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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

マッシュルームで動き出す、ゲノム編集作物

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2016年4月22日

米農務省(USDA)が、CRISPR/Cas9というゲノム編集技術により開発された褐色になりにくい白色マッシュルームについて4月13日、規制対象ではないとする回答を開発者のペンシルベニア州立大教授に送りました。

 作物の育種(品種改良)におけるゲノム編集は、育種の過程で遺伝子組換え技術を利用しますが、最終的に商品化される作物においては組換えに用いた外来遺伝子はなくなっています。いくつかの方法がありますが、中でもCRISPR/Cas9はゲノムの「ここ」と決めたところを、効率よく低コストで編集できるため、一気に普及しています。

 ゲノム編集技術に対して、遺伝子組換えと同じような厳しい規制をかけるのか、必要ないとみなすのか、あるいは別の考え方で対応するのか、各国で議論されています。米国は現時点では、ケースバイケースで評価しています。マッシュルームはすぐに商用化されるものではなく、日本の消費者にはまだまったく無縁ですが、日本も今後、こうしたゲノム編集による作物への対応を迫られます。実は、国の省庁では議論され情報も出されているのですが(たとえば、農水省の新たな育種技術研究会など)、市民がまだほとんど知らないのです。マッシュルームについてUSDAが見解を示しても、日本のメディアはまったく伝えない、という残念な状況。そこで、マッシュルームの概要をご紹介しましょう。

 白いマッシュルームは、時間がたつと茶色くなってしまいます。それに、手荒に扱うとそこから茶色くなり外見が食用に適さなくなるのが大きな問題です。そこで、CRISPR/Cas9により、褐色化につながる酵素の遺伝子をノックアウトし、酵素の活性を30%抑えました。その結果、茶色になりにくいマッシュルームができました。

 ペンシルベニア州立大のニュースによれば、マッシュルームの棚持ちがよくなり廃棄量を減らせると共に、収穫の機械化が可能になるそうです。

 開発した教授は昨年10月、USDA の動植物検疫局(APHIS)に、このマッシュルームを遺伝子組換え作物の規制対象外としてほしい、と請願しました。APHISは、遺伝子組換え作物については、州間の移動や輸入、環境影響等、植物病害のリスクがある場合には審査を行っています。そして、APHISは、教授の請願を認めたのです。
 
 理由としてマッシュルームに外来の遺伝子がないことを挙げています。遺伝子組換えは、微生物等の遺伝子を導入しますが、このマッシュルームはcas9という酵素でDNAを切ったりすることで遺伝子を変えています。したがって、新たな植物病害リスクを持つことは考えられない、というのです。

 USDA・APHISの判断は、植物病害という限られたリスクについてのもので、食品としての安全性等は、また別の組織が検討することになります。しかし、CRISPR/Cas9という技術に対するUSDA・APHISの初判断は、作物育種が大きな一歩を踏み出した、というふうに科学メディア等で受け取られています(NATURE newsなど)

 また、全米科学アカデミーは4月18日、ゲノム編集の作物を含む新しいバイオテクノロジー製品についての規制を検討するための委員会の第1回会合を開きました。さらに、DuPont Pioneer社も同日、CRISPR-Casを作出に用いたワキシーコーンハイブリッドを開発中で、5年以内に商品化する予定であることを発表しました(米国デュポン パイオニア社によるプレスリリース、日本支社による暫定訳)。

 ワキシーコーンというのは、アミロペクチンというデンプンを多く含み、加工食品に用いられるほか、糊など食品でない用途が大きい種類のトウモロコシ。こちらも、USDA・APHISに請願し、規制対象外とする回答を得ています。

 新技術にどう対応して行くか。大きなうねりが起き始めています。

 ゲノム編集についてFOOCOM.NETでは、白井洋一さんが連載「農と食の周辺情報」で3月16日、「最近話題のゲノム編集技術 GMO(遺伝子組換え生物)の規制論争も再燃するか」として取り上げてくださっています。
 そこに書かれているとおり、米国型のプロダクト(最終産物)ベースの判断にするか、欧州型のプロセス(途中過程)ベースで検討するか、という論の立て方が、今回のマッシュルームに対する科学者の見解でも目立ちます。USDA・APHISのマッシュルームの判断はまさに、プロダクトベースのもので、明快です。
 
 ただし、これで市民が納得するのかどうか。とくに日本ではどのような印象を持たれるか。白井さんもお書きのとおり、こうした切り分けは、市民の気持ちにもそぐわないように思います。

 私は遺伝子組換えについて市民の意見を聞くことがしばしばありますが、現在の不安は大きく二つだと思います。一つは、遺伝子を人工的にいじって良いのかどうか、という漠然とした不安。そして、もう一つはモンサント社に象徴される巨大企業に日本の食を牛耳られて良いはずがない、という直感的な判断です。とくに前者については、「大昔から自然の遺伝子組換えが行われてきた。外から遺伝子が生物に入ってきた証拠はいくらでもある」と説明しても、「それは自然の摂理だからいい。でも、人が小細工を弄するのはダメ」というのが、多くの人の根強い感情であるように思われます。

 ゲノム編集も、遺伝子組換えと同じように受け止められる可能性が高いのではないか。科学的には外来の遺伝子があるかないかは重要問題ですが、市民にとってはそんなものがあるかどうかではなく、人為的に遺伝子を“いじった”かどうか、が気になるのではないか。

 ゲノム編集、とりわけCRISPR/Cas9システムが極めて安定した技術で数々の利点を持ち、人類に大きな価値をもたらすものであるのもたしかだと考えます。でも、小細工、いじる、という感覚、それに対する不安は、人という存在自体への不信、不安から来るものであり、簡単にぬぐい去れるものではありません。

 そういう市民の心情を思いやり、不信、不安を信頼に変えるには、技術の科学的な精錬度を上げて行くのと同時に、透明性のある議論を重ねて行く必要があります。日本でも今後、ゲノム編集の話題が増えて行きます。FOOCOM.NETでも、積極的に情報を提供して行きます。

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