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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

セラリーニ氏の「遺伝子組換えに発がん性」論文が取り下げ

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2013年12月13日

 遺伝子組換え作物には発がん性があると聞くが、本当か? この1年ほど、そんなふうに質問されることがよくあった。その情報の大元となった論文が先月、掲載した学術誌から取り下げられた。だが、大元の情報は意味がないとして削除されても、そこから派生したさまざまな情報は社会から消えない。困った現象だ。
 とにもかくにも、論文の取り下げというのは重大な事実。簡単に解説しておこう。

 問題の論文は、フランスCaen大のGilles-Eric Séralini(セラリーニ)らのグループが2012年9月、学術誌「Food and Chemical Toxicology」に出した「Long term toxicity of a Roundup herbicide and a Roundup-tolerant genetically modified maize」だ。取り下げは、雑誌を発行しているElsevier社から11月28日、発表された。

 論文は、除草剤ラウンドアップに耐性を持つ遺伝子組換えトウモロコシNK603を含む飼料を2年間与えられたラットは、乳がんや脳下垂体異常、肝障害などを発症し、死亡率も対照群と比較して高かったというもの。NK603は諸外国で認可され栽培されている。
 だが、論文に対して多くの科学者から批判が起こり、欧州食品安全機関(EFSA)が同年11月、「実験設計と方法論の深刻な欠陥があり、許容できる研究水準に達していない。したがって、これまでのNK603のリスク評価を見直す必要はない」という見解を明らかにしている。

 FOOCOM.NETでも、「科学にとっての悲しい日。 メディアにとってはもっと悲しい日~Séralini事件(上)」「科学にとっての悲しい日。 メディアにとってはもっと悲しい日~Séralini事件(下)」「消費生活センターを、ゆがんだ情報提供の場にしないために」などで取り上げている。

 今回の論文取り下げについて、Elsevierは理由を説明している。論文への批判が強かったため、論文著者に生データを提出してもらい詳しく検証したという。科学者は実験記録をしっかりと付け、それを基に論文を書いて投稿する。この、元となった記録データを検討した結果、fraud(ごまかし)や intentional misrepresentation(故意の不正確な説明)はなかったという。しかし、実験に使ったラットの数が少なく、論文の結論は決定的とは言えず、この雑誌の掲載レベルには達していない、という判断となった。

 200匹のラットを用いた研究なので、この論文をメディアや市民団体などが伝える際には「200匹ものラットを用いた初の長期飼育試験」と表現されることが多い。だが、飼料における組換えトウモロコシの割合を変えた群を設けたり、栽培時のラウンドアップの使用の有無による群も設定されたりしていて、結局は1群あたりのラット数が、雄雌それぞれわずか10匹しかない。

 比較する時には、比べるそれぞれの群にそれなりの数がないと信頼性を担保できない、という統計学の基本知識は多くの方がご存知だろう。実験に用いられたラットは、がんが起こりやすいように改良されたラットで、遺伝子組換えトウモロコシが含まれない飼料を与えられていない対照群においても、がんなどが高い割合で発生している。それと比較してさらに高い、ということを統計学的に信頼性のある形で示すには、1群雄雌それぞれ10匹では、まったく足りない、ということだ。

 したがって、Séralini氏らの実験結果が間違っている、ということではなく、こういうずさんな設計の実験結果では、そこから意味のある結論はなにも導き出せない、というのが、Elsevierの結論である。

 通常、論文の取り下げは、ごまかしや故意の不正確な説明などがあった場合で、こういう取り下げは珍しい。Elsevierは、査読プロセス(学術論文が投稿された時に、複数の専門家が査読を行って論文の質を検討し、受理や不受理、改訂を求めての受理などを決定する仕組み)はパーフェクトとは言えないが機能したと言い訳を書いているが、「そもそもなぜ、こんな論文を載せたんだ!」という科学者の意見は強い。

 論文が抱える問題点は既に指摘尽くされており、日本語のサイトでは、一般財団法人残留農薬研究所の青山博昭・毒性部長がとてもわかりやすく解説している。
 また、EFSAも今年7月、食品をまるごと、2年間にわたって動物に摂取させてその毒性や発がん性を検討する長期試験を行うときのガイドとなる原理原則を公表した。

 化学物質のこうした摂取試験は、単一成分を大量に投与できるため、影響を調べやすい。しかし、食品の場合は、毒性物質があったとしてもその濃度は低く、食品を大量摂取させると、毒性が現れる前に栄養のバランスの崩れによる悪影響が出てしまう。そこで、飼料設計に十分に注意する必要がある。

 しかも、毒性物質が低いレベルでしか含まれない食品を、栄養バランスが崩れない範囲で食べさせて毒性影響を検出しようとするなら、動物の数を相当に多くしなければならない。このような試験デザインへの助言や、この種の研究の限界等が、整理されている。これは明らかに、Séralini氏らの試験デザインの大きな問題点を踏まえての対応だろう。「あんなレベルの研究をしても、相手にしないよ」とEFSAが科学者たちに釘を刺しているようにも思える。
 最終的に、Séralini氏らの論文取り下げを決断したとしても、一度は受理したElsevierと編集者への批判が消え去ることはないはずだ。

 欧米では、論文が掲載された時にかなりの話題となり、賛否両論喧しかった。そのため、今回の取り下げもそれなりに、一般メディアでも報道されている。Séralini氏らも反論している、
 興味深いのは、Séralini氏らの科学的な反駁は論旨が弱く、「今回の取り下げにもモンサントの息がかかっているのだ」という趣旨の主張をしていることだ。慎重に情報を吟味する人なら、読んで首を傾げることだろう。つまり、話をすり替えている。

 Nature newsは、Séralini氏のチームが「取り下げは、モンサントに7年間勤めたことのある生物学者が、掲載誌の編集者に就任したことによるものだ」と主張していると伝えている。しかし、この生物学者は「取り下げ決定には関わっていない」と説明する。

 Elsevierという、多くの学術誌を抱える権威ある出版社の雑誌において、編集者がモンサントに7年間勤めたことがあるからモンサントに有利な判断をした、という主張に説得力があるだろうか? モンサント陰謀論にしても、質がよくない。
 いずれにしても一般メディアも含めて論争が巻き起こることによって、いろいろな角度から問題を知ることができる。

 翻って日本は?
 もともと、大手メディアはこの論文が公開された時点でもあまり取り上げなかったこともあり、今回の取り下げもほとんど報じていない。そして、遺伝子組換え反対派の市民団体や個人の多くは、取り下げを無視している。この研究を紹介した映画「世界が食べられなくなる日」の公式サイトも知らん顔だ。

 2012年9月に論文が掲載された時、Séralini氏は策を弄してマスメディアでの情報拡散を狙った(この顛末については、Wedge Infinityでも解説しているので、興味のある方はお読みください)。この時、Séralini氏は著書の発売と、映画も公開準備をしていることを宣伝した。その後に発表されたのが、この映画である。がんを発症したラットのおどろおどろしい姿が、見る人にショックを与える。

 「その実験はお粗末だから、Séralini氏の主張を担保しません」と、論文取り下げで宣告されたのに、その事実をウェブサイトにも載せない、というのはやっぱり不誠実ではないか。映画を見る人をバカにしている、と思えてしまう。

 こうして、根拠のない情報がそのまま、伝聞情報として残り、一人歩きを続けてしまう。なんとも悲しい。そんなことをブツブツつぶやいていたら、遺伝子組換え情報に詳しい知人から鋭いツッコミを受けた。「リトマス試験紙としては、依然として使えるよ!」。Séralini氏らの主張を引用し「遺伝子組換えに発がん性」と書き論文取り下げやEFSAの見解には触れないような報道機関やブログ主などは、「情報収集力に欠ける。あるいは、故意にウソをついている」と判断して、もう読まなくていい、見なくていい、信じなくていい。
 なるほど! 上から目線極まりないが、そういう“使い道”もあるのだ。

 

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