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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

山崎製パン カビさせないもう一つの技術

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2015年9月25日

 山崎製パン(株)はもう、臭素酸カリウムを使っていない。このことを私は、本欄でも書いたし、雑誌の連載記事などでも書いている。しかし、相変わらず間違った情報が多い。最近ではこれ、である。すかさず、産経新聞の平沢裕子記者が『山崎製パン「添加物バッシング」の真相は? カビにくいのは「無菌製造だから」臭素酸カリウムは残留ゼロ&現在使用せず』という記事を出していた。

 記事にもあるとおり、山崎製パンは臭素酸カリウムを2014年2月から使用していない。私は、記事にも登場する山崎製パン中央研究所の山田雄司所長に思い切って尋ねたことがある。同社がプレスリリースを出し、ウェブサイトでもしっかりと説明すれば、いくらなんでもネットでのデマ情報の流布は止まるのではないか? 

 ところが、山田所長はこう答えた。「安全に管理できると考えていたから臭素酸カリウムを使っていたのです。それを別の方法に変えただけですから」。それ以上は、なにも言わない。
 要するに、こういうことだろう。わざわざ「この添加物を使わないようにしました」と公表する、ということは、同社が臭素酸カリウムをネガティブに思っていて、使わないですむように努力した、とも受け止められかねない。その誤解は防がなければならない。
 国産小麦をおいしくパンにするために、胸を張って信念を持って臭素酸カリウムを使ったし、ほかの技術、今回の場合は酵素を駆使する方法を確立できたので、同じように胸を張って採用した、というだけなのだ。ちなみに、国産小麦の使用量は臭素酸カリウムを使わずとも、順調に増やしているのだという。

 ○○不使用とか、天然△△使用というような、消費者にアピールする表示や宣伝は避けるのが社風。「能書きは要らない。安全な原材料と製法で、おいしいパンを作っていれば、消費者はついてきてくれる」ということらしい。実際、同社は成長し続け、現在は日本で使われるパン用小麦粉の約4割を、同社が扱っている。「一番品質のよい小麦は、山崎製パンがかっさらって行く」というのは、業界でしばしば聞く話だ。

 臭素酸カリウムの話の面白さ(山崎製パンの関係者にとっては、面白いどころではないのだが)は、まったく関係のない「カビが生えにくい」理由に祭り上げられ荒唐無稽であるが故にもっともらしい説となった、というところにある。それはともかく、山崎製パンのパンにカビが生えにくいのはまず第一に、工場の衛生管理のレベルが高く、焼き上がった後の冷却、包装が自動化されて、微生物に汚染されにくいからだ。私が取材した横浜第二工場は39年前にできた古い工場で、床の一部は木のフローリングでびっくりしたが、でも掃除が行き届き清潔に使われていることがよくわかった。
 若者に人気の「ランチパック」は、自動化が推し進められ、食パンをスライスして具材を乗せはさみ、耳を切り落として包装するまでに1分40秒しかかからない。細かな技術革新の積み重ねが、微生物の汚染を防いでいる。

 さらに、工場取材の中で、山崎製パンのパンが、家庭や街場のパン屋さんの手作りパンに比べてカビにくい理由が、もう一つあることを教えてもらった。製パン法が異なるのだ。このことは業界では常識なのだが、消費者はほとんど知らない。

 そもそもパンができあがるメカニズムが、消費者にあまり知られていない。小麦粉に水を入れてこねることで、グルテンというタンパク質を作る。小麦粉は生なので酵素は活性を持っており、こねているうちに酵素の働きででんぷんが糖類に変わる。さらに、酵母が糖類を代謝してアルコールや有機酸、二酸化炭素を作り出し、生地はグルテンを骨格にして膨らむ。それを焼くことで、パンになる。

 この原理を基に、家庭や小規模なパン店は通常、「ストレート法」という製パン法をとる。最初にすべての材料を混ぜてしまうのだ。一方、山崎製パンの方法は、中種(なかだね)法だ。最初の4時間の一次発酵の段階で使う粉は全体の約7割。この中種に残りの小麦粉やバター等を入れてさらに大きなミキサーで混ぜる「本捏」(ほんごね)を行い、二次発酵に進む。2段階にわたって粉を合わせる中種法により、発酵が十分に進み有機酸、アルコールの発生量も多くなる。焼いた後にわずかに残るこれらの物質がカビの繁殖を防止することにもつながり、カビが生えにくくなるのだという。

 中種法は時間と手間がかかる。だが、きめ細かくボリュームのあるパンとなり、ぱさついて固くなる「老化」のスピードも遅くなる。こうしたメリットがあるため、大手製パン企業ではこれが主製法となっている。一方、ストレート法は、製造時間が短く手間も減るので家庭や小型店に合っており、なおかつ小麦の風味や弾力がありもっちりしたパンが焼ける。その分、老化が早くカビやすい、という欠点にもつながる、というわけだ。

 パン作りは、精緻な生物科学の積み重ね。製法の違い、粉の種類や酵素の活かし方やパン酵母の働かせ方など、生き物の力を駆使しわずかな違いを積み重ねて、それぞれのパンの特徴や日持ちの違いにもつなげてゆく。そして、大小のベーカリーの中でも山崎製パンが最高級の技術を持っている、というのが、業界の衆目の一致するところだ。

 パンの科学をもう少し詳しく知りたい方には、日本パン技術研究所所長の井上好文さんが書かれた「食品知識ミニブックスシリーズ パン入門」(日本食糧新聞社)をおすすめしたい。手軽な本だけれど、「添加物を入れればふわふわ。カビも生えない」というような簡単なものではないことがわかるはずだ。

 山崎製パンの工場を取材した時に、僭越ながら社員の方々に「もっと上手に技術情報を消費者にわかりやすい形で発信したらいいのに」と申し上げた。大企業なのに職人気質の社員がずらり、という印象だったのだ。すぐれた職人技は、消費者を引き付けるはずだ。
 訪れた横浜第二工場では約1300人が従事しているのだが、その6割強が正社員。この割合は、食品工場としては破格に多い数字と言えるだろう。かなめの「食パン課」は、製造に携わっている全員が正社員という話だった。どの工場でも同様なのだという。安定した雇用で、科学に裏打ちされた優秀なパン職人を育て上げている。私たちの食は、こうした企業の中の職人の方々にも支えられている。そのことを忘れたくない。誹謗中傷をしてはいけない。

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