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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

本当に変われますか? マルハニチロ社員に聞いてみた—冷凍食品の農薬混入事件4 

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2014年7月17日
マルハニチロの環境・品質保証部長、石原好博さん

当時の混乱した状況を振り返る石原好博さん

 「あの時、集まった全員、頭が真っ白、なにをすべきかわからない、という状態だったと思います。全品回収ということは、会社がつぶれるということ。年間300億円の売上げがなくなり、700人の従業員が仕事を失う。その決断は、簡単なことではなかった。そして、危機管理に完全に失敗してしまった……」

 そう語るのは、マルハニチロ株式会社の環境・品質保証部長の石原好博さん。「マルハニチロ水産」で品質保証を担当していた。「アクリフーズ」の製品への農薬混入と自主回収が公表された12月29日の朝、突然招集をかけられ、大混乱の危機対策本部に入った。その後、第三者検証委員会事務局長も務めた。委員会の最終報告が出た後、話を聞いた。

品質保証のエキスパートも平常心を失った危機

松永 石原さんは、「品質保証」の世界では有名な人です。残留農薬、動物用医薬品等のポジティブリスト制の導入が2003年に決まり2006年に施行された時には、水産業界の準備に尽力されました。最近では飼料添加物エトキシキンの残留基準見直しについて、何度も厚労省に足を運ばれて、海外産地の実状を伝えた、と聞いています。現在は、水産食品を取り扱う企業25社で作っている「水産食品衛生協議会」(水衛協)の副会長です。その石原さんがいたマルハニチログループがなぜ、こんなお粗末な対応を、と食品業界は訝しがったのです。

スクリーンショット 2014-07-17 16.45.46石原 言い訳はまったくできません。正直にお話しすると、年末の休みに入って初日の12月28日夜8時頃ホールディングス品質保証部長から電話があり、明日アクリ製品の回収についての危機対策本部が開催されるので、出席して欲しいとの連絡がありました。29日朝9時に出社しましたが、危機対策本部の会議中は待機することとなり、その後昼過ぎから、ホールディングス品質保証部の支援を行いました。具体的には、農薬に先立って数ppm検出されていた有機溶媒の毒性を調べて欲しい、と言われ、文献を調べました。

松永 それは信じられない。石原さんは品質保証のエキスパートでマルハニチロ水産の品質管理部長だったでしょう。部長がインターネットで調べものですか?

石原 よく考えれば、なにをやっていたのか、と思います。が、その時は支援業務として指示を受けたことに違和感はなく、すぐに取りかかりました。

松永 それくらい、当時の危機対策本部は混乱し指揮系統がメチャクチャだったのですね。本来であれば、社長など経営陣が陣頭指揮、品質保証の部長が、リスク評価や管理についてはリーダーシップをとり、部下に調査や外部との連絡などの仕事を割り振って、上がってきた報告を吟味したうえで経営陣に上げる、という流れになるべきだったでしょうに。しかし、実際には12月27日にマラチオン2200ppmが検出されたと報告が入りアクリフーズで緊急部署長会議が開かれて以降、最高責任者がアクリなのかホールディングスなのかはっきりしないまま、2日間が過ぎて29日の記者会見となっています。2日間の経緯について社員の方々にヒアリングをした時に、何回か「その時の責任者はだれだったのですか?」と尋ねましたが、「形式的にはホールディングスの社長ですが、実際には指揮する者がいなかった」という答えの繰り返しでした。

急性毒性評価のミスに、広報の過ちが重なった

松永 12月27日にマラチオンが検出された後、そのほかの検体の検査結果を待ち回収開始が遅れてしまったわけですが、その間に非常に大きな問題が本部の全員に見過ごされたまま、29日午後5時の最初の記者会見に至っています。農薬マラチオンの急性毒性評価の過ちです。

石原 マラチオンの毒性を、動物実験の半数致死量であるLD50を基に判断してしまいました。実はそれだけではなく、社内説明資料の内容が29日に記者会見用資料となる段階で、大きく変わっています。マラチオンのLD50は動物の種によって異なり、体重1kgあたり1000mg〜10000mgとなっています。1000mg=1gなので、急性毒性を1g/kg体重と判断してしまい、社内向けの説明資料で「子どもの体重が20kgとして20gが急性毒性の値となる。コーンクリームコロッケ(15,000ppm)60個を1度に食べた量に相当する。よって、直ちに健康危害を起こす事は考えにくい」としていました。
 ところが、記者会見を目前にして広報担当から「わかりにくい」と指摘され、アクリフーズの品質保証担当が、記者会見用の資料の段階で「1度に60個のコーンクリームコロッケを食べないと発症しない量となります」と書き換えました。これを会見時に記者に配ってしまいました。

松永 動物の半数致死量であるLD50で判断するなんて、と後でずいぶんと批判されましたが、それだけでなく、わかりやすいプレスリリースにしようとして、科学的な誤りを重ねてしまったのですね。

石原 記者会見用資料は、私も事前に見せられたような気がします。でも中身を覚えていない。急性毒性の書きぶりが変わっていたことにはまったく気付きませんでした。記者会見が始まって、私は記者の後ろで会見を聞きメモを取っていました。記者からは、急性毒性にかんする質問は出ず、私はその資料の余白に、社長の言葉などをメモしていました。そこになにが印刷されているか、まったく気付いていませんでした。頭の中は『明日は10万件のコールが来る。これをどうやって対応したらいいのか、消費者にどうやってアラームを発信したら良いのか』ということで一杯でした。

松永 石原さん個人にとって、痛恨のミスだったと思います。そのほかにも、アクリフーズは自主回収対象の商品リストを間違ってしまいましたね。

石原 営業の担当ですが、営業部門は年末年始の休みに入っていて社員と連絡がとれず、危機対策本部に人員を集めることができなかった。そのため、アクリフーズの営業担当部長が一人で、社内の販売データと在庫表、それに記憶を頼りにリストを作り、チェックを経ずに公表しました。

松永 信じられないミスがいくつも重なったことが、第三者検証委員会の検証で明らかとなりました。結局、このような緊急の事案を想定した準備や管理がまったくなされておらず、年末年始の休みに入ってしまっていて組織が機能しなかった、ということでしょうか。このような体制の不備は、グループの各社全体に共通する問題点だったのですか?

石原 社によってかなり異なっていたのは事実です。マルハニチロ食品やマルハニチロ水産であれば、商品リストはすぐに出せたと思う。水産の品質管理部の社員は、自主回収が始まった後の12月31日には、8割の社員が自主的に出社していました。でも、そんなことは言い訳にはなりません。アクリフーズは、冷凍食品で高いブランド力を誇る会社で、マルハニチロ水産とはかなり雰囲気が異なる会社でした。しかし、マルハニチロホールディングスやアクリフーズ、マルハニチロ水産など6社の統合は2013年春の段階で決まっていました。今年4月に予定通り、マルハニチロ株式会社としてスタートしています。一つにまとまって行かなければ。

松永 石原さんは今、マルハニチロ株式会社で環境・品質保証部の長です。食品企業における「食の安全」確保の要となる部署です。

石原 まずは、平常時にリスク管理をしっかりと行うことが大事だと思っています。そして、経験と知識を積み重ねて、危機を見分けるセンスと判断力を養って行くしかないでしょう。同じような事件を防ぐために、全工場で必要な施設整備を行います。でも、いざ危機の時にどうするか。マニュアルを作っていても、たぶんマニュアル通りに事態が進むはずがない。シミュレーションし、マニュアルを作るのは重要ですが、安全な食品作りに向けて、意識を根本的に変えて行く必要があります。これから、社員や契約社員に働きかけて行きます。

消費者を大事にしてくれますか?

松永 私は、第三者検討委員会の議論の中で何度も「消費者を忘れていなかったか?」と発言しました。消費者がせっかく、お客様相談室に異臭苦情を伝えてきてくれたのに、その声を活かすことができず、自主回収段階でも裏切ってしまった。こうした企業風土を変えられますか?

社内での品質保証業務に奔走する一方、社外では事件の経緯を説明し謝罪する日々。3月24日に開催したFOOCOMセミナーでも、会員からの質問に答えた

社内での品質保証業務に奔走する一方、社外では事件の経緯を説明し謝罪する日々。3月24日に開催したFOOCOMセミナーでも、会員からの質問に答えた

石原 アクリフーズは、お客様相談室の業務をマルハニチロホールディングスとマルハニチロ食品に委託していて、情報が伝わってくるスピードが非常に遅かった。マルハニチロ株式会社のお客様相談室は今、環境・品質保証部の中にあります。お客様相談室の感度を高めて迅速に対応できるように努力しているところです。

松永 私は、施設整備やマニュアル作りなどはできても、消費者を大事にしない企業風土はそう簡単に変わらないのでは、ととても懸念しています。社員の方々のヒアリングの中で、個人的には背筋に寒気が走る、というような感覚を何度か覚えました。たとえば、アクリフーズの幹部はマラチオンが検出された後も、社員から「毒性が低く、強い刺激臭がするため、食べられないだろう」という報告を受けて、回収を急ごうとしなかった。冷凍食品は大人だけでなく子どもも食べます。「変な臭いだなあ」と思っても「お母さんに言われたから食べなきゃ」と無理してしまう子どもがいないとも限りません。そんな消費者に対する想像力はないのだろうか? ヒアリングをしながら、怖さを感じました。

 多くの食品企業は、消費者からの苦情をとても大事にしています。社長以下、日常的に目を通し、現場が原因究明にもたついていると社内で大きな問題になる。大手であれば今は、それが普通だと思います。2007年から08年に起きた冷凍餃子事件以降、多くの企業がそうした体制を強化して行った一方、マルハニチログループは取り残されていたと判断せざるを得ません。厳しいことを言うようですが、私が一般消費者だったら、「反省します。変わります」と言われても納得できません。変われますか?

石原 社員の意識改革は簡単ではありませんが、取り組みます。私自身、今回の検証作業に事務局として携わり、多くの関係者のヒアリングにも立ち会いました。正直なところ、私も信じられない発言がいくつもありましたが、こちらの質問には皆が皆真摯に答えてくれましたし、深く反省もしていました。また、それぞれが自分の立場で当時一生懸命やろうとしていたことも確かです。こんなことを言える立場ではないかもしれませんが、弊社グループの人材は、正直で勤勉な人が多く、決して他の企業の人材に劣っているわけではありません。もっと視野を拡げて、消費者の皆様の立場や気持ちをしっかりと考える、言い換えれば、弊社のミッションの重さをしっかりと受け止め、そこに誇りを持つことこそが、社員に求められている意識改革であると思います。そのためには、粘り強く地道な啓蒙活動が何より重要と考えています。

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