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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

消費者はもっと怒るべきだ〜アクリフーズ事件

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2014年1月16日

 なぜ、消費者はもっと怒らないのだろう? マルハニチロホールディングスが率いる「アクリフーズ」の農薬混入事件である。私は不思議で仕方がない。

 15000ppmや26000ppmという検出濃度から見て、これは犯罪に違いない。斎藤勲さんが本誌コラムで書いている通り、マラチオンが食品の1.5%や2.6%を占めていたのだ。農薬製品の原液をそのままかけるようなことをしないと、この濃度にはならない。
 
 犯罪者はどんな国であってもどんな社会であっても存在する。企業も100%防ぐのは難しい。以前にもこうした混入事件はあった。中国の冷凍餃子事件もそうだし、その直後、国内の和菓子メーカーでも、農薬を菓子に混入する事件が起きた。その容疑者は自殺して、事件は収束した。
 
 犯罪者が悪くて、企業は被害者? 消費者は企業を責めず、落ち着いて行動すべき?
 なるほど、そういう側面はある。ほかの食品企業の方々が、アクリフーズとマルハニチロホールディングスに同情しているのも理解できる。だが、犯罪を防ぐための最善の努力を両社がしていたかどうか、今後の具体的検証が必要だ。
 それだけでなく、消費者は両社に対して、明確に怒っていいことがある。

 私は、最大のポイントは12月29日の第一報にある、と考えている(アクリフーズのウェブサイトに出ているプレスリリース参照を)。毒性評価を誤ったのが、致命的なミスだ。消費者庁が問題視した「苦情が来てから、農薬と確定して公表するまで1カ月半もかかったこと」も重要だが、危機管理対応として、こちらも極めて大きな過失である。

 両社が12月29日に出した最初のプレスリリースでは、食品の分析値は明記されていない。マラチオンの説明として、「急性毒性は低く、経口投与によるげっ歯類での LD50 は様々な報告があり、値も 1,000-10,000mg/kg体重と幅が広い」という説明があり、その後にADIの記述がある。
 同社はこの時、体重20kgの子どもが計算上、1度に60個のコーンクリームコロッケを食べないと健康に影響がない、という説明を口頭でした、と報道されている。

 LD50の最小値、1000mg/kg体重を用いると、体重20kgの子どもは20000mg。15000ppm、つまり1gの食品あたり15mgのマラチオンが含まれた食品をコロッケ60個分(22g×60=1320g)食べると、計算上のマラチオンの摂取量は19800mgになる。
 このような計算を行って、「60個食べると健康に影響が出る」という趣旨の発言をしたのが、12月29日の会見である。

 急性毒性の数値として挙げられたLD50は、半数致死量。動物実験で大量投与して、半数の動物が死ぬ数値なのだ。こんな数値と比較して健康影響を説明した。しかも、プレスリリースには、計算の根拠となったはずの食品から検出された最大濃度の記述がなく、60個の計算のやり方も書かれていない。極めて不誠実な広報だ。
 この最初の会見とプレスリリースが、正月気分も相まって、消費者に「危険性はあまりたいしたことがない」という第一印象を与えてしまったのは否定できない。

 これに対し、厚労省が30日20時半に、JMPR (FAO/WHO 合同残留農薬専門家会議)の評価による急性参照用量(ARfD)の数値である2mg/kg体重/日を許容摂取量として用いるべきであることを指導し、31日午前1時半からの異例の記者会見による訂正に至っている(厚労省のページ参照を)。アクリフーズ側は、「計算上、1 度に約 1/8 個のコーンクリームコロッケを食べると、吐き気、腹痛等の症状を起こす可能性がある」と説明し、新聞などは「説明の誤りを認めた」「毒性を過小評価」などと伝えた。

 説明の誤り、など生ぬるい表現だ。半数致死量を基に説明したのだから、「日本人の半数を殺す気か」くらいの勢いで怒っていいくらいのミス。年明けの週刊誌等がどれほど騒ぐか、と思ったけれど、日頃、あれほど根拠のない中国批判などを繰り広げる週刊誌なども、このポイントを突いていない。
 マスメディアがきちんと報じないので、消費者の多くは今も知らない。「最初、ちょっと間違ったみたいだね」くらいの認識だろう。それが回収の遅れにつながってはいないか。
 消費者はもっと怒っていいのだ。日本の食品企業はそんな数値を間違えるほどレベルが低いのか、私たちは動物と一緒なのか、と問うていい。

 消費者は量の概念がない。だから、リスクの大きさを把握できず、残留基準超過くらいで大騒ぎする——。こういうことを、リスク評価や管理、コミュニケーションにかかわる科学者や記者などがしばしば言ってきた。私も同様のことを書いたり発言したりしてきた。
 量の概念がないから、事実上、リスクの懸念がないものに大騒ぎ。そして、量の概念がないから、とんでもなくリスクの大きな犯罪に安穏とし、防げなかったうえに間違った発表を行った企業にも妥当な批判をぶつけられない。
 
 それでは、消費者は自分の身を守れない。今回は幸い、厚労省が迅速に対応した。恥ずかしながら、私はそのあたり、私用にかまけていて、事件の推移をフォローしていなかった。29日の会見内容を同日の夜のテレビニュースや30日朝刊で見て、厚労省の担当者はさぞや驚いたことだろう。すばやくアクリフーズを指導してくれて、よかった。

 今一度整理すると、動物実験の半数致死量であるLD50は、動物の種類によってばらつきがあり、1,000-10,000mg/kg体重。動物実験やほかの科学的根拠を基に、「人が、24時間またはそれより短時間に経口摂取しても、健康に悪影響が生じないと推定される1日当たりの量」としてJMPRが決めたARfD (急性参照用量)が2mg/kg体重/日、人が毎日一生涯食べ続けても健康に悪影響が生じないと推定される1日当たりの量として、JMPRが決めたADI(一日摂取許容量)は0.3mg/kg体重/日である。

 これらの数値には、かなりの幅がある。ADIとLD50に3300〜33000倍の違いがあるのは、片や「毎日食べても、健康に悪影響なし」で、片や「動物では、半数は死ぬ」量だから。それくらい、摂取量によって影響は異なるのだ。残留基準はADIを基に決められる数字であり、今回の検出量を残留基準と比較して150万倍などと記述することにもまったく意味がないことも、理解してほしい。

 今後は、なぜアクリフーズが第一報で、このような初歩的なミスをしたのかも、しっかりと明らかにしてもらう必要がある。
 おそらく、マルハニチログループ本体の品質保証部にタッチさせなかったのだろう。品質保証部で実際の業務に携わる社員であれば、LD50の記述を見て「これはダメだ」と叫ばないはずがない。ついでに言うと、第一報はADIの数字も間違っていた。JMPRが以前に出していた古いADIの数値を記載していた。これも、インターネットで検索すれば容易く、JMPRのウェブサイトに行き当たり、正しい数値がわかる。品質保証部の社員ならすぐにチェックできる。私はマルハニチログループの品質保証部の方々にお会いしたこともある。そうした力は十二分にある。

 なぜ、第一報を出す段階で、グループ内部のチェック機能が働かなかったのか。どうして、科学的根拠を固めて公表しなければいけない文書が、その根拠を判断できる社員のところに事前に回らなかったのか。そのあたりに、この企業グループの大きな問題が隠されているような気がしてならない。
 今後の犯罪を防ぐためにも、そして、マルハニチログループの再生のためにも、消費者の冷静で厳しい目が注がれる必要がある。

(2014年1月10日発行の第134号メールマガジンの内容を、再編集しています) 
 

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