ホーム >  専門家コラム > めんどな話になりますが… > 記事

めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

カンピロバクター食中毒は、年間350万人

  • シェア
  • Check
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Share
2013年10月11日

 日本の食中毒統計はとり方に問題があり、数字は食中毒被害の氷山の一角を表しているに過ぎない、と言われ続けてきた。そのため、厚生労働省の「厚生労働科学研究費補助金」で「食中毒調査の精度向上のための手法等に関する調査研究」が行われてきた。
 宮城県を対象とした詳細な調査を基に全国の患者の推計もなされ、驚愕の数字が出てきた。カンピロバクターの推定食品由来患者数は、2011年の推計で350万人。サルモネラは72万人、腸炎ビブリオは6万人。カンピロバクターは日本の37人に1人が、年に1回は感染している、という結果である。やっぱり食中毒は、なによりも注意しなければならない食のハザードだ。

 研究した国立医薬品食品衛生研究所安全情報部の窪田邦宏さんらが、月刊誌「食品衛生研究」2013年9月号に執筆した論文「日本における食中毒被害実態の疫学的手法による推定」と「厚生労働科学研究報告書」から、非常に興味深い推定結果をご紹介したい。
(厚生労働科学研究の報告書は、データベースで読める。ただし、2012年度版は、まだ概要版のみ)

 厚労省の食中毒統計によれば、2012年の食中毒件数は全国で1100件、患者数は2万6699人、死者数11人。北海道で起きた浅漬けの腸管出血性大腸菌食中毒事故により8人が亡くなっており、死者数が多くなっている。
 しかし、この数字は証拠がきっちり出そろっているもの。医療機関で検便検査が行われ、病原体が検出されて保健所に報告され、原因は食品として特定された数字だ。実際には、下痢や腹痛を起こしても医療機関を受診しない人が多いし、医療機関でも検便まで実施しないケースもある。感染は明らかでも、感染源が特定されず「食中毒」とカウントされないものもある。日本は、パッシブ(受動的)サーベイランスだ。

 一方、米国は1995年以降、米国疾病予防管理センター(CDC)を中心としたアクティブ(積極的)サーベイランスを導入している。全米10州での住民への電話調査や検査機関調査などから、推計を行っているのだ。FoodNetである。
 そこで、窪田さんらは2003年から、日本でのアクティブサーベイランスを研究し、2005年から宮城県で詳細に実施して、カンピロバクター、サルモネラ、腸炎ビブリオについて、実患者数を推定したのだ。

 具体的には、電話住民調査で下痢や下血、嘔吐などの有無を尋ね、さらに医療機関を受診したかどうか、検便検査を受けたかどうかを質問した。2006年冬と2007年夏に調査を実施しており、たとえば2006年冬は、1万21人にコールし、有効回答者数2126人中、有症者は70人(有病率3.3%)、そのうち、医療機関を受診したのは27人だった。さらに、その中から検便検査まで受けたのは4人だ。
 ちなみに、電話調査は一般家庭をランダムに選択し、バイアスを減少させるために家庭内で次に誕生日が来る予定の人を対象とし、慢性胃腸疾患や飲酒、投薬、妊娠等も尋ねて該当する場合には対象から排除するなど、極めて厳密なものである。

 こうした結果と、臨床検査機関での菌検出数、住民カバー率、それに厚労省の食中毒統計を用い、モンテカルロシュミレーション法なども使って、宮城県における2005年の下痢症患者数を推定した。医療機関で検便検査を行うと、その試料は臨床検査機関に行く。臨床検査機関の数ははっきりしており、そこで取り扱った試料数などを調査することで、個々の検査機関の住民カバー率もわかる。一つの検査機関が、県の何%の住民をカバーし、年間にいくつの試料を取り扱い、そこからどの程度の数の食中毒原因菌を検出したかを調べ、住民の調査結果と組み合わせ、段階的に推定して下痢症患者数をはじき出す。

 この数字は「感染者」であり、食品由来ではない人も含むので、米国での研究を基に、食品由来はカンピロバクターで80%、サルモネラで95%、腸炎ビブリオで65%として計算し、食品由来下痢症患者数を推定した。

出典:平成24年度厚生労働科学研究費補助金(食品の安全確保推進研究事業) 食中毒調査の精度向上のための手法等に関する調査研究分担研究報告書 宮城県および全国における積極的食品由来感染症病原体サーベイランスならびに下痢症疾患の実態把握(食品媒介感染症被害実態の推定)

出典:平成24年度厚生労働科学研究費補助金(食品の安全確保推進研究事業)
食中毒調査の精度向上のための手法等に関する調査研究分担研究報告書
宮城県および全国における積極的食品由来感染症病原体サーベイランスならびに下痢症疾患の実態把握(食品媒介感染症被害実態の推定)

 さらに、2009年には全国と宮城県の計1万8000人を対象に電話住民調査を行い、下痢症有病率などを調べた。また、全国展開している大規模な検査機関3社にも検査データを提供してもらい、全国での患者数を推定した。
 宮城県での調査と推定を踏まえ、全国調査と統計的な手法を用いた1万回ものシミュレーションにより得られたのが、冒頭に紹介した全国の推定数だ。2011年の食品由来のカンピロバクターによる下痢症患者数は、349万8111人。厚労省の統計による食中毒患者報告数はこの年、2341人である。サルモネラは、推定72万4366人、厚労省統計3068人、腸炎ビブリオは推定5万8589人、厚労省統計87人である。
 一番多いカンピロバクターの各年の推定数を表にしたので、みていただきたい。

 これほど多く、食中毒由来の下痢症患者が発生しているのか。本当に驚く数字だが、個人的な感覚と符合するのはたしかだ。家庭内の食事で、あの食品にあたったなあ、と思っても、トイレに何度も駆け込んでしばらく我慢すれば、まあなんとかしのげる。動けるようになってから、医療機関にわざわざ行くことはしない。飲食店での食事後も同じで、後に一緒に食べた人たちと「大丈夫だった?」とヒソヒソ語り、「やっぱり、あなたも」となっても、それで終わりだ。
 厚労省の統計にまであがるのは、相当に重症な事例なのだと、今回のアクティブサーベイランスの数字を見ながら実感した。

 今回の数字、かなり大きいので、講演などで紹介すると「信じられない」「推計方法に問題があるのでは」という反応が出てくる。ただ、宮城県での推定結果を人口10万人あたりに換算して、アクティブサーベイランスを行っている米国などと比較すると、カンピロバクターは米国や英国よりは多く、オーストラリア並み。サルモネラは、米国やオーストラリアより少なく、英国に近い数字である。
 宮城県の数字を基にした全国推計と、全国の電話住民調査、検査機関を基にした全国推計の数字も異なるが、これも桁違いというわけではない。これらのことから、一連の研究がほぼ妥当な線を行っていると判断できるのではないか。

 統計は、同じ調査方法をとることによって経年変化がわかる。氷山の一角であったとしても、従来の食中毒統計も継続して行く必要があるだろう。しかし、現在の方式の統計だけでは、消費者も事業者も「日本では、食中毒はあまり大きなリスクではない」「海外の先進国よりも衛生状態がいい」などと誤解したままになってしまうように思う。つまりは、微生物を侮ってしまう。
 したがって、現状のパッシブサーベイランスと併せてアクティブサーベイランスも継続して公表し、データを積み重ねて行くことで、実態により近づいた対策を事業者、消費者共にとれるようにすることが重要だと思う。

 2012年度の厚生労働科学研究の報告書でも、継続して調べて行くことの重要性が語られている。また、地域差があることも予想され、宮城県だけでなく、ほかの地域も調べる必要があることが述べられている。さまざまな調査を積み重ね、推定の精度を高めて行くことが、今後の検討課題だという。

 食中毒の実態が、国立医薬品食品衛生研究所や仙台市衛生研究所、多くの検査機関などの10年近い研究により明確になってきた。見事な成果だ。これらのデータを基に、もっと警戒感を持って食中毒防止に向き合いたい。

⇒ めんどな話になりますが…記事一覧へ

専門家コラム一覧

FoodScience 過去記事

以前、他のサイトで掲載されていた記事をこちらより選択してご覧いただけます。
FOOCOM.NET 会員募集 科学的根拠に基づく食情報を消費者に提供するために、ご協力ください。

お知らせ

FOOCOM会員、執筆者がかかわる催し、講演(10/17)
<FOOCOM事務局よりのお願い> 「FOOCOM.NET」にアクセスいただきありがとうございます。私たちは201…【全文を読む】
FOOCOM お役立ちリンク集