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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

畑から、すぐれたビジネス書がやってきた〜久松達央さんの「キレイゴトぬきの農業論」

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2013年10月3日

hisamatsu 「死ぬ前に食べたいものはなに?」 そう尋ねられたら、私はたぶん、「久松農園のカブで作った味噌汁!」と答える。冬場に宅配で届く真っ白なカブ。美しい緑色の葉っぱもざくざく刻んで入れる。葉っぱもまたうまみたっぷりなのだ。カブがいいので、だしにはそれほどこだわる必要がなく、「ほんだし」を選ぶ。それに、私は九州人なので、「南関あげ」を入れたいなあ(南関あげは、熊本産の油揚げ。ご存知ない方は検索してみてください)。味噌は、「フンドーキン醤油」のもの。こちらも、安くておいしい味噌・醤油を作る大分の実力派メーカー。このカブの味噌汁を食べて、死にたい。

 いきなり、私的な願望をご披露してしまったが、わが家は久松農園の宅配セットのお世話になっている。久松農園は有機栽培をしているけれど、べつに有機だから買う、というわけではない。農園の経営者、久松達央さんに頑張ってもらいたいから、セットを隔週でとり続けている。中身が充実しているので、高いという印象はない。セットを1週間でたいらげ、あとの1週間は生協やイトーヨーカドーやサミットで野菜を買い、しっかり比較もする。

 冒頭、持ち上げておいて申し訳ないが、久松農園の野菜がどれも常に、他のものよりおいしい、というわけではない。「ああ、これはまだまだ」という品目も、いろいろある。一昨日、イトーヨーカドーで買った地元産の大根葉は、ごま油でさっと炒めて煮浸しにしたが、すばらしく美味だった。ぴっかぴかに新鮮で、しかも1束95円。うーん、久松農園の青菜、今回は負けかも。ほかのところだって、頑張っているのだ。

 さて、その久松さんが初めての著書「キレイゴトぬきの農業論」(新潮新書)をこの9月に出した。私が久松さんに初めて会ったのは2000年。久松さんが農業を始めて3年目だ。そのときから、「この人は、日本の農業を変えるリーダーの一人になる」と思ってきた。だから、本が出て嬉しい。そして、その本は見事なビジネス書になっていると思う。だから、ご紹介する。これは、書評ではない。久松さんの友人による著書の解説、である。

 第1章は、「有機農業三つの神話」と題して、「有機だから安全。美味しい。環境にいい」というイメージを、科学的に検証し否定している。冒頭から、農薬の一日摂取許容量(ADI)の説明である。今まで、有機を信奉してきた人はびっくりするだろうし、食のリスクについて理解してきた人たちは、「やっと、残留農薬のリスク管理が農業者にも浸透してきた」と喜ぶだろう。

 野菜のおいしさを決めるのは、品種選びにはじまり栽培時期、栽培方法、収穫時期、収穫後の保存、流通……多くの要素がある。「有機栽培」が規定するのはそのいくつか、でしかない。だから、「有機だから美味しい」とは言えないのだ。

 久松農園は、これらの神話に寄りかかるのではなく、個人で特徴的なビジネスを展開して行くことを主眼に、有機農業を選んだ。品種選びから、客に宅配で商品を届けるまでの各工程を、十分に吟味し管理している。とくに、品種と旬、それに鮮度にこだわる。ただし、畑での虫や病気(病原菌)、雑草との闘いは、やっぱり厳しい。久松農園の野菜は、栽培中に多くの株がダメになった末の生き残りであること、かなり多くを廃棄していることが、赤裸々に語られる。旬で育ちやすい時期、でもそれなりのストレスはかかる。そこで生き残った野菜だからこそ、健康で強く、おいしいのだ、というのが、久松さんの主張である。

 こうした記述をよく読めば、私が一昨日イトーヨーカドーで買った大根葉がなぜ美味しかったのか、ということもわかるようになっている。今の時期、虫が少なくなり季節もよく、すくすく育った大根の間引き菜。そしてなにより、新鮮だから、いいのだ。
 野菜自体の魅力を語り、自分の農園自慢にはなっていない。そのあたりの書きぶりが、久松さんの人柄をよく表している。そして、実は久松農園の野菜がすべて、ほかの野菜よりおいしいわけではない、ということの理由も示しているように個人的には思う。

 野菜作りの多段階の工程でやっぱりまだ、久松農園にも一部、適切でないものもあるのだ。年間に50種類もの野菜を作るのだから、うまくいかない場合だってあるだろう。さらに、ストレスに打ち克った野菜だからこそ、多種類の二次代謝産物もできていて、それはうまみであるが、苦みやえぐみにつながる場合もある。味は、受け止める個人差が大きい。だから、私は時々おいしくない、と感じるし、それを「美味い」と思う人もいる。

 だが、こうした野菜や有機栽培の技術の話はたぶん、この本の前哨戦でしかないのだ。圧倒的に面白いのは、その後の第4章小規模農家のゲリラ戦、第5章センスもガッツもなくていい、第6章ホーシャノーがやってきた、第7章「新参者」の農業論——だ。

 ここで語られるのは、厳しい社会経済の中でいかにしてサバイバルし、一経営者として成り立って行くか、という話である。ウソは言わないこと、客の要望に応えて、ピンポイントで望む商品を届けて行く戦術をとったこと、情報を発信し、端境期用の加工品も開発し、スーパーマーケットなどでは得られない総合的な満足感を客に提供して行くようになったこと。

 慶応ボーイで大手繊維メーカーのサラリーマンをしていた男性が、最初は「やっぱり田舎に住みたい。田舎暮らしなら農業で自給自足!」という都市生活者の現実逃避先として農業に関心を持った。それから15年。土と向き合い、客と向き合い、考えに考え抜いて実践して、自分にしかできない「業」を確立して行ったことがつづられている。

 とくに2011年の福島第一原子力発電所事故の影響は大きかった。これまで、科学を理解せずに「安全だから」という誤解に基づいて有機農産物を購入していた層が、「科学を理解しない」が故にあっさりと、有機農家から離れて行ったのだ。もともと、安全なんて言葉はひとことも使っていなかった久松農園も、多くの顧客を失ったが、私が知る限り、茨城県や福島県の有機農家は大打撃を受け、多くは未だに立ち直れない。

 だが、久松さんはこの災禍でさえも、自身の農業ビジネスをより明確に特徴づけるための糧とし、飲食店を開拓していった。そこがやっぱり、ほかの農業者と違う。いや、経営者として特筆すべき才能なのだと思う。そして、このすぐれたビジネス書が書かれた。

 今、久松さんは「エロうま野菜」の生産を目指しているそうだ。FOOCOM.NETでは8月、座談会『「奇跡のリンゴ」から考える日本農業論~農家、商店主が本音で語る食の未来』に登場していただき、エロうま野菜についても語っていただいている。

 これは、久松さんだからできるビジネス。著書を読んで真似をする農業者は、たぶん失敗する。茨城県という地の利を得て、首都圏の顧客と付き合い構築した、久松さんだけのものだ。だが、だれもが久松さんのように、自分の特徴を考え抜き、だれにも真似のできない独自性をビジネスにおいて発揮し経営者になって行く可能性も持っているのではないか。農業という分野だけでなく、多くの産業に共通するヒントが、この本には詰まっている。

 座談会で、久松さんは「重要なのは多様性だ」と語ってくれた。「今の有機農業はイロモノだ」という、自らへの批判も含めた厳しい言葉もあった。農業には、さまざまな姿があっていい。大規模化を押し進め、化学合成農薬や化学肥料も、必要最小限を上手に使って、安くおいしい野菜を作ってくれる農業者、植物工場で安定生産供給を狙う企業、JAの部会で力を合わせて共同選果だっていい、と私は思う。漫然と作るのではなく、自らの特徴を見据え、客の需要に応えて行く。

 久松さんが言葉を尽くして書いているのは、農業がクリエイティブで知的興奮に満ちた仕事である、ということ。久松さんは実際に、そのことをこの10数年で、友人である私に見せてくれ、一つの著書に結実した。そして、まだ課題がある。もっとおいしくて品質のよい野菜を久松さんなら作れるはず。そして、若い人に影響を与え、久松方式でないオリジナリティあふれる「農業」を数多く産み出してゆけるはず。まだまだ課題がある、ということがすばらしい。
 日本の農業を、食を、元気にしよう。久松さんのやり方で。私のやり方で。そして、このコラムを読んでくださった皆さんそれぞれのやり方で。

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