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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

ラウンドアップに発がん性?  簡単、わかりやすいニュースに踊らされる前に、もっと詳細をみてみよう

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2015年3月27日

 国際がん研究機関(IARC)が3月20日、5つの有機リン系農薬について、評価の結果を公表しました。殺虫剤のマラチオン、ダイアジノン、除草剤グリホサートがグループ2A「probably carcinogenic to humans(おそらく、人に発がん性あり)、殺虫剤のパラチオンとテトラクロルビンホスがグループ2B 「possibly carcinogenic to humans(人に発がん性がある可能性あり)」です。Lancet oncologyという学術誌でもニュースとして報告されました。

 とくにグリホサートは、モンサント社のラウンドアップの成分名であり、世界でもっとも多く使われている除草剤。そして、遺伝子組換え技術を用いた除草剤耐性作物とセットで用いられています。そのため、欧米で大騒ぎとなっており、日本でも、時事通信、テレビ朝日等が報道しました。これから、ほかのマスメディアやネットメディアにも広がるでしょう。

 えっ、これらの農薬でがんになるの? いえ、IARCの分類や発表の意味はかなり異なります。それに、科学者の間で、IARCに対して猛批判が巻き起こっています。ところが、科学的な意味が誤解されて欧米でも報じられているのです。

 日本ではこうした場合、メディアがIARCの発表文や論文ではなく、欧米の派手なわかりやすい報道を基にして伝えることが多いので、伝言ゲームのように間違いが増幅されてしまいます。さらに、周辺情報が割愛されてしまうので、ほとんどデマに近いものになってしまったりします。
 それはよくないことなので、極力わかりやすくIARCの発表と周辺情報を解説しましょう。

 IARCは、世界保健機関(WHO)の下部機関で、化学物質や食品、ウイルス等の人への発がん性について研究し分類して発表しています。分類は、発がん性が強いかどうか、ではなく、発がん性を示す根拠が確実にあるかどうかという“証拠の重み”で分けています。グループ1が「carcinogenic to humans(発がん性がある)」、グループ2Aが「probably carcinogenic to humans(おそらく、人に発がん性あり)、グループ2B 「possibly carcinogenic to humans(人に発がん性がある可能性あり)」、グループ3「not classifiable as to carcinogenicity in humans(人への発がん性については分類できない)」、グループ4: 「probably not carcinogenic to humans(おそらく、人への発がん性はない)」です。グループ1だから発がん性が強い、続いてグループ2、というわけではないのです。

 今回、グリホサートとマラチオン、ダイアジノンが、「おそらく発がん性あり」となりました。三つとも、日本でも使われている農薬です。農家もですが、家庭用の需要がかなり多く、どれもホームセンターでも売られています。

 たとえば、グリホサートについてIARCは、「人の非ホジキンリンパ腫に対して限られた根拠があり、さらに動物実験では発がん性の明白な根拠がある」として、論文を挙げています。

 ただし、人での調査は「ケースコントロールスタディ」と呼ばれるもの。このあたりから話がややこしくなってしまうのですが、ケースコントロールスタディというのは、非ホジキンリンパ腫と診断された人たちに対して仕事や生活習慣等を尋ね、この病気にかかっていない集団の同じ質問票に対する答えと比較して、なにか違いはないか、と探る手法です。

論文を読むと、グリホサートを年間に何日使用したか、というような質問をしています。農業に従事し使用している人であれば当然、暴露量(体に取り込む量)が多いわけです。それにより、「グリホサートへの暴露量が多い人の方が、非ホジキンリンパ腫になりやすい」という結果を示しています。
 
 ただし、ここでわかるのは相関関係。「グリホサートが非ホジキンリンパ腫を引き起こしている」という因果関係までは、このタイプの研究では証明できません。偶然に多いだけかもしれませんし、別の要因がグリホサートの使用量を多くし、なおかつ非ホジキンリンパ腫も招いている可能性も捨てきれません。

 それに、ケースコントロールスタディは、質問して記憶を頼りに答えてもらうので、回答が事実と異なる場合も往々にしてあります。ですので、この手法は最近では、質の高いエビデンス(根拠)としては扱われません。

 また、米国で行われている非常に大規模な農業健康研究では、グリホサート使用と非ホジキンリンパ腫増加との関連は見つかっていません。この研究は、農業者とその配偶者計8万9000人を対象に、どのような農薬を使っているかやライフスタイルなどを調査し、5年後、10年後にどんな病気にかかったか調べているもので、記憶によるバイアスがなく、ケースコントロールスタディよりははるかに質が高い調査とみなされています。ここでは、グリホサートの発がん性は今のところ、ないとされているのです。

 しかし、IARCは、動物実験で明白に発がん性が示されているのと、人の細胞を用いた実験で発がん性が示唆されるものも合わせて根拠とし、グリホサートをグループ2Aに分類しました。

 マラチオン、ダイアジノンもだいたい、グリホサートと同様で、動物試験では発がんが明白ですが、「人にがんを引き起こす」という決め手はありません。その点については、IARCも発表文書できちんと説明しています。

 もう一つ、IARCの分類を考えるうえで重要なポイントは、IARCはグループ1やグループ2Aだからといって、リスクが大きいと言っている訳ではない、ということです。このへんになるとさらに難しい話なのですが、説明を進めましょう。

 どんな化学物質やウイルス等であっても、暴露量の大小によって、体への影響、すなわちリスクは大きく変わります。当然、暴露量が多いと影響は大きく、少ないと影響も小さくなります。
 遺伝子傷害性(遺伝毒性と通常呼ばれます)を持たないタイプの発がん物質は、「大量に与えるとがんになるけれど、微量であればがんは起きない」という性質を持ちます。このような物質は、実際に摂取する時に量をコントロールし、毒性が検出できないレベルの摂取に留めることで、リスクを管理します。

 ところが、IARCは、動物に大量に与える試験で発がん性が見られたもの等も根拠にして分類を決めます。したがって、IARCの分類を基にリスクの大きさを把握し対策を講じる、ということはできないのです。
 たとえば、IARCは、アルコール飲料をグループ1のつまりは「根拠ばっちり!発がん物質」に分類しています。だからといって、WHOはアルコール飲料を禁止しているわけではなく、現実に、私たちは量をコントロールし、アルコール飲料を飲んでいます(多く飲んで、肝臓がんになってしまう人もいますが)。

 IARCは、これらの農薬について「おそらく発がん性あり」としました。グリホサートについてはさらに踏み込んで、「遺伝毒性あり」とみなしているのかもしれません。遺伝毒性ありの場合には無毒性量はなく、どんなに微量でもリスクはある、ということになります。
 しかし、同じWHOの機関であり、リスク管理のために暴露量も検討し一日摂取許容量(ADI)設定などを行っているFAO/WHO合同残留農薬専門家会議(JMPR)は、これらの農薬を「遺伝子を傷害することはなく、発がん性もない」とし、量をコントロールして用いることを認めています。同じWHOの中でも、見解は分かれています。

 また各国の機関も論文等を評価し、暴露量と発がん性の関係も精査のうえで今のところ、「発がん性がない」としています。量をコントロールしながら使うために、JMPRのADIも参考にしながらADIを決定し、残留基準値を決めて、農薬としての使用を認めているのです。

 IARCの今回の発表は、これら規制機関のこれまでの見解と著しく異なることから、科学者の間でも批判がわき起こっています。とくに、ドイツ連邦リスク評価研究所(BfR)はグリホサートの分類について、すぐに批判の声明を出しました。これは、極めて異例のことです。
 私はドイツ語は不得手なので、英語に翻訳されたものを読みましたが、IARCの分類の根拠は貧しくわずかな研究を基に判断してしまっている、と文面から怒りがにじみ出ています。

 ほかにも、英国の市民団体であるScience media centreは、科学者の批判的な意見を複数、掲載しています。

 モンサント社も即座に反論の声明を出しました。非常に強い表現で、IARCの根拠が希薄であることを訴えています(米モンサント日本モンサントは日本語で説明し、各国の規制機関や科学者組織等による抗議のページにリンクしている)。

 一方、遺伝子組換えや農薬の反対派は、好機とみているようで、著名な料理研究家のMark Bittmanが、New York Timesに「私たちはモルモットか」と寄稿し、グリホサートの市場追放を訴えています。こんな情報も、これから続々出てくることでしょう。

 要するに、IARCの今回の分類は賛否両論。しかし、WHOのほかの機関の評価とも大きな矛盾がある、という事実は押さえておいた方がいい。これだけで「市場追放だ」と息巻くのは、科学的にはちょっと恥ずかしい行動だと思います。
 今後、各国の規制機関はより厳密にリスクについての評価を行うことになるでしょう。それらをしっかりとチェックして行くべきではないでしょうか。

 日本語では、国立医薬品食品総合研究所の畝山智香子さんの食品安全情報blogが、IARCの発表文や科学者の反応等を、細かく翻訳して紹介されていますので、こちらも必読です。

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