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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

福島の米の全袋検査、放射性セシウムはほぼ検出されず

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2014年12月26日

 2014年産の福島の米の放射性セシウム全量・全袋検査がほぼ終わった。
 検査は8月21日からはじまり、12月24日現在、1067万7199点がスクリーニング検査された。その結果は、99.98%にあたる1067万5310点が測定下限値である25Bq/kg未満。25〜50Bq/kgが1855点(0.02%)、51〜75Bq/kgが11点(0.0001%)、75Bq/kgを超える米は出ていない。
 
 これは、素早く効率よく測定して行くスクリーニング検査の結果。このスクリーニングで、100Bq/kgを超える可能性を完全には否定できない、という数値(測定装置によって異なる)を示した袋は、ゲルマニウム半導体検出器による詳細検査に回される。これまでに計28点の詳細検査が行われたが、27点は25Bq/kg未満であり、1点のみが51〜75Bq/kgだった。つまり、今年産の米はすべて、100Bq/kgを下回ったのだ。

 これらの結果は、ふくしまの恵み安全対策協議会で公表されている。福島県内の帰還困難地域では栽培されていないし、「農地保全・試験栽培」や「作付再開準備区域」などでとれた米も、検査で低い数値であることを確認し、慎重に管理されている。つまり、福島の米にはもはや、なんの懸念もない。

 米だけでなく、野菜や畜産物、それに椎茸等も、放射性セシウムは十分に低く管理されている。福島第一原子力発電所の事故から、わずか4年目。だれがこんなに速い農業復活を予想できただろう。
 農産物の検査結果は、県が運営するふくしま新発売や、ふくしまの恵み安全対策協議会等で公表されている。

 まさに、日本の農業の底力を示す結果だと思う。チェルノブイリ原発事故後、食品汚染が長く続き、今も欧州から日本に輸入されるジャム等で時々、日本の基準値を超えるものが見つかるのと比べてみてもいい。
 福島の方々がさまざまな工夫、努力で達成した成果を基に、日本人全員で「私たちの国の農業の力を見てください」と海外に向けて胸を張っていいくらいの話のはず。なのに、どういうわけか、日本の中で未だ、検査結果も見ずに福島産を避けるという風評被害が続いている。もう少し現実を見ましょうよ、と思う。

 この成果の陰には農業者、行政職員や、迅速に放射性セシウムを測定できる装置を開発した企業等、さまざまな関係者の取り組みがあった。だが、一番効果が大きかったのは、放射性セシウムの吸収抑制にカリウム肥料(カリ肥料)が著しく効くことや土作りの重要性が農業研究により裏付けられ、農水省、福島県を通して農業者に伝えられて、農業者がしっかりとカリ施肥や土作りを行ったことではないか。素朴な農業技術が、大きな成果を上げたのだ。

 2011年春の事故直後、放射性物質が降下して土壌を汚染し、作物に吸収されて食品がどんどん汚染されるのではないか、と農業者も消費者も恐れおののいた。しかし、土壌中の放射性セシウム濃度と収穫された玄米中の放射性セシウム濃度の間に相関関係が見られず、土壌のセシウム濃度が高いのに玄米中は低い、あるいは土壌中のセシウム濃度は低いのに玄米濃度は高い、という検体が数多くあることが、この年の段階で明確にわかった。
 これはなんでもないデータに見えるが、栽培されている場所から、土壌と植わっていた稲の玄米の両方を採取し、厳密に測定する、という作業を432地点について繰り返し、大変な労力をかけて得られたものだ。

 一方、植物が大量に必要な元素、カリウムを根から吸収する際に、よく似たセシウムも吸収してしまう、ということが、1980年代の研究により知られていた。そこで、土壌中にある植物が吸いやすい「交換性カリウム」の含量と、その土壌で育った稲の玄米の放射性セシウム含量を調べたところ、見事に負の関係があることがわかった。交換性カリウム含量が高ければ、玄米の放射性セシウムは低かったのだ。つまり、稲がカリウムを吸収する時に間違えて放射性セシウムを吸収しないように、土壌中のカリウムの量を増やしてやればいい。

 事故直後から、土壌肥料に詳しい研究者はカリ肥料の重要性を訴えており、農水省、福島県共にカリ肥料の使用を農業者に指導していた。2011年に行われたさまざまな栽培試験や、実際に農業者が収穫した玄米の調査でも、カリ肥料を施用した場合に放射性セシウムの含量が低いことが確認された。
 11年、12年と栽培地区を変えて異なる土壌で調べてみても、傾向は同じだった。日本にはさまざまな水田土壌があるが、グライ土、灰色低地土、多湿黒ボク土の3種で、カリウムと放射性セシウムの関係に変わりはなかったのだ。

 こうした結果を受け、「カリウムを肥料として施せば、放射性セシウムの吸収を抑えることができる。カリ肥料をたくさん農地に入れよう」という農業技術が、福島県の農業者に科学的根拠を持って豊富なデータと共に説明された。

 また、土作りも大事だった。水田で米を収穫した後、稲わらを戻す(還元する)と、有機物を返すことになり土壌の物理性や化学性の改善につながる。だが、畑に比べると水田は有機物の効果が少なく、また、稲わらは畜産農家に引っ張りだこで売れるため、水田に稲わらを戻さない農業者も多い。
 
 ところが、稲わらを還す量が多いほど、玄米の放射性セシウム含量が低くなった。これは、稲わらにカリウムが多く含まれており、これが水田に入ると交換性カリウムとなり効果を示すのだと考えられた。稲わらを還すのは、炭素をを土壌に貯留するという点で、地球温暖化対策でもある。こうした情報が福島の農業者に伝えられ、水田の土作りもしっかりと行われたという。
 
 日本らしいきめ細かさだったのは、同時に食味の研究も行われたこと。カリウムを多くやると米の食味が変わるのでは? という疑問があった。私自身も心配で、農業者や研究者に実際に尋ねたことがある。このご時世、放射性セシウムがない代わりに不味い、では売れない。だが、13年度の試験で、栽培にカリ肥料を多く施用しても、玄米の食味は変わらず、味を大きく左右するタンパク質含量にも変化がないことが確認された。農業者は14年度、安心してカリ肥料を使えた。

 さらに、栽培のいつの時期にカリ肥料を多くやれば効果的に放射性セシウムの吸収を抑えられるか、カリ肥料の効きが良くない一部の土壌ではどのような資材を用いて土質を改善したらよいのかなど、実験で細かく確認された。
 
 田んぼの汚染というと、水も気になる。これも、さまざまな研究が行われた。放射性セシウムは、一部の粘土鉱物に吸着しやすく土壌粒子に一度くっつくと離れにくいこと、自然界中の多くの放射性セシウムは、水に溶け込むのではなく、土壌粒子や有機物等にくっ付いてしまっており、それがまた水に溶け出すという事態は起きにくいことなどがわかってきた。

 つまり、雨が降って山から田んぼやため池に水が流れ込んだとしても、放射性セシウムの多くは有機物や土壌粒子にくっ付き離れず、水に溶けにくい。したがって、稲は放射性セシウムを吸収できない。わずかに溶けたとしても、カリ肥料を多めにやっておけば、稲が間違えて放射性セシウムを吸収する割合は低い。

 見事だったのは、こうした実験を基にしたカリウム肥料の用い方、資材の使い方、土作りや水管理等、実に細かな工夫、技術が、高齢者の多い農業者にもきちんと、しかもあっという間に伝わったことだ。農業者の方々が、講習を受け学び実践したのだ。その結果、玄米の放射性セシウム濃度は年々下がり、今年度は100Bq/kgを超えるものがいっさいない、という快挙となったのだ。

 放射性セシウムの土壌や自然界中での挙動を農業者が理解したことで、米だけでなく野菜や椎茸などほかのさまざまな農産物の栽培も科学的に行われるようになっており、放射性セシウムを食品から排除できている。
(これらの研究成果、規制や栽培技術等については、農水省の東日本大震災に関する情報・生産のページでまとめられている)

 この事実を知ってほしい。福島の土壌には放射性セシウムがあるから、食品中の含量も高いはずだ、という思い込みを払拭してほしい。そして、農業者の方々に拍手を送りたい。福島で出会った大勢の農業者の方々の顔が目に浮かぶ。地震、津波、そして原発事故という大きな災禍に見舞われながら、立ち上がりあっという間に復活を遂げてきたあなた方は、私たちの誇りなのです。

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