ホーム >  専門家コラム > めんどな話になりますが… > 記事

めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

放射性物質、検査にかかるコストは?

  • シェア
  • Check
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Share
2016年9月1日

福島第一原子力発電所事故後に行われている食品の放射性セシウム検査について、斎藤勲さんが「検査の終わり方。いつ、だれが、鈴をつけに行くのか?」というコラムを書いてくださった。

検査は、監視を行い流通し食べられる食品から、基準値を超えるものを排除し、リスクの低減を図るという意味合いがある。また、大量のデータにより、濃度推移の傾向を把握し、リスク管理の方策に活かす、という役割もある。

さらに、検査を手厚くするために人々に安心感が生まれ、社会的な安定につながる、という精神的な効果も軽視できない。

リスクの低減の科学と精神的な効果、いわば「安全と安心」確保。その一方で、考えなければいけないのは検査のコストだ。貴重なリソースを割きお金をかけて行うだけの価値が、リスク低減と精神的な効果の両面で得られるのかどうか、その費用対効果も、検討が必要だ。

事故当初からコストの検討は重要で、岡敏弘・福井県立大学教授は、本来出荷により得られたはずなのに規制により失われた金額を基にして、規制における費用便益分析を行っておられる。非常に重要な視点だと思うが、冷静に議論する雰囲気がなかなか産まれなかった。少し発言するだけで猛烈に叩かれていた。だが、もうそんなこともないだろう。お金の問題に目を向けるべきだろう。

実は、検査自体にものすごく費用がかかる。
そう言うと不思議がられる。もう分析機器は買ってあるのだから、それを動かすだけでしょう? 装置を遊ばせておいたらもったいない。ずっと測り続けたら安心でしょう……。

いやいや、そんなことを言っておられないほど、検査には費用がかかる。分析機器で正しく測定するには、さまざまな努力とコストが必要なのだ。今回は、一台の分析機器を動かし正しく測定するには、いったいどれほどの金額がかかるのか、つまりランニングコストを、東都生協(東京都世田谷区)のご協力で考えてみたい。

●ゲルマニウム半導体分析器は、検査・維持に年間1000万円

新谷喜久夫・東都生協安全・品質管理部長

新谷喜久夫・東都生協安全・品質管理部長

詳しく教えてくださったのは、東都生協の新谷喜久夫・安全・品質管理部長。項目ごとにおおまかに見積もっていただいた。東都生協は、1986年のチェルノブイリ原発事故後の88年にゲルマニウム半導体検出器を購入し、放射性セシウム等を測り続けてきた。取り扱う農畜産物は茨城産のものが比較的多いが、1999年のJCO事故の時も、検査結果に基づき冷静に対応し、茨城県の生産者を支えた。

チェルノブイリ事故の記憶も薄れ、多くの生協が直後に購入した分析機器を処分する中で、東都生協は相応の維持管理コストを払って分析し続け、東日本大震災と福島第一原発事故発生時も、野菜や牛乳、原木しいたけなど次々に独自測定し問題がない品目を確認し、スーパーマーケットなどが茨城外し、東北外しをしていた中でも、毅然と取扱いを続けた。そんな生協だ。

放射性物質を測定分析する装置は主に、ゲルマニウム半導体検出器とヨウ化ナトリウムシンチレーション検出器の2種類。公定法では、ゲルマニウム半導体検出器で測定することになっている。
ゲルマニウム半導体検出器の購入費用は、装置自体が1500万円程度。さらに装置の総重量が約2tある。購入した機関は、装置を置く床が抜けないように補強するのが普通で、それらを合わせると、初期費用として2000万円程度はかかる。そのうえに、測定し続けるのにどんな費用が必要なのか?

1.検出器冷却用の液体窒素費用:年間50万円

総重量2トンのゲルマニウム半導体検出器。分厚い遮蔽体の中で測定する

総重量2トンのゲルマニウム半導体検出器。分厚い遮蔽体の中で測定する

一般的な「液体窒素冷却式」では、検出器を測定していない時も液体窒素容器に窒素を充填し続けておかなければならない。本来、測定していない時には窒素で冷却する必要はないのだが、冷却が必要な時に窒素を入れ、必要ないときには空にする、という使い方をしていると、温度差の影響により真空劣化という故障を引き起こし、修理に2〜3週間、修理費用と検出器の調整費用として45万円かかる。そのため、検査をしない時間も液体窒素を補充し続ける必要がある。

2.真空劣化の真空引き(修理)費用:3〜4年に1回、45万円

上記のように液体窒素を入れ続けても、真空容器のパッキン等の劣化により、3~4年に1回真空劣化を起こすため、修理代がかかってしまう。

3.メーカーによる校正費用:100万円

測定を続けていると少しずつ数値がずれて行くため、定期的に日本アイソトープ協会から標準線源を購入し、それを測定してその数値が正しく、測定値として出てくるように検出器を調整する必要がある。これを「校正」と呼ぶ。ゲルマニウム半導体検出器の場合には通常、Cd109、Co57、Cr51、Sr85、Cs137、Y88などγ線9核種が入った標準線源を測定容器に入れて測り、メーカー技術者が調整する。
この標準線源には、Cr51など半減期が短いものも含まれるので、その都度購入しなければならず、使い回しができない。

本来は年1回、この校正を行うべきだが、東都生協は福島原発事故以前は4年に1回、行っていたそうだ。厚労省の登録検査機関でも3年に1回程度の校正が普通だそうで、東都生協も民間組織としては少なかったわけではない。
事故直前の2011年2月に校正し、その後は2012年7月、2014年10月に行っている。次は、17年度のはじめ頃を予定しているという。

4.測定機器(アンプ・マルチチャンネルアナライザー(MCA)の更新費用:400万円

ゲルマニウム半導体検出器は、実際には四つの装置が組み合わされてできている。一般的な価格を示すと、(1)鉛の遮蔽体(400万円)、(2)検出器(液体窒素容器付き)400万円~700万円、(3)測定機器(アンプ・MCA)400万円、(4)パソコン20万円程度を組み合わせている。これらを合わせて、1500万円程度である。
このうち、鉛の遮蔽体は何十年と使われる。だが、測定機器はメーカーが6年おきくらいに新型を出しており、より正確に測定できるため更新した方がよい。東都生協は、1988年に機器一式を購入し、鉛の遮蔽体を除く機器は既に、4~6回更新している。

5.サンプル費用:年間500万円~600万円

フードプロセッサーで、食品を細かくし、専用容器に詰めて測定する

フードプロセッサーで、食品を細かくし、専用容器に詰めて測定する

検査は、公定法にそって行う。原則として、可食部を細かくし、容器に詰めて測定する。容器は一般的に、2リットルか1リットルの大きさ。そのため、かなりの量のサンプルが必要になる。本来売るべきものを測定するわけなので、このサンプル費用がばかにならない。東都生協では週に88検体ほどを検査しているそうだが、500〜600万円かかるという。事故後1年間の検査検体費用を東京電力に請求したが、拒否されたそうだ。

検査に用いた食品はその後、廃棄される

検査に用いた食品はその後、廃棄される

測定に用いた食品は、もう食べられない。気がつきにくいが、検査はせっかくの食べられる食品を失ってしまう行為でもある。もっと少ないサンプル量にしようと、100ミリリットルビーカーで測定するところもある。だが、検出限界値が大幅に上昇するため、東都生協は見送った。高額でかつ、過去に放射性セシウムが検出されていない食品(たとえばうにやいくらなど)は、検査頻度を落とすなどして、極力、効果的で食品のムダを少なくするサンプリングと検査に努めているという。

6.人件費:1日4時間×週5日間で年間100万円

週に88品をサンプリングし細かくする前処理を行って容器に詰めて測定する。結構な労働量になる。そのため、東都生協では、新たにサンプル前処理スタッフを1人配置した。その分の人件費をやはり1年目、東京電力に請求したが、拒否された。

7.空調費用:年間25万円ほど

分析機器は温度変化の影響を受けやすく、誤判定や誤測定につながりやすい。また、検出器の結露なども機器の寿命に影響するため、分析機器のある部屋は24時間365日、常に一定(25℃)に保っている。

8.精度管理費用:年間数万円

既知の標準物質(100ベクレルの乾燥茶葉等)を用いて、適切に測定できているかどうか、外部機関にチェックしてもらっている。正しい測定値を目指すには、こうした費用もかかる。

以上が、ゲルマニウム半導体検出器を1台動かして測定する場合にかかるコストだ。おおまかに言って、年間に少なくとも900〜1000万円程度の費用がかかる計算だ。

ヨウ化ナトリウムシンチレーション検出器。台車が付きで、移動させ機種が増えている

ヨウ化ナトリウムシンチレーション検出器。台車付きで、移動が容易な機種が増えている

スクリーニング用に用いられるヨウ化ナトリウムシンチレーション検出器は、装置の価格が250万円程度。それほどかさばらず、重量も比較的軽いので、こちらを導入しているところも多いだろう。東都生協も、福島原発事故後、2台購入した。
ゲルマニウム半導体検出器のような、液体窒素にかかわる費用は要らない。しかし、サンプル費用や人件費、空調費用等は同様にかかる。それに、ゲルマニウム半導体検出器と大きく異なるのは校正。メーカーによる校正費用は、東都生協が導入している二つの機種で、11万円と21万円。ただし、同生協はこちらの校正については毎年行っている。

東都生協だけでなく、ほかの登録検査機関などにも尋ねてみたが、ほぼ同様のコストがかかっているという話だった。ゲルマニウム半導体検出器のような数千万するような装置は、たいていの場合、年間100〜200万円程度を出してメーカーと保守契約を結んでいる。壊れた時に、「壊れたから、しばらく正しい測定のめどがたちません」とは、現在の状況では言えない。もしもの場合に備えての保険の意味合いが大きいという。正しく測定するには、いろいろなところで費用がかかる。

●鹿児島でも北海道でも牛肉を検査

ヨウ化ナトリウムシンチレーション検出器も、専用容器に試料を詰めて測定する

ヨウ化ナトリウムシンチレーション検出器も、専用容器に試料を詰めて測定する

現状、放射性物質について行われている検査は、原子力災害対策本部が方針を定め食品衛生法に基づき自治体等が行っているモニタリング検査のほか、自治体等が自主的に行っている検査があり、さらに、JAや漁業協同組合、企業や生協等が自主的に行っている検査もある。
全体でどれほどの検査が行われているのか、だれも把握していない

モニタリング検査の結果は厚労省がまとめており、5年間の推移について本欄「5年を経た今、食品から放射性セシウムは検出されていない」 で紹介した。

モニタリング検査だけでなく、官民のどの検査においても、「栽培/飼養管理が困難な品目」を除き、多くの食品が検出限界を下回っているというのが実態だ。

とくに牛肉は事実上の全頭検査になっており、ほぼすべてが検出されず、である。たとえば、厚労省のウェブサイトに載っているモニタリング検査の平成28年7月結果を見て欲しい。牛肉がすさまじい数並び、結果はすべてが数字の横に<がついている。<25、つまり検出限界の25Bq/kg未満という意味だ。

生産者がこれまでと同じように、牛の飼料や敷き藁などの管理を続けてくれれば、この牛肉検査に、リスク低減に役立つ科学的な意味はもうない。
だが、検査の一つ一つが、多額のコストを費やして鹿児島でも北海道でも行われている。

●食中毒など、ほかのリスク対応は?

もし、ゲルマニウム半導体検出器1台の測定・維持にかかる年間1000万円をほかに使えるとするなら? 自治体で食品衛生を担当している課は、飲食店への食中毒防止の指導や監視を相当に強化できるだろう。

食は、さまざまなリスクを抱えている。原発由来の放射性物質のリスクはその一つに過ぎず、しかも現状ではリスクが著しく小さい。放射性物質よりも、微生物による食中毒のリスクの方が圧倒的に大きく、死者が出る年も多い。もっと指導や監視を強めたいが予算が足りない、というのは保健所などの大きな悩みだ。リスクが大きく指導や監視効果が大きいものに、1000万円が費やされるべきではないのか?

ただし、もう一つ、たしかに今後の放射性物質検査には、原発事故を警戒する、という意味合いがある。原発が再稼働した後の汚染監視は? あるいは、海外の原発事故発生時に、すばやく汚染を把握し対策を講じるために、検査を続けるのか?
東都生協の検査には、そんな意味合いもあるのだという。したがって、組合員に説明し、必要性を理解してもらう努力を毎年続けているそうだ。

今後に備え、検査を実施する組織もあっていい。しかし、もっと数を絞って効果的に警戒すべき、という考え方もあるだろう。人それぞれに思いは異なるはずだ。

ただ漫然とこれまでやってきたからという理由で、あるいは、「検出限界未満」をずらりと並べて安心を得るために、これほどの数のモニタリング検査、民間の自主検査を継続するのか。斎藤さんも指摘するように、社会として議論を行うべき時が来ているように思う。

⇒ めんどな話になりますが…記事一覧へ

専門家コラム一覧

FoodScience 過去記事

以前、他のサイトで掲載されていた記事をこちらより選択してご覧いただけます。
FOOCOM.NET 会員募集 科学的根拠に基づく食情報を消費者に提供するために、ご協力ください。

お知らせ

FOOCOM会員、執筆者がかかわる催し、講演(10/17)
<FOOCOM事務局よりのお願い> 「FOOCOM.NET」にアクセスいただきありがとうございます。私たちは201…【全文を読む】
FOOCOM お役立ちリンク集