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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

消費者委員会さん、科学的な情報を発信していただけないでしょうか!

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2014年5月23日

 消費者委員会・食品ワーキング・グループが先週公開した第1回会合議事録を読んで、とにかく驚いた。トランス脂肪酸の健康影響評価についての議論なのだが、消費者委員会事務局が食品安全委員会の評価書について、間違った説明をしており、それが堂々と議事録として公表されている。これは珍しい。
 が、驚いている場合ではない。消費者委員会事務局が、間違い増幅器になってはいけないだろう。議事録くらいは、きちんと修正してもらいたいのだが…。

 実のところ、トランス脂肪酸の議論は、とてもややこしいことになっている。だから、消費者委員会事務局も、引くに引けない状態になっているのかもしれない。

 発端は、3月に開かれた消費者委員会食品表示部会と同部会栄養表示に関する調査会に、JA全農職員の委員が提出した意見書)。
 委員は、食品安全委員会が2012年に出したトランス脂肪酸の評価書と議事録を基に、「極めて重大な健康リスクについての警告が発せられており、議論の中では表示の必要性にも言及されております」とした。そのうえで、「我が国においても諸外国と同様にトランス脂肪酸を表示義務の対象とするべき」と記述した。これを受けて、消費者委員会に表示などのリスク管理を検討するワーキング・グループを設置することが決まった。

 このあたりの流れについて、FOOCOM.NETでは既に、事務局長の森田満樹がコラム「消費者委員会がトランス脂肪酸の表示を検討 科学的な議論を望む」で伝え、「委員は、食品安全委員会の評価書を不適切に抜粋し、曲解している」と指摘している。

 食品安全委員会も4月15日、意見書についての見解を公表した。「食品安全委員会の評価書の一部を恣意的に抜粋するとともに、評価書にない文言が加筆されている。極めて遺憾」という内容だ。

 食品安全委員会は、評価書で結論として「通常の食生活では健康への影響は小さいと考えられる」と明記しているのに委員がまったく触れていないことを指摘した。また、評価書で「増加傾向を示したが有意ではなかった」という記述が、委員によって引用された時に「有意ではなかった」という意味が無視されてしまったことなど、科学的な誤記述をいくつも挙げた。

 問題は、このような意見書を消費者委員会が易々と受け入れ、表示などのリスク管理を検討するワーキング・グループを設置してしまった点だ。しかも、4月22日に開かれた第1回会合議事録を読むと、消費者委員会事務局の参事官をはじめ、臨時委員として招かれた当のJA全農職員、消費者団体幹部、それに座長まで、うん?と首を傾げてしまう科学的におかしな発言がてんこもり。「標準的な科学的理解ではこうです」ということを説明する役割が不在なので、言いたい放題になってしまっているのだ。
 中でももっとも気になったのは、参事官の95パーセンタイル値に関する説明ぶりだ。議事録からそのまま、抜粋しよう。

 この議事録の第79回ですけれども、25ページを見ていただきますと、なぜこの95%タイル値の表が出ているかということが非常によく理解できるところでございます。これはこの95%タイル値でエネルギー比1%を超える性・年齢階級はなかった。これが仮に事実だとすれば、日本人の中で5%の人のみがエネルギー比1%を超える可能性がある。そのくらい平均だけではなくて全体的に日本人の中でこの危険な量を摂取している人は非常に少ないんだということを示す表になっているわけでございます。

 表というのはこれ、である。

出典:食品安全委員会「食品に含まれるトランス脂肪酸」評価書に関するQ&A

出典:食品安全委員会「食品に含まれるトランス脂肪酸」評価書に関するQ&A

 議事録が「%タイル値」となっているのはまあご愛嬌。英語のつづりはpercentileなので普通はカタカナでパーセンタイルと書く。
 パーセンタイルというのは、計測値を小さい方から順に並べたときにどこの位置にあるかを示す。95パーセンタイル値というのは、小さい方から95%、大きい方から数えると5%のところにある人の数値を示すものだ。日本人の全年齢でみると、男性は0.70%、女性で0.75%。つまり、日本人の摂取量上位5%はこれ以上摂っていますね、ということになる。

 WHOの勧告目標基準は、トランス脂肪酸の摂取量は総エネルギー摂取量比で1%未満にしなさい、というもの。この95パーセンタイル値の表から、WHOの勧告目標基準を超える人が日本には5%もいないことは明白だが、どれくらいの割合が勧告基準を超えるかはわからない。

 だが、食品安全委員会は評価書本体の中では、99パーセンタイル値も示している。それによれば、男性は1.07%、女性は1.06%である。
 つまり、参事官の説明した「これが仮に事実だとすれば、日本人の中で5%の人のみがエネルギー比1%を超える可能性がある」というのは間違いで、5%もの人が超える可能性はない。「1%強の人は、エネルギー比1%を超えている」というのが、食品安全委員会の評価書が示している内容だ。

 書きながらつくづく思うのだが、実に細かい話。だが、摂取量は、トランス脂肪酸のリスクの大きさを評価するうえで極めて重要なファクターである。人口の99%、つまり大多数は問題にならず、1%強の人たちは、トランス脂肪酸だけでなくほかの栄養成分等についても問題の多い食生活を送っているとみられるからこそ、食品安全委員会は「通常の食生活では健康への影響は小さいと考えられる」としたのだ。
 この95パーセンタイル値の説明、ここだけは、消費者委員会には絶対に間違えてほしくなかった。

 FOOCOMは、このワーキング・グループを傍聴していなかったのだが、録音を入手したところ、他にもトンデモ間違いが散見されたため驚いて、4月24日発行の会員向け第149号メールマガジンで、事務局長の森田が伝えた。「消費者委員会が、科学を逸脱してとんでもないことになっていますよ」と、会員に注意喚起したわけだ。議事録公表段階では当然直されて、「会合開催時に誤って説明したところがあり、修正した」という但し書きが付くだろうと思っていたのだが、そのまんま。こっそり直す、ということすらしていない。ほかの「あれっ」というところも、あまり変わっていない。どうも消費者委員会は俗にいう「ぼっち」になっているらしい。

トランス脂肪酸の評価が難しいのは事実だが……

 トランス脂肪酸の評価は、なかなか難しいように思う。摂取量が多いと冠動脈疾患のリスクが上昇するとされ、WHOはエネルギー比の1%未満とするという目標を設定している。だが、米国は規制強化に進んでおり、加工食品中の人工トランス脂肪酸の事実上の含有禁止を検討中だ。日本でも、日本動脈硬化学会が昨年4月、表示や販売規制などを求める申し入れを消費者庁長官に行っている。「工業製品としてのトランス脂肪酸は、タバコと同様に0に」という強い要望だ。

 一方で、食品安全委員会の評価書では、日本人の平均摂取量はエネルギー比の0.3%。WHOの勧告基準を超えるのは、前述のように1%強である。また、メーカーが製品のトランス脂肪酸含有量低減を進めた結果、飽和脂肪酸含有量が増えてしまったというトレードオフも確認された。飽和脂肪酸も健康リスクであり、その摂取量増加は懸念されている。
 消費者庁も、加工食品への表示を検討したが、11年には義務づけまでは必要ないとした。さらに、専門家を集めた「栄養表示成分表示会」でも検討し、トランス脂肪酸の含有量表示の優先順位は食塩等に比べて高くない、という整理をしている。

 日本人の食事摂取基準(2015年版)策定検討委員会報告書でも飽和脂肪酸、トランス脂肪酸は検討されているが、飽和脂肪酸は目標量が設定されている一方、トランス脂肪酸はない。2011 年のコホート研究のメタ・アナリシスで、工業由来のトランス脂肪酸の最大摂取群は最小摂取群に比較し冠動脈疾患罹患の相対危険が1.30 倍増加することが示されている。一方、喫煙、糖尿病、高血圧症など他の主要な冠動脈疾患危険因子のオッズ比は、日本人で3〜8 倍程度である。報告書は、これらのことを説明し、「トランス脂肪酸の冠動脈疾患リスクはかなり小さい」とまとめている。

 消費者委員会の食品ワーキング・グループの第1回会合に招かれ意見を述べたのは、JA全農職員の委員をはじめとしてトランス脂肪酸の表示を求める偏った布陣だった。もちろん、日本動脈硬化学会の申し入れは強調されたが、食事摂取基準報告書の落ち着いた書きぶりは、まったく触れられなかった。科学的な間違いに対する座長の訂正もない。座長は科学者なのだが。

 こんなふうに、偏った見解により事務局と委員とで議論を進めてよいのだろうか。
 この会合に出席しなかった食品安全委員会も問題だ。消費者委員会は出席を要請したが、食品安全委員会は理由を示して断った。ワーキング・グループ会合の議事録にも、理由が明確に記載されている。
 

我が国においてトランス脂肪酸に関する科学的な評価は終了しており、消費者委員会においては食品健康影響評価を前提として、講ずべき施策等に関する議論が行われるべきであると考えていること。食品ワーキング・グループにおいて食品健康影響評価の科学的内容の是非等に関する議論を行うべきでないこと等、ワーキング・グループにおける議論の進め方について基本的な認識合わせができていないため、食品安全委員会としては出席することができないものである。

 食品安全委員会が、評価書を踏みにじられて怒り心頭であることは理解できるが、こんなことで、間違った情報を消費者委員会から委員や国民に発信されて困るのは最終的には、国民なのだ。
 どんな場であっても、食品安全委員会には説明責任を果たしてほしいと思う。

 いわば、内閣府内での兄弟げんか。堅実に業績を上げる理系のお兄ちゃんが、発足してもうすぐ5年になるのに実績がほとんどないスタンドプレー好きの弟を相手に、まともにけんかしちゃいけないのだ。やっぱり、わかりやすく説明してリードしてくれなきゃ、日本の「リスクアナリシス」を基本とした食品安全行政が泣く。

 加工食品に表示を求めると、分析や包装の変更など、事業者側にかなりのコストがかかる。それが、消費者に転嫁されることも考えなければならない。表示を求める国も、監視指導の責任が出てくる。それはイコール、国のコストとなる。コストに見合うベネフィットが、公衆全体にあるのかどうかが問われる。
 米国が工業的なトランス脂肪酸ゼロへと進む一方、ドイツや英国はトランス脂肪酸の規制強化には向かっておらず、バランスのとれた食事や飽和脂肪酸摂取の低減の方が重視されている。
 消費者委員会には、科学をベースにリスク管理を議論してほしい。間違った情報をまき散らさないでほしい。

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