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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

結局なにが問題だったのか?〜冷凍食品の農薬混入事件1 

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2014年6月13日

 マルハニチログループの「株式会社アクリフーズ」の冷凍食品に、農薬が高濃度で混入していた事件について、原因と対策を検討してきた「第三者検証委員会」が5月29日、最終報告書をまとめて発表した。事件が明らかになった昨年末からちょうど5ヶ月で、一区切りがついた。アクリフーズやマルハニチロホールディングスら関連6社も統合して今年4月、「マルハニチロ株式会社」としてスタートした。
アクリフーズ「農薬混入事件に関する第三者検証委員会」のページマルハニチロウェブサイト

 私は、委員として検証作業に加わった。計11回の会合と群馬工場視察で、約63時間を費やした。それだけではなく、メールでのやり取りや、報告書の文章の検討や推敲精査に膨大な時間をとられ、終了したときにはヘトヘトだった。
 委員会として認定した事実や提言は、中間報告と最終報告に記したとおりだ。目を通していただきたいし、大部の報告書ではあっても目を通す価値は十分にある、と思う。だが、「要するに」というところを簡潔に説明する役割も、委員にはあるだろう。報告書の流れを大胆に組換えて、でも、報告書の内容から逸脱せずに、数回にわたって解説する。事件後の危機管理や検証作業に携わったマルハニチロ社員の思いもお知らせしたい。彼らも後悔し反省し、複雑な思いを抱きながら、再生への道を歩み出しているのだ。

犯罪が起きた背景

 事件が明らかとなったのは昨年12月29日。アクリフーズ(以下、アクリと記述)群馬工場製の冷凍食品から農薬マラチオンが最高15000ppm検出されたとし、群馬工場の製品全品を賞味期限にかかわらず自主回収することを発表した。結局、計12点で0.32〜15000ppmのマラチオンが検出された。口の中に入れて吐き出した人はいるが、その他の健康影響は認められていない。
 今もマルハニチロによる回収呼びかけは続く。消費者の冷凍庫に、気付かれていない群馬工場製冷凍食品が今も、あるかもしれないからだ。

 食べて症状が出たとする相談は、厚労省のまとめでは計2385件、有症者数は2879人。相談に応じて998件の製品が検査されたが、マラチオンが検出されたものはなかった(厚労省第30報

 では、そもそもなぜ、農薬を食品に混入する事件が起きてしまったのか。
 逮捕された元従業員の裁判はまだはじまっておらず、彼に関して確定した事実はなにもなく、詳細は不明だ。だが、工場にはマラチオンは普段置かれておらず、外から持ち込まれ製品に混入されたのは確定的。そして、それを許してしまう雰囲気、環境が、アクリ群馬工場にはあった。

 群馬工場の契約社員のヒアリングで、新人事制度の変更に対する不満が契約社員の多くにあったことを確認した。これまでの年功序列型の給与体系から、能力・役割を重視する制度に変更した。でも、その能力を評価するべき社員が、製造現場にいないではないか。契約社員の働きぶりを見ていないではないか。努力しても評価されない、という不満を、契約社員の方々は述べた。

 また、工場は、外部からの侵入についてはある程度の対策が講じられていたが、内部の者による犯罪等を防ぐ、ということはまったく考えられていなかった。製造現場に異物を持ち込むことは事実上可能。そして、つまようじや輪ゴムなどの異物が製品に入っているという消費者からの苦情はたびたびあり、2013年4月から12月までに計12件に上った。これらの苦情と事件の被告人との関係性は不明だが、働く人の不満の表れ、予兆とみてもよい苦情数ではあった。でも、「予兆」と受け止める感度は、社員にはなかった。そして、農薬が混入された。

危機管理の失敗

 異臭苦情が初めて寄せられたのは11月13日。だが、群馬工場社員は当初、農薬とはまったく考えずさまざまな要因を検討し、異臭苦情品の外部検査も行わなかった。やっと農薬検査を発注したのは12月17日。農薬マラチオンの検出が報告されたのが12月27日だったが(ピザで2200ppm)、そこから自主回収を始めるまでにさらに2日間かかった。
 
 その間の経緯は中間報告で詳しく記述しているが、群馬工場の品質保証担当者は早くから「これは、通常の苦情とは違う」という感覚を持っている。しかし、その感触は、アクリ本社の品証担当や親会社のマルハニチロ食品の品証担当とは共有されず、原因を探し求めて迷走した。

 さらに、12月27日にマラチオンの高濃度検出が明らかになった後も、アクリ本社の品証担当はマラチオンの毒性を過小評価し「直ちに健康への影響が発生することはない」と判断した。それを基にアクリ幹部、マルハニチロ食品やマルハニチロホールディングスも動き、自主回収は29日からとなり、取引先や保健所等への報告もすべて29日にはじまった。
 当然、行政は閉庁しており、取引先等も通常に比べれば勤務者は少ない。さらに、アクリは自主回収対象の製品リストを作成する段階でも誤り、当初間違った情報を流した。また、毒性評価についても誤った広報を行った。

 結果は大混乱。危機管理の大失敗である。そのあたりの経緯は、FOOCOM.NETでも「消費者はもっと怒るべきだ~アクリフーズ事件」「食品リコールからみるアクリフーズ事件」などで伝えた通りだ。

ガバナンスの弱さ、ミッションの欠如

 社員のヒアリングから、当時の社内の混乱が浮かび上がってきた。マラチオンの急性毒性評価は、アクリ品証担当の一人が、インターネットを日本語で検索して調べて、行ってしまった。当然、その後に幹部等に報告が上がっているのだが、だれも自分で調べることをしていない。マルハニチログループの他企業の品質保証担当も、その毒性評価が妥当かどうか、自分の問題と捉えて情報収集し考えることをしなかった。プレスリリースでの表現は、わかりやすい広報にしようという過程で大きく変わり、科学的に間違ったものとなったが、だれもそのことに気付かず公表されてしまった。

 私は、ヒアリングの際に、たった一人で毒性評価をしたという話を聞いて「それは無茶だ」と思わず叫んでしまった。評価を誤った社員を責めるのは、あまりにも酷だ。もちろん、知識不足ではある。でも、たまたまそういう人が担当だったとしても、だれかがカバーできるのが組織の力。アクリも、マルハニチログループも、組織として機能しなかったのだ。

 自主回収対象の商品リストも、別の社員2人が販売データと在庫表、記憶を頼りに作ったために、誤ってしまった。だが、それもチェックされることなく、公表された。

 背景にあるのは、委員の一人、久保利英明弁護士が指摘する「アクリ疎外」の構造だ。旧マルハを中核とする「マルハニチロ水産」と旧ニチロを中核とする「マルハニチロ食品」があり、雪印乳業冷凍食品事業部から産まれた「アクリ」があって、三列構造になっている。さらに、マルハニチロホールディングスの子会社である「マルハニチロ食品」、その子会社である「アクリ」という三層構造もあった。その結果、「アクリ疎外」が産まれた。

 アクリは、マルハニチロブランドとは異なるアクリフーズという高いブランド力を持っていた。それだけに、他社は口出ししにくく遠慮する。アクリ側社員に「親会社に相談した」という意識はあっても、相談された側は「情報提供」と思っていた、というような齟齬も起きた。グループの中で、企業間のコミュニケーションはとれておらず、アクリの新しい人事制度の問題点などへのチェックも働かなかった。

 アクリ疎外だけでなく、アクリフーズの直接の親会社であるマルハニチロ食品、その親会社であるマルハニチロホールディングスの社員、マルハニチロ水産など関係会社の社員も、意識はあいまいなままだった。
 三層構造と三列構造の中で、動きつつある事態に対して「だれかが判断したのだから」と考え、自分で改めて精査したり新たな情報を伝えたり、どんな方法がよいか考えたりしない。もちろん、自分が命じられたこと以外の部分にまで口出しすることなどあり得ない。やれと言われた細部の作業のみに、非常にまじめに没頭する。

 12月27日から自主回収がはじまる29日にかけて、グループ内の各企業に連絡が行き社員が集められ何度も会議が開かれたが、指揮系統が明確でなく、重要なことが迅速に決定されず、広報資料も精査されないまま作られ、自主回収の公表へと突き進んで行った。そんな企業グループの姿が、ヒアリングから浮かび上がってきた。

 久保利弁護士は、それを「ガバナンスの弱さ」と表現した。また、安全で高品質な食品を製造するという食品企業の「ミッション」が、グループ全体の経営陣以下社員、契約社員に浸透していない、という面も見えてきた。農薬が混入された食品について、関係者は「苦情品は臭気が強く消費者は食べないであろう」と認識しており、だからこそ健康影響に強い懸念を抱いていなかった。この感覚は、私には信じ難かった。異常な製品を提供しながら、「客が吐き出すから大丈夫」と思える食品メーカーとは、どういう存在だろうか。

 三列構造、三層構造の中で、ミッションを持たず目の前の仕事に汲々とし、食品衛生法や基準を精査したり、食品のリスクについて情報収集したりすることを怠り、「コンプライアンス能力が不足する」という事態にまで陥っていたのが、マルハニチログループの姿だった。だから、犯罪を防げず、自主回収を始めるまでに1カ月半もかかってしまい、その間に幾度かあった「食品衛生法違反では?」と疑う“チャンス”を逃し、適切な記者会見で情報を公開し取引先とも連携して影響の拡大を極力抑えるという「危機管理」にも失敗したのではないか。
 これが、今回の事件の概要である。(つづく)

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