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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

日本の科学はここまで墜ちた!? 明治のチョコ若返り宣伝に見る “お墨付き”効果

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2017年4月14日

 日経産業新聞が12日、「内閣府チーム、仮説段階の研究を表彰」という記事を出した。内閣府の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の研究チームが、脳の健康に効果のありそうな食べ物や生活習慣などを見つけるためのコンテストを開催しており、仮説でしかない研究を表彰している、と問題提起している。

 私もまったく同感で、海のものとも山のものともわからぬようなレベルの研究を持ち上げてはならない、と思う。内閣府のプログラムとしての是非を考える以前に、これは科学の倫理の話だ。記事中のプログラム・マネージャーのコメントに驚き、日本の科学はここまで墜ちたか、と思った。

 私はマネージャーを直接取材してはいないので、ImPACTという事業の進め方に意見を述べることはしない。ただ、記事中でも取り上げられた(株)明治の高カカオチョコレートの脳活動への影響研究について、1月の記者発表がどう商業的に利用されたのか、そして、そのような発表が国際的に許容されるレベルなのかどうか、改めて考えてみたい。

●試験設計に多くの問題あり

 明治は1月18日、成果を中間報告会で発表し、プレスリリースを出した。こんなタイトルである。

内閣府ImPACT山川プログラムと明治による共同研究
日本初の試み!高カカオチョコレートの継続摂取による
脳の若返り効果の可能性に道筋
〜開かれた科学を通じたチョコレートによる脳の健康効果解明へ〜
1月18日にメディアセミナー実施

 中間報告会は、ImPACTのプログラム・マネージャーのほか、内閣府の参事官や理化学研のセンター長等も参加して行われた。
 私はプレスリリースが出た直後、一読して、「とてつもなく悪質だ!」と思った。
 試験は、45〜68歳の成人男女30人(男性15人、女性15人)に、高カカオチョコレート(カカオ分70%以上のチョコレート)を4週間摂取してもらい、その前後の脳の健康度を「大脳皮質の量」「神経線維の質」という2つの観点から評価している。その結果、大脳皮質の量が増えており、統計的な有意差があった、という。プレスリリースは、「学習機能を高める(脳の若返り)可能性があることを確認しました」と伝えている。

 だがこの結果、まだ論文になっていない。つまり、実験設計等が妥当で、意味のある結果が出ているのか、第三者の評価を受けていない。

 それに、対照群のある試験ではない。継続摂取する前後で、大脳皮質の量を測定し「増えた」としているだけだ。
 こうした人の研究では、確認したいものを食べる群と食べない対照群を設定する試験が通常行われる。そして、被験者が食べたか食べなかったか自覚できないようにし、試験の実施者(観察者)もだれがどちらを食べたか知らないまま判定する「二重盲検」で行う。

 なぜ、このようなややこしいことをするのか? 被験者は自分で「食べた」と思うだけで、心身の状態がよくなる「プラセボ効果」が出てくる。それに、試験の前後で、チョコレートの摂取以外の変化が食生活や運動量等に起きているかもしれない。人はこうした試験に参加するととたんに気分が引き締まり、無意識のうちに生活を改善するのが常。したがって、試験後に大脳皮質の量の増加していたからといって、チョコレートのおかげだ、とは言い切れない。
 だから、チョコレートを食べる群と食べない対照群を設定し、被験者にはどちらかわからないようにして、「食べるか食べないか」以外の条件を同等にする。ここまでやってやっと、「食べることの真の効果」が見えてくる。

 観察者にも知らせないようにするのは、食べたかどうか知っていると判定にバイアスがかかるおそれがあるからだ。機能性を表示できる「特定保健用食品」の審査においても、「機能性表示食品」の届け出基準においても、対照群を置き二重盲検で臨床試験を行って確認するのが必須。今回のカカオの研究は、そのレベルに達していない。

 ちなみに、冒頭に挙げた日経産業新聞で、プログラム・マネージャーは「できるだけ多くの企業に参加してもらうことを優先し、比較対照群をおかなかった」と説明をしている。だが、上記のことをきちんと科学的に理解できていれば、対照群を置かないという選択肢はあり得ない。

 さらに、グラフがひどい。変化が大きく見えるように作ってある。そして、大脳皮質の量、この研究ではGM-BHQという尺度が使われているが、これがどうして脳の健康度の指標になるのか、その量が増えたらなぜ、新しいことを学べる能力が高まると言えるのか、妥当性を示す根拠、論文が示されていない。

 もちろん、予備的試験としてこうした研究をするのは結構だが、これで「脳の若返り効果」とまで言いますか?

 こうした見解は私だけではないと思う。この内容を私は、FOOCOMの有料会員向けメールマガジン第283号(2017年1月19日発行)で速報した。すると、企業社員や政府機関の職員など何人もの方から、「よくぞ書いてくれました。私もまったく同じことを思いました」という連絡が来た。

 科学ライター&科学編集者の詫間雅子さんも2月1日、チョコで脳の若返り?大いに疑問な予備実験での記者会見という記事を出している。

●研究成果発表が、広告宣伝に使われた

読売新聞2017年1月21日発行12版19面

読売新聞2017年1月21日発行12版19面

 だが、重要なのはここから先。明治は1月18日に発表した直後の21日、新聞に全面広告を出しているのだ。写真が、読売新聞に出された広告だ。

 つまり、明治はこの発表を宣伝に利用している。文面をよく読めば「研究を開始しました」とある。だが、派手に「新しい発見」と銘打ち、内閣府プログラム・マネージャーと明治の社長が二人並んでにっこりしている写真。読者が「効く」と受け止めるのが普通ではないか。
 広告が掲載されたのは、まさに、バレンタイン商戦が盛り上がり始めたころ、なのだ。

 結局のところ、プログラム・マネージャーがなんと説明しようとも、予備的研究で効果などと言えるようなレベルではないのにそれが宣伝に利用されているのが実態だ。発表を受けて、テレビニュースやスポーツ紙などが「継続摂取で脳が若返り!?」などと伝えている。インターネットを検索すると、情報が山ほど出てくるようになっている。あなた、欺されてチョコレートを買いませんでしたか?

●海外では、このレベルの研究発表は批判される

 では、こんな研究発表が海外では通用するのか?
 本欄で以前にも紹介した英国の行政機関、「国営保険サービス」(NHS)の「How to read health news」(健康ニュースの読み解き方)という記事に照らし合わせて考えるとわかる。

 記事は、10項目をチェックポイントとして挙げている。
・その記事は、科学的な調査に基づいているか
・その記事は、学会の要旨集が元になっていないか(その場合は、警告には値しないのでパニックにならないように)
・調査研究は、人でのものか(動物の場合には、人で効く可能性は非常に少ない)
・何人の人を対象にした研究か(多い方が信頼度が高まる)
・研究は、対照群が設定されているか(設定されていなければ、疑ってかかろう)
・記事で主張されていることが、本当に研究されたのか(往々にして、研究されていない)
・だれが研究費を支払いしリードしたのか
・あなたは、メッセンジャーを責めるべきか(報道関係者だけでなく、研究者等、さまざまな関係者によって、問題が生じている)
・より詳しい情報をどのようにして得るか? NHSのサイトで見つけてね

 今回のリリースは学会発表ですらなく、当事者の記者発表会で出されたもの。人の試験だけれど対照群がなく、対象人数はごくわずか。チョコレートが良い、という結果が出た方が都合のよい企業がかかわっている。

 NHSは、英国のメディアのさまざまな記事について、即座にその内容を解説したり否定したりする活動をしている。Behind the Headlinesという名称だ。チョコレートの発表がもし英国で記事化されたら、NHSが猛批判するのは間違いないところだろう。

 ところが日本では? zakzak by 夕刊フジに出た1月18日の記者発表の記事の写真をとくとご覧あれ。内閣府参事官、理化学研究所のセンター長まで加わり、にっこり。お墨付き!
残念ながらこれが日本の科学界であり、メディアである。

●明治は、多くの人の信頼を失ったのではないか

 実は、私は明治の研究所に招かれて昨年、社員の方々に向けて講演した。以前に明治が発表した高カカオのチョコレート摂取の健康効果研究についても、対照群がなくこのまま宣伝するのは問題だ、と指摘した。
 その時には、集まってくださった方々は十分に理解してくださったように感じられた。しかし、同様のことが繰り返されてしまった。

 私は、企業のコンプライアンス上、問題があると考える。日本の法律に違反しているわけではない。けれども、食品の安全性や品質等を支える科学の普遍的ルールを大きく逸脱し、宣伝に利用した。私は、科学ジャーナリストとして、明治という企業への信頼を持てなくなった。もともと乳酸菌の宣伝などにも疑問を持っていたが、決定的になった。内閣府や理化学研への疑念は当然、書くまでもない。

 こんな感想を抱くのは、私だけではないのでは? 目先の評価、宣伝、報道にはつながっても、最終的には日本の科学や組織への不信に結びつく。そう思えてしかたがない。

追加

 この研究で用いられているBHQという尺度について、内科医のNATROMさんが検証し4月13日、自身のウェブサイトで見解を示した。「ニセ科学」という判断だ。

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