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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

ネオニコ批判一辺倒では、生物多様性は守れない〜国環研シンポジウム報告

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2015年8月20日

 ミツバチへの影響が世界的に懸念されているネオニコチノイド系農薬(殺虫剤)にかんするシンポジウム「ネオニコチノイド系農薬と生物多様性~何がどこまで分かっているか? 今後の課題は何か?」が7月15日、国立環境研究所(国環研)の主催で開かれました。マスメディアやSNS等で語られる情報の間違いを踏まえ、現在の科学でわかっていることをきちんと市民に伝えようという内容で、私にとっては非常に有意義なシンポジウムでした。

ミツバチの「栄養不足」は深刻

 まず、永井孝志・農業環境技術研究所主任研究員が、EUの状況を説明しました。EUはミツバチへの影響を理由に、2013年12月から2年間の予定で、ネオニコチノイド系農薬のうち3種類について、一部の使い方を禁じています。永井研究員は、ミツバチに対する有害性を示した研究結果はわずかしかなく、2年間でデータ収集することになっていること、しかも規制の根拠となった試験の解釈も、極端に安全側にたったものであったこと、ネオニコチノイド系農薬の代わりに使う殺虫剤のリスク評価をせずに、EUは2年間の禁止措置に踏み切ったことなどを解説してくれました。

 結局、禁止措置がミツバチのリスク低減に本当につながっているのかどうかわからないにもかかわらず、「予防原則」が実行され、しかもその規制が、市民団体などの「ネオニコチノイド系農薬は危険だ」という主張の根拠ともなっているのです。永井研究員は、相関関係と因果関係の混同なども解説し、感覚的、直感的な判断の危うさを指摘しました。

 次に、ミツバチの専門家である中村純・玉川大教授が、ミツバチ、ハナバチの現状を世界の豊富な論文報告等を基に語ってくださいました。ミツバチが家畜であり、数は世界的には減少しておらず、蜂群崩壊症候群(CCD、働きバチのほとんどが女王バチや幼虫などを残して突然いなくなり、蜂群を維持できなくなる現象)は今のところ、米国とスイスでしか確認されていないことなどが語られました。

 日本でも海外でも、花粉や花蜜などミツバチ、ハナバチの「栄養不足」は深刻です。それに加えて、細菌やウイルスなどによる病気、ダニなど複数の要因によりミツバチが不健康になり、農薬によっても不調が加速されてしまう、というのが、科学者の見方の大勢だということです。

 EUのネオニコチノイド系農薬の使用規制により、英国などではナタネの害虫被害が大きくなっており、ミツバチがナタネから得られる花粉量が減り、ネオニコチノイド系農薬に代わる殺虫剤の高頻度散布で大きな影響を受ける、という明らかに矛盾した現象も、ウェブサイトなどで報告されているそうです。(筆者注:英国では7月22日、ナタネ栽培が大きな打撃を受けているとして、ネオニコチノイド系農薬の暫定的な使用を再開することが、明らかとなりました。白井洋一さんのコラムで解説されています)。中村教授は、国内でも「お花畑」という資源の創成をしなければ、と提唱されました。

水田での水生昆虫への影響は……

 これに対して五箇公一・国環研生物・生態系環境研究センター主席研究員は、国内の水生生物へのネオニコチノイド系農薬の影響研究の成果を紹介しました。水田メソコスムという、実験用のミニ水田で農薬処理区と無処理区を設置し比較する試験の結果、ネオニコチノイド系農薬の一つ、イミダクロプリドの施用が動物プランクトンに大きく影響し、それがさまざまな生物に波及する「ドミノ倒し効果」をもたらして、水のpHを変え雑草までも生えにくくなる、という現象にまで至っていることがわかってきました。

 水田の生態系へのこんなに大きな影響は、1992年のイミダクロプリドの農薬登録時には、予想されなかったことでしょう。日本では、農薬の水生生物への影響評価は、OECDのテストガイドラインに基づき急性毒性試験を藻類、ミジンコ、魚類の3種で行うことになっています。試験で急性影響濃度を調べ、環境中予測濃度がそれを下回れば、農薬として登録されるのです。実際に、イミダクロプリドは、この条件をクリアし農薬登録されています。

 ところが、OECDのテストガイドラインは、日本には生息していないオオミジンコの使用を推奨しています。日本にいる複数の種で試験してみると、イミダクロプリドへの反応は種によってさまざま。ところが、オオミジンコで試験しているかぎり、こうした種差、感受性の高い種もいることが、農薬登録ではまったく考慮されません。

 さらに、テストガイドラインでは、飼育容器中の水に農薬を溶かし込んで水生生物への影響を調べることになっています。しかし、実際の水田では農薬は水に溶けるとともに土壌にも吸着し、そのまま翌年まで残留する分もあります。
 つまり、規制のグローバリゼーションに伴って決まって来た現状の水生生物試験では、日本の生物多様性への影響を評価できていない可能性が高いことがわかってきたのです。

 この話は、ネオニコチノイド系農薬の問題にとどまらず、ほかのタイプの農薬も「生物多様性への影響をきちんと評価できないまま、登録され使われているのかも」ということにつながります。実際に、研究グループは、水田メソコスムでフィプロニルというフェニルピラゾール系殺虫剤も、イミダクロプリドと並べて試験をした結果、フィプロニルについても生物への影響が大きいことがわかってきました。

 二つの農薬共に、複数年にわたって使用するとさまざまな生物群集への影響がみられ、とりわけ水生昆虫類のダメージが大きいことがわかってきています。
 二つの農薬を比べると、フィプロニルの方が土壌吸着性が高く、土壌中を主な生息場所とする水生昆虫類への影響が大きく、群集構造の回復は難しいようです。一方、動物プランクトンやイトミミズ類などの底生生物の数は、一時的に影響を受けてもまた戻ります。

 国環研での研究成果は、論文として学術誌に公表されています。日本語で読める日本農薬学会誌の論文「水田メソコスムによる生物群集に及ぼす殺虫剤の影響に関する研究」(もともと国環研に所属し、現在は近畿大学の早坂大亮氏による)と、「イミダクロプリドおよびフィプロニルを有効成分とする育苗箱施用殺虫剤の連続施用がトンボ類幼虫の群衆に及ぼす生態影響」が、一般の人たちにもわかりやすいと思います。

 ただし、水田メソコスム試験にも批判があります。私自身、農薬メーカーの方に、「結局はミニ生態系に過ぎない。実際の水田は、もっと柔軟であり強靭である」という趣旨の意見を聞いたことがあります。
 そこで、実際の水田での試験も行われています。シンポジウムでは、日鷹一雅・愛媛大学教授が話されました。これらの農薬が、農多様性(agrodiversity)にどう作用しているのかを把握しようとしています。

 イミダクロプリドにしてもフィプロニルにしても、イネの苗を田植えする前、育苗箱に入っている段階で使うのが一般的です。浸透移行性という、作物の根や葉から成分が吸収されて作物の体内を移行し、葉を食べた虫が死ぬという作用を持ち、効き目が長く続きます。農家にとって、農薬散布の重労働を減らしてくれる使い勝手のよい農薬。そのため、一気に普及が進みました。その現実を踏まえ、農家にも協力を仰いで試験は行われています。まだ進行中とのことで、はっきりとした結論、仮説は示されませんでしたが、試験設計の難しさ、苦労は、日鷹教授の話でよくわかりました。

日本での研究費、研究者不足浮き彫りに

 4人の講演者に共通していたのは、一部のメディアやSNS等によるネオニコチノイド系農薬批判一辺倒の風潮は、ミツバチや生物多様性を守ることにはつながらない、という見方です。ネオニコ系農薬を規制した時の代替農薬や、さまざまな波及影響も含めたトータルのリスクとベネフィットの評価が必要です。

 ネオニコのイミダクロプリドを批判して、ならばフィプロニル、となってはまずいことは、国環研の結果でわかっています。だからといって、イミダクロプリドとフィプロニルを禁止すればいい、というわけではない。なぜならば、それに代わる農薬の影響が、イミダクロプリドやフィプロニルより小さいかどうか、まだ不明です。

 シンポジウムでは具体的には議論されませんでしたが、これらの農薬が禁止となると、農業現場では有機リン系農薬に回帰せざるを得ないだろうと思います。有機リン系農薬よりも、イミダクロプリドやフィプロニルの方が人にやさしいのは確実です。

 それに、高齢化が進む日本では、農家に重労働を強いない農薬の価値は大きいのです。こうしたベネフィットを無視して、箱施用は有害だとか、浸透移行性がダメなんだ、というような単純な論を組み立ててはいけません。総合的に判断し、国内生産を失わないための農薬の使い方、代替技術の確立を目指す必要があります。

 農家の高齢化が進む中での農薬の重要性をシンポジウムでもっとも強く強調したのは、イミダクロプリドやフィプロニルの試験結果を示し、ネオニコチノイド系農薬に厳しい視線を向けた五箇研究員、その人でした。会場に来ていたネオニコ反対派の人たちは、さぞや困ったことでしょう。この事実が、農薬と生物多様性を巡る問題の対処の難しさを浮き彫りにしています。

 しかし、日本で科学的な規制を行うための生物多様性研究は、圧倒的に足りません。最近、水田でトンボ(アキアカネ)が減っている、と言われており、そうした調査報告もあるのですが、そもそも昔のトンボの観察数が確かか、というとその根拠もない。あやふやながら、トンボの数が漸減しているという結果が出て来ていますが、フィプロニルの使用やイミダクロプリドの使用と相関関係あり、というだけで、因果関係の証明はなされていません。これでは、新聞や一部の評論家等は騒いでも、規制の根拠とはなり得ません。

 米国やEUに比べても、研究費や研究者の不足は明らかです。五箇研究員らのグループは、水田メソコスム試験の対象農薬を増やすなどして、新しいリスク評価系を作るべく研究を進めており、日鷹教授もフィールドで奮闘しておられますが、行うべき研究はほかに山ほどあります。そのことを、4人の科学者もシンポジウムでも異口同音に述べていました。
 どの科学者も、「ミツバチ激減はネオニコのせいだ」などとは、一言も言いませんでした。新聞やテレビなどで声高に主張する科学者とは違います。事態はもっとうんと複雑なのです。

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