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「熊蜂の飛行」から蜂のクラシック音楽をたどる(柏田雄三さん)

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2013年4月15日

柏田雄三さん

Xylocopa appendiculata1

クマバチ=柏田雄三さん撮影

 昨年このサイトに寄せた小文「クラシック音楽から聞こえてくる害虫の音色は」に「熊蜂の飛行」がなぜ挙げられていないのか疑問に思った方がおられるかもしれない。
 この曲は昆虫を題名とする音楽として有名で、私が昆虫を題材にした音楽を調べていることを人に話すと、「熊蜂の飛行」のような曲ですね必ずと言ってよいほど言われる。そのように有名な曲をなぜ取りあげなかったのか。そこには理由がある。

 この曲名の「熊蜂」が実際には「クマバチ」(写真)ではなく受粉昆虫として知られる「マルハナバチ」を指しているので、害虫の音楽とするのが適当では無かろうと思ったからである。そのことを少し詳しく書いてみよう。

 この曲はロシアのリムスキー=コルサコフが作曲した歌劇「サルタン王の物語」の一曲で「クマンバチの飛行」「クマバチは飛ぶ」と呼ばれることもある。リムスキー=コルサコフは「管弦楽法」の本を著したほどオーケストレーションの理論に長けた作曲家で、「熊蜂の飛行」は忙しく音型が上下に動く無窮動と言う形式で迫力満点に書かれた。演奏家たちが腕前を披露するのにもってこいなので、さまざまの楽器に編曲され独奏曲として演奏されている。ヴァイオリン、チェロ、コントラバス、トランペット、トロンボーン、チューバ、フルート、マリンバ、ピアノや人の声などによる演奏を聴くとその名技性に目を見張ってしまう。
 「熊蜂の飛行」の曲名は英語では「Flight of the Bumblebee」であるが、Bumblebeeはトマトの受粉でおなじみのマルハナバチで、原曲のロシア語「шмеля」もマルハナバチのことである。フランス語表記のbourdonもマルハナバチ。一方クマバチは英語でlarge carpenter beeという。マルハナバチも時としてクマンバチと呼ばれることもあるクマバチもよく似た大型のハチであるが、不思議なのは両種とも習性がおとなしく、「サルタン王の物語」の劇中でハチの群れが白鳥を襲うシーンの音楽にはふさわしくないと思われることである。

 方言でクマンバチと呼ばれることもある「スズメバチ」のほうがぴったりなのだが、スズメバチの英名はhornetやwaspで、姿もマルハナバチやクマバチとは全く異なっている。本当にプーシキンがマルハナバチを考えてこの曲の元となった劇を作ったのか、さらになぜ熊蜂と訳されたのかは判らない。

Yoko Hasegawa

長谷川陽子さんのアルバム(Victor/VICC 60752)

 いずれにしても「熊蜂の飛行」ではなく「マルハナバチの飛行」が正しい曲名ということになる。この曲を日本を代表するチェリスト長谷川陽子さんの演奏するアルバム(Victor/VICC 60752)で聴いてみよう。

 ギター音楽好きなら知っているスペインの作曲家プジョールの「クマンバチ」の原題は「El Abejorro」でこれもマルハナバチのことである。曲は蜂の羽音と動きを忠実に示していて短いが聞き映えがする(CROWN CLASSICS CRCC-29)。

 さらにマルハナバチの曲には、アウシュヴィッツの強制収容所で悲劇的な最期を遂げたボヘミアの作曲家クラーサの「子供のための歌劇ブルンジバール(マルハナバチ)」がある(NAXOS 8.570119)。この中でもブルンジバールは意地悪をして退治される悪役である。

Bombus hypocrita

訪花中のオオマルハナバチ雄成虫

Xylocopa appendiculata

訪花中のクマバチ成虫

Vespa simillima

桃果実を食害中のキイロスズメバチ

(上記3つの写真は、池田二三高さん提供)
Schubert

トーマス・ミフネのアルバム(ORFEO131851)

polovinkin

ポロヴィンキンの映画「太陽の種族」の音楽(Northern Flowers NF/PMA9998)

 蜂を題材とする音楽にはほかにいくつもあるが、作曲者を間違えやすい曲として次を挙げる。フランツ・シューベルト(1808~1878)の「蜂」は「蜜蜂」とも呼ばれ、無窮動のスタイルで忙しく弾かれる。もともとはヴァイオリンのための曲だがチェロで弾かれることも多い。作曲者は「未完成交響曲」や「冬の旅」で有名なフランツ・シューベルト(1797~1828)とは同名異人である。案の定CDの解説書で取り違えた表記を見受ける。生年も10年ほどしか違わず、当時から混同されていたそうだ。トーマス・ミフネがチェロを弾くこのアルバム(ORFEO131851)は美しい曲のオンパレードでいつも聴きほれてしまう。

 次に擬人的な曲。イギリスのヴォーン・ウィリアムズの組曲「スズメバチ」である。この曲は100年ほど前に古代ギリシャのアリストパネス(アリストファネス)の喜劇「蜂」をケンブリッジ大学で上演する時に作られた音楽である。曲名も「蜂」とした方が統一は取れると思うのだが、曲名が「The Wasps」であるために「スズメバチ」の名で通っている。2,500年近くも昔に作られたこの劇は当時の裁判を風刺したストーリーで、怒りっぽくて攻撃的な主人公の陪審員と仲間の老人たちが蜂にたとえられている。冒頭の序曲では蜂の羽音のような賑やかな音型が出て聴きやすい音楽だ(EMI 5 73924-2)。

 今度は教育に関する作品を挙げる。ロシア(ソ連)のポロヴィンキンの「太陽の種族」は蜂の生活を描いた1944年に作られた同名のドキュメンタリー映画の音楽である。CD(Northern Flowers NF/PMA9998)の解説書によると、この映画は今でも上映されて称賛を集めているという。構成する7曲の題名は、ハチのダンス、ハチの戦いなどでこの映画を観ながら聴いてみたいと思わせる説明的で親しみやすい音楽である。

 人間にとって蜂の重要な役割は、一つはポリネーターとして、もう一つは蜂蜜の生産者としてだろう。このことについて歌われた曲が有るのだろうか。
 「昆虫とクモ」という小さな子供の教育用に作られた外国のCDを見つける(TWINSISTERS TWIN 122 CD)。そのなかの「蜂蜜を回してちょうだい」では「幸せなら手をたたこう」(もともとはスペイン民謡)のメロディに乗って、ハチが花粉や蜜を巣に蓄えること、ハチの受粉活動が無ければ果実の収穫が減るなど蜂の活動の重要なことが歌われている。また同じような教育用のCD「虫やくねくねした生き物の音楽」でもハチが花粉や蜜を蓄えることが歌われる(KIMBO EDUCATIONAL KIM 9127CD)。

 人類は蜜蜂との付き合いが古く、1万年も昔から蜂蜜を採集していた。聖書では出エジプト記でカナンを「乳と蜜の流れる地」と呼んでいる。音楽では人類の至宝とも言うべきバッハの「マタイ受難曲」(Profil PH12008)の歌詞に蜂蜜の記述がある。さらに、シェークスピアの「蜂に混じりて蜜を吸い(蜂が蜜吸うところで)」を歌詞にしたルネサンス期のイギリス人作曲家のジョンソンの典雅な歌曲(harmonia mundi HMA 195202)とスペインのグラナドスによる「アルカリアの蜂蜜」を挙げよう。アルカリアの蜂蜜はスペインのカスティーヤ・ラ・マンチャ地方の名物らしい。同名の劇音楽から編曲されたホタという一曲をピアノの演奏で聴くことができる(NAXOS 8.554629)。

 「熊蜂の飛行」の曲名が原曲に忠実でないことにはじまり、擬人的な曲、教育的な曲、有用性を歌う曲など蜂の音楽をいくつか紹介してきた。単に蜂の羽音を技巧的に表現する曲もあったが、人間とのかかわりを示す曲があるのは興味深い。「熊蜂の飛行」の曲名は、用語を注意深く使うことの大切さに気づかせてくれた。このことは科学ばかりでなく、音楽を含むどの分野にも当てはまることなのである。「結婚行進曲」で有名なメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」はシェークスピアの原題「A Midsummer Night’s Dream」のMidsummerが必ずしも真夏を指す言葉ではないことから「夏の夜の夢」に曲名が変えられつつある。好ましいことだ。いつか「熊蜂の飛行」の曲名が「マルハナバチの飛行」に変ることを期待している。

(紹介した曲に手持ちのCDの番号を記載したが、廃盤になったり、新しい番号で再発売されている場合があるかもしれないことをお断りしたい)

柏田雄三さん
昆虫芸術研究家。製薬会社の農薬部門、家庭園芸資材会社を経て、現在大手家庭用殺虫剤メーカーに勤務。趣味として音楽を主体に昆虫を題材にした芸術を研究している。

<ハチの写真は、クリックすると大きな写真が見られます>

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