ホーム >  専門家コラム > めんどな話になりますが… > 記事

めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

書籍紹介:「おいしい病院食は、患者を救う」

  • シェア
  • Check
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Share
2017年7月5日

nagamura 鈴鹿医療科学大副学長の長村洋一先生から監修した本をいただいた。第1部は、長村先生が書かれた「なぜ、病院での食事はおいしくあるべきか」。第2部では、サイエンス・ライターの薬袋摩耶(みないまや)さんのインタビューと執筆により、病院食を巡る専門家の挑戦が紹介されている。

●医学のプロが、管理栄養士に叱られた

 長村先生が率直に書かれたエピソードが面白い。薬学博士であり、臨床検査技師の教育と研究に長年携わり食品科学にも精通する先生だが、2008年に鈴鹿医療科学大に赴任して1年くらいたった頃、管理栄養士の野呂晶子さんとの会話の中で、高血圧、高コレステロール、高血糖等で薬を飲んでいることを告げた。すると、野呂さんから「すべて食事から来ていますよ」と言われ、ムッとして「そんなことわかっていますよ」と答えてしまった。

 それに対する野呂さんの指摘が厳しかった。「先生はお医者さんと一緒で、頭で理解していらしても、食事が本当にどのように影響するかをご存じない」と言われたのだという。

 普通の人なら怒り出すところなのかもしれないが、長村先生は違った。糖尿病専門の有名な名医を思い出したのだ。名医なのに自分は糖尿病。運動と薬中心の治療をしていたという。

 長村先生は、野呂さんの指導を受けて「おいしい減塩食」と野菜を多く摂取する食生活に切り替えた。奥様の協力も得て、家庭での食事は食塩摂取量が1日6g前後、野菜は400g近く。
 開始後半年で血圧が下がり、今では正常値。血圧を下げる薬は、現在も服用していないという。

 食事で劇的に数値が改善されたこのエピソード、長村先生は講演の時に必ず触れる。実体験に基づく話は、聴衆の心に強く響く。
 長村先生に限らず、減塩や野菜を多くとる食事がさまざまな健康リスクを下げることは、多くの科学的根拠がある。一般市民にとっても重要だが、すでに病気にかかっている人たちにとっても栄養管理がきわめて重要であることは、この20年ほどで次第に認知されてきた。

 現在では病院でもNST(Nutrition Support Team、栄養サポートチーム)が活動している。医師、管理栄養士、看護師、薬剤師、臨床検査技師など多くの職種の人たちがチームを組んで、個々の患者の栄養管理に取り込んでいる。
 そして、そこで改めて見直されているのが「おいしさ」なのだという。

●おいしいものを口から食べることの重要性

 おいしいものを口から食べることがどれほど重要か、どのような身体的、精神的価値があるのか、どんなに患者が前向きになるのか? 第2部では、薬袋さんのインタビューに答えて、専門家がさまざまな角度から語っている。登場するのは日本で初めてNSTを導入した医師、東口高志さん(藤田保健衛生大学教授)、管理栄養士の足立香代子さん(一般社団法人臨床栄養実践協会理事長)、足立さんの弟子で管理栄養士の廣瀬桂子さん(練馬光が丘病院)、それに病院給食を提供する日清医療食品株式会社の社員の方々だ。
 
 静脈から栄養を供給することはできる。結腸栄養もある。嚥下などが困難なときに鼻から、困難な状態が半年以上におよぶときには腹壁から胃に直接チューブを挿して、そこから流動食や水分を補給するやり方だ。だが、静脈栄養や結腸栄養に頼りすぎてはいけない、というのが、この書籍に登場する人たちの信念。「食べる」という行為そのものが、生きる意欲を引き出す、と東口さんは語る。患者に、「食べたい、おいしい」と思ってもらうために、一つ一つは目立たぬ、だが深い努力が続く。

 管理栄養士の廣瀬さんは、提供する食事や栄養調整のためのゼリーなどを味見するだけでなく、結腸栄養剤まで味わってみるという。おいしいと思う食事は人それぞれ。終末期のがん患者の話から推測してカップヌードルを出したこともあるという。患者は涙を流して喜んだそうだ。
 プロフェッショナルの技術と努力、思いが、患者さんたちを支え、書名のとおりに患者を救っていることを実感した。

 おそらく、紹介されている取り組みは日本の最先端。多くの病院ではNSTがまだ十分に機能していない。管理栄養士が大学を卒業して就職する時に、病院は不人気だそうだ。「大変だから」と敬遠され、サプリメントの販売などに力を入れるドラッグストアなどに就職する人が目立つと先日、管理栄養士の学校関係者から聞いたばかり。
 病院食が、患者にとってどれほど大事か。貴重な仕事であることがもっと広く知られるようになり、評価される社会になりますように。

◆書籍情報
おいしい病院食は、患者を救う(長村洋一監修 薬袋摩耶著、ウェッジ)
定価:本体1,500円+税

⇒ めんどな話になりますが…記事一覧へ

専門家コラム一覧

FoodScience 過去記事

以前、他のサイトで掲載されていた記事をこちらより選択してご覧いただけます。

お知らせ

FOOCOMが「第1回食生活ジャーナリスト大賞」を頂くことに決まりました(3/28)
FOOCOMはこのほど、食生活ジャーナリストの会(JFJ)の「第1回食生活ジャーナリスト大賞(ジャーナリズム部門)」…【全文を読む】
FOOCOM お役立ちリンク集