ホーム >  専門家コラム > めんどな話になりますが… > 記事

めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

キャビア・レッドキャビア・トビコキャビアの大問題

  • シェア
  • Check
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Share
2013年11月1日

 阪急阪神ホテルズのメニュー問題の第一報を聞いた時、「キャビア」の代わりに「トビウオの卵、つまりとびこ」なんてとんでもない、と思いました。そして、気付かない客のほうも、どうかしてるね、と考えました。
記事をよくよく読んで、「レッドキャビア」はあの「キャビア」ではなく、違うものらしいと理解し、そもそもキャビアってなんだ? と考えたところから、深みにはまりました。ずぶずぶと。

 キャビアは、大辞泉によれば「チョウザメの卵を塩漬けにした食品。イランカスピ海沿岸などに産する。高価で珍味」。うむ。レッドキャビアは、載っていません。
 ならば、caviarは? 日本で発行されている英語辞典の説明は大辞泉と似たようなものですが、The American Heritage dictionaryによれば、こうです。

The roe of a large fish, especially sturgeon, that is salted, seasoned, and eaten as a delicacy or relish.

 なるほど。caviarという言葉は本来、大きな魚の卵という意味で、チョウザメの卵とは限らないんだ、と初めて知りました。語源は、ペルシア語の卵を意味する言葉で、そこからトルコ、イタリア、フランスを経て、16世紀に英語のcaviarになったのだそうです。

 そこで、現代のインターネットでcaviarを調べてみると、出るわ出るわ。Beluga Caviar、Golden Osetra Caviar、American Black Caviar、Salmon Caviar、Trout Caviar…… 。Beluga Caviarが、カスピ海のチョウザメのキャビアの最高級品のようですね。どこの地域のどんな種類のチョウザメかによって、名称がいろいろ。さらに、Salmon Caviarはイクラ、Trout はマスだから、Trout Caviar はマスの卵の塩漬け。あれ、Red Caviarもたしか、マスの卵だった。ならば、同じもの? でも、Red CaviarとしてSalmonの卵を示してある場合もあります。もう、わけがわかりません。

 アメリカのキャビア専門の販売サイトには、Sushi Caviarという区分けもあり、そこに登場するのはTobiko Caviar。つまり、トビウオの卵も立派な、「トビコキャビア」という名のキャビアなのです。

 「トビウオの卵と知りながらレッドキャビアと偽装」と聞くと、とんでもない不祥事という印象を受けますが、「レッドキャビアをトビコキャビアに変更しました」と、あらかじめ言ってくれていたら、なんてことはなかったのにね。

 たしかに、レッドキャビアとトビコキャビアは価格差が2倍ほどありますが、トッピングに使う程度の量であれば、差額はそれほど大きくはならないでしょう。儲けを狙って偽装というストーリーは成り立ちにくいのかもしれません。
 調達の都合で食材を変更した時に、メニューもしっかりと吟味して変更し、なおかつ客の食欲をそそるメニュー名を継続する、というシステムが、阪急阪神ホテルズの中になかったのかも。

 いや、そもそもほとんどの日本人は、チョウザメのキャビアとレッドキャビアを区別して思い描くことなどできないでしょうから、 いわゆる“キャビア”を期待して注文して、本物のレッドキャビア(マスの卵か、はたまたイクラか)が出てきても、なんだかダマされた感があるでしょう。そのレッドキャビアの代わりに使われたトビコキャビアになると、大きさはむしろ“キャビア”に近づき、しかも赤かったらまさに“赤色のキャビア”っぽい。食べる客はむしろ、本物のレッドキャビアより納得できたかもしれないなあ、などと想像してしまいました。ああ、原稿を書いていても、なんだか混乱してきます。

 九条ネギを白ネギに、とか、芝えびをバナメイエビに、という変更がどういう経緯かも、まだわかりません。それぞれ、事情は異なることでしょう。社長は「誤表示だ」と説明します。一方で、「実は、知っていた」という内部証言もぼろぼろと。
 誤表示か偽装か。それは最初から意図されたものだったのか、食材の途中変更によるものか。組織内部で指摘する人はいなかったのか。今後の阪急阪神ホテルズによる説明と消費者庁の調査が待たれます。

 こんなふうに、ホテルの中の事情をいろいろと考えてしまうのは、ホテルの食関係の部門の雰囲気が、なんとなく想像がつくからです。私は、ホテルの食の“職人さん”たちに時々お会いするのですが、そのリスクや表示に対する知識の少なさに驚くことがあります。超一流のホテルの方でもそうだったりします。

 職人さんたちの世界は、こうしたことを学ぶ時間的な余裕を与えられていません。非常に過酷な修業の場、食品を作ることに集中する場であり、書物を読んだりインターネットで調べたりする暇があったら手を動かせ、と言われるようです。勤務自体も過酷で、朝食当番の時には深夜出勤しなければならず、体調を整えるのも大変。そのため、「プライベートの時間だから勉強しよう」とはなりにくいのです。
 リスクという概念にかんする説明や表示にかんする情報はこれまで、彼らにとってはすぐには役立たないものでした。でも、一部の方たちは、自分たちにもこういう情報が必要だ、と考えており、そのために、私のような者にも講演の機会が与えられます。彼らを前に講演をすると、食らいつくようにして聞いてくださる方と、寝てしまう方の二手に完全に分かれます。

 そのあたりは、レストランやベーカリーなどの個人事業主も同じです。ただ、大ホテルの看板を背負っているので、個人事業主に比べればそうしたコンプライアンスがうんとしっかりしているはず、働いている人たち全員に浸透しているはず、と消費者は錯覚しています。

 実際には、名門ホテルであればあるほど徒弟制度が強固に残っているという印象が私にはあります。また、現場で鍛え上げられた人たちが課長などの管理職に就くことも多いようで、個人によってリスクや表示に対する認識に大きな差があり、それが組織の雰囲気も決めてしまいます。
 この10年ほどの「食の安全」や「表示」にまつわる制度、社会環境の変化はすさまじいかぎりです。激変から取り残されている人たちが、昔と同じような感覚で対応していたのでは?
 もちろん、キャビアだけで判断してはダメ。でも、阪神阪急ホテルズのニュースを見ながら、そんなことを想像して、あの人の顔、この人の顔と、職人さんたちを思い浮かべました。

 これを機に、「どこもかしこも偽装」という記事が週刊誌に氾濫するのは目に見えています。そして、「偽装=食の安全の揺らぎ」という、大きく勘違いしたストーリーが展開されるのも間違いない。ため息が出ます。多くの企業、社員は懸命に取り組んでいる。しかし、取り残されてしまっている人たち、組織がある。そして、ごく一部の、意図して偽装に走る人たち……。また、同じ構図で、“事件”となってしまいました。

 今回のメニュー誤表示、いや偽装なのかもしれませんが、市民消費者の信頼を裏切ったという意味では大問題です。しかし、法律違反に問えるのか、というとなかなか解釈が難しいと思われます。外食はそもそも、JAS法の対象とはなっていません。景品表示法の場合には、優良誤認による不当表示であるという根拠を示さなければ法的責任を問えず、「実際のものよりも著しく優良であると示す表示」かどうかが問われます。レッドキャビアとトビコキャビアでは、どうも無理そうですね。
 このあたりの複雑な問題については、FOOCOM事務局長の森田がコラム「阪急阪神ホテルズのメニュー表示 何が問題だったのか(上)」で解説していますので、お読みください。

(10月24日発行のメールマガジン第124号の一部を改変して掲載しました)

⇒ めんどな話になりますが…記事一覧へ

専門家コラム一覧

FoodScience 過去記事

以前、他のサイトで掲載されていた記事をこちらより選択してご覧いただけます。
FOOCOM.NET 会員募集 科学的根拠に基づく食情報を消費者に提供するために、ご協力ください。

お知らせ

FOOCOMが「第1回食生活ジャーナリスト大賞」を頂くことに決まりました(3/28)
FOOCOMはこのほど、食生活ジャーナリストの会(JFJ)の「第1回食生活ジャーナリスト大賞(ジャーナリズム部門)」…【全文を読む】
FOOCOM お役立ちリンク集