやま つとむ)さん
横山技術士事務所 所長

元ヒゲタしょうゆ品質保証室長、2010年独立。日経BP社「FoodScience」に食品技術士Yとして執筆。ブログ「食品技術士Y『ちょいワク食ノート』」を執筆中。

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