ホーム >  専門家コラム > めんどな話になりますが… > 記事

めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

鉄の含有量が激減したひじき。発がん性問題は…

  • シェア
  • Check
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Share
2016年1月8日

 ひじきは、給食メニューを作る管理栄養士にとって、力強いお助け食品でした。摂りにくい鉄分が豊富だったからです。
 食事摂取基準2015年版では、鉄の推定平均必要量は、8〜9歳の男女では1日に6.0mg、12〜14歳では男性8.5mg、女性(月経あり)10.0mg、18〜29歳で男性6.0mg、女性(月経あり)8.5mgなどとなっています。ところが、鉄を摂るのは楽ではない。日本食品標準成分表2010によれば、にわとり肝臓(生)で100g中に含まれる鉄が9.0mg、牛肝臓 (生)4.0mg、国産牛ヒレ2.2mg、豚(大型種肉)ヒレ1.1mg。魚介類では、あさり缶詰水煮37.8mg、しじみ5.3mg。野菜は、こまつな葉(生)2.8mg、ほうれんそう葉(生)2.0mgなどです。

 つまり、鉄の摂取を十分に満たすメニューを作るのが難しいのです。そこに燦然と輝くほしひじき、100g中鉄分55.0mg。だから、学校給食などにひじきはしばしば登場し、雑誌でも「天然サプリ」などともてはやされてきました。

 そして、これがひじきの発がん性について、管理栄養士さんたちがあまり関心を向けてこなかった理由だと、私は思っています。ひじきには無機ヒ素が多く含まれ、無機ヒ素に発がん性があることはほぼ確実です。英国は2004年にひじきを食べないように国民に注意喚起を出し、日本の農水省もかなり詳細な説明をウェブサイトで行っています。私も、雑誌で何度も書きましたが、管理栄養士さんの反応はさっぱりでした。

 人の認知システムにはいろいろとバイアスがあって、都合のいい情報だけを集めてそれで判断してしまうことを心理学で「確証バイアス」というそうです。ひじきはとてもいい食品と言われ続けてきたので、それを否定する情報は受け容れ難かったのではないか。典型的な確証バイアスが、管理栄養士さんや、天然サプリなどともてはやしてきた料理研究家、雑誌編集者などの間で起きていたように思えてなりません。

 ところが、昨年末、文部科学省が発表した日本食品標準成分表の改訂(2015年版)により、衝撃的な事実が明らかになりました。ひじき自体には鉄は多くはなかったのです。鉄釜で加工していたのでその鉄がひじきに移っていました。改訂された成分表を見ると、ステンレス釜加工による乾ひじきは100gあたり鉄は6.2mgしか含まれません。鉄釜加工だと58.2mgです。
 これを見て「苦労して作ったメニューだったのに、鉄が足りなかったかも」と青くなった管理栄養士さんもいるかもしれません。ちなみに、肉や野菜等の鉄分含有量は2010年版と大きな違いはありません。

 以上のようなことから、今後はひじきの見直しが進み、無機ヒ素の発がん性もきちんと注目されるようになると思います。
 
 無機ヒ素は自然界にごく普通にあり、水に溶けやすい性質を持っています。インドやバングラデシュなどの一部地域では、井戸水に高濃度に溶け込んでいて、肺がんや皮膚がんが多いことが、以前から報告されていました。さらに、水に浸かった条件で育つ水稲は無機ヒ素を吸収しやすく、お米にも比較的多く含まれることがわかってきました。そして、どういうわけかひじきにも多いのです。

 ちなみに、ほかの海藻、わかめや昆布等には、無機ヒ素はほとんど含まれていません。国立がん研究センターがまとめた論文によれば、日本人の無機ヒ素摂取において、寄与率が高いのはひじきで50%、次に米類が35%。残りをほかの海藻や魚介類、野菜、果物等が占めています。

 無機ヒ素については、日本の食品安全委員会が安全性について評価し、2013年に公表しました。人での発がんメカニズムははっきりしないものの、細胞やマウスを用いた実験で、無機ヒ素がDNAの損傷と修復のメカニズムの変化を招き、がんリスクにつながっている可能性があることが書かれています。

 ただし、リスクの大きさは、発がん性の強さと共に摂取量の大小にも左右されます。無機ヒ素摂取をゼロにはできませんが、大量に食べなければリスクは小さくなります。

 食品安全委員会はQ&Aで「日本において、食品を通じて摂取したヒ素による明らかな健康影響は認められておらず、ヒ素について食品からの摂取の現状に問題があるとは考えていませんが、一部の集団で無機ヒ素の摂取量が多い可能性があることから、特定の食品に偏らず、バランスの良い食生活を心がけることが重要です」と書いています。

 相当に慎重な書きぶりです。私なりに日本人の摂取量データや、そのほかの論文等も参照しながら意訳すると、「米をたくさん食べる人、それにひじきを『健康に良い』などと信じて毎日食べたり、健康食品として摂取したりしている人の中には、がんを懸念される量食べている人がいますよ」ということです。

 また、国立がん研究センターのJPHCスタディで、日本人約9万人を対象とした調査が行われ、食事からのヒ素摂取量とがん罹患についても調べられています。喫煙男性で無機ヒ素摂取量が多い人は肺がんリスクが高いという結果になりましたが、たしかなことはわかりません。

 では、ひじきには実際にどの程度、無機ヒ素が含まれているのか。農水省が含有量を調べており、市販されている乾燥ひじき299点でもっとも多いものは1gあたり130μg、少ないもので4.5μg。平均値は67μgでした。
 でも、ひじきは普通は水戻しをして食べます。水戻しひじき71点も農水省は調べていて、最高値は1gあたり無機ヒ素17μg。中には検出されないものもあり、平均値は3.6μgでした。無機ヒ素はとても水に溶けやすいので、水戻しによって無機ヒ素を除去できるのです。

 ただ、水戻しひじきであっても、無機ヒ素含量はほかの食品に比べればやっぱり高め。小鉢で水戻しひじき10gを食べると、平均して36μg、高いもので170μgの無機ヒ素摂取となります。食品安全委員会の評価書では、がんを懸念されるかされないか、というくらいの数値(正確には、BMDLとして推定される数値)は体重1kgあたり数μg程度です。JECFA(FAO/WHO合同食品添加物専門家会議)は、肺がんのBMDL0.5を1日体重1kgあたり3.0μgと算出しています。体重50kgの人であれば、1日の無機ヒ素摂取150〜数百μg程度が、危ぶまれる量と言えるでしょう。

 ひじき小鉢1皿であれば、この数値には届かないかもしれませんが、毎日ひじきを食べ米飯もたくさん、という人であれば、近い量、あるいは超える量を摂っていることになります。
 だから、バランスのよい食事を心掛け、調理にも気を配り、無機ヒ素摂取量は意識して減らした方がいい、というのが、おおかたの専門家の判断です。

 農水省は「ヒジキに含まれるヒ素の低減に向けた取組」というページをわざわざ設けていて、昨年秋には「より安全に食べるために家庭でできるヒジキの調理法」というリーフレットも公開しました。乾燥ひじきを30分水戻しし、その水を捨てた後、お湯に入れてゆで、お湯からあげて水洗いする、というゆでこぼしが、無機ヒ素除去によいようです。9割程度減らすことができるとしています。

 ひじきは、鉄分は多いとは言えなくなりましたが、食物繊維やカルシウムなどはある程度は豊富です。第一、あの味が好きな人も多いですね。「ひじきは、英国と同じように禁止だ!」と息巻くひともいますが、そんな必要はないでしょう。
 個人的には、学校給食での多用はやめるべきだと考えます。家庭で常備菜にして、子どもや妊婦が毎日食べる、というようなこともしない方がいい。でも、食べるという行為は、安全や栄養だけでなく、文化としても大事な側面を持っています。バランスのよい食事の中で、時々味を楽しむのがよいのでは。
 
 ひじきの生産者の中には、無機ヒ素問題に以前から注目して低減に努めてきた企業もあります。食品成分表の改定を契機に、さらに努力して製造・加工の改善が行われ、無機ヒ素がとても少ないひじきがじきに開発されるのでは、と私は期待しています。
 
参考資料:
文部科学省・日本食品標準成分表・資源に関する取組
食品安全委員会・食品中のヒ素評価書
食品安全委員会・「食の安全ダイヤル」に寄せられた質問等について
Oguri T, Yoshinaga J, Tao H, Nakazato T. (2012) Daily intake of inorganic arsenic and some organic arsenic species of Japanese subjects, Food Chem Toxicol. 50: 2663-2667.
JPHCスタディ・食事からのヒ素摂取量とがん罹患との関連について
農水省・食品中のヒ素に関する情報
農水省・ヒジキに含まれるヒ素の低減に向けた取組

⇒ めんどな話になりますが…記事一覧へ

専門家コラム一覧

FoodScience 過去記事

以前、他のサイトで掲載されていた記事をこちらより選択してご覧いただけます。
FOOCOM.NET 会員募集 科学的根拠に基づく食情報を消費者に提供するために、ご協力ください。

お知らせ

FOOCOM会員、執筆者がかかわる催し、講演(10/17)
<FOOCOM事務局よりのお願い> 「FOOCOM.NET」にアクセスいただきありがとうございます。私たちは201…【全文を読む】
FOOCOM お役立ちリンク集