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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

全量全袋検査に年間60億円を費やす意味は〜福島県課長にインタビュー(後編)

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2017年8月28日

●国の金が、全量全袋検査に注ぎ込まれている

IMG_2887松永 放射性セシウムが出ない、という実績を積み重ねてやっと今年6月、全量全袋検査について「将来を見据えた検査の方向性について検討着手する」という県の姿勢が明らかになりました。でも、これは「検査を縮小する」という意味ではないそうですね。

大波恒昭・福島県水田畑作課長 具体的なことはまだ白紙です。しかし、今後の方向性について、ある程度の期間の見通しをしっかりと示すべきだ、と考えています。まずは、さまざまな関係者、消費者等から意見を聞きます。首都圏を中心に消費者調査もしたい、と考えています。

松永 検査を続けて欲しいという声は強いのでは。以前に福島県の消費者団体の方に尋ねたら、「ずっと続けて」という意見でした。

IMGP1776大波 そういう要望もありますが、一方で、農家の間ではあまりにも負担が大きい、という声も聞こえてきます。もう放射性セシウムは出ないとわかっているのに、たとえば自家用の飯米でも検査しなければならない。農家が袋詰めして検査用のバーコードを手作業で貼って検査場へ持って行き、検査を終えてまた持って帰ってきて食べるんですよ。高齢の農家にとってはつらい作業です。

写真上:30kgの袋ごと、ベルトコンベヤーに乗せて検査する。写真下:左の検査用のバーコードを農家が貼って検査場に持ち込む。全量全袋検査が終わって問題ないことが確認されると、右のQRコードが貼られる。この二つにより、だれの生産した米の放射性セシウム濃度がどれくらいなのか、把握できる

写真上:30kgの袋ごと、ベルトコンベヤーに乗せて検査する。写真下:左の検査用のバーコードを農家が貼って検査場に持ち込む。全量全袋検査が終わって問題ないことが確認されると、右のQRコードが貼られる。この二つにより、だれの生産した米の放射性セシウム濃度がどれくらいなのか、把握できる

それに、非常に重要なのはコストです。昨年は、約59億円かかりました。そのうち52億円を東京電力に損害賠償請求して支払ってもらっており、残りの約7億円が補助金、つまり国費です。東電が支払っているといっても、東電は国の支援を受けているわけで、結局は国のお金です。

福島県の米の生産額は年間500億〜600億円程度なので、検査経費は、その1割にも上る計算です。

 松永 要するに、私たち国民から徴収された国のお金を使って、もう放射性セシウムが検出されないであろう米の全量全袋検査をやり続けていいんですか? ということですよね。取材をしていると、福島の人たちの間でも「私たちはこんなにひどい目に遭っていて実際に風評被害もまだ続いているのだから、国のお金を使って当然でしょう」という意見があり、一方で「いつまでも続けるわけには行かない」という人たちもいて、複雑です。

●検査装置は、あと数年で耐用年数切れ

大波 検査装置の耐用年数の問題もあります。現在、全量全袋検査用のベルトコンベアー式の検査装置が202台ありますが、どの装置もあと数年で、耐用年数になります。今年と来年、オーバーホールを行い計12億円かかる予定です。しかし、その先も検査を続けるには、装置を更新しなければなりません。1台2000万円の装置200台をまた、というのは無理でしょう。

松永 検査存続を求める声が強い一方で「まだ検査をしなければならないほど危険なのか?」と誤解されてしまう、という声もある。それに、米の卸売り業者が「どうせ、東電の補償が出るのだから、あんたたちは損しないじゃないか」とあうんの呼吸で買いたたいている、という話を、私は何度も聞きました。さらには、検査にかかわるさまざまな作業を請け負っているJAの中には、検査諸経費として東電等から得られる金額が収益になっているところもある、と聞きます。

「消費者の理解が進まず、風評被害が続いているから検査を」というようなきれいごとの話ばかりではない、と私はとらえています。

大波 国が、農林水産物全般のモニタリング検査にかんするガイドラインを今年3月、改定しました。原則3年間、基準値の1/2を超えていない品目は、モニタリング検査の対象から除外されることになりました。国としても、もう出ない品目は止めましょう、という姿勢が明白です。要するに国、東京電力ともに、「合理的でない費用負担はできない」というのです。

●検査縮小ありきではなく、検討のスタートに立ったところ

松永 では、どういう考え方で検査縮小を進めるのでしょうか?

放射性セシウムの濃度が高い地域はごく一部であることがわかる 出典・農林水産技術会議 17年1月19日公表

放射性セシウムの濃度が高い地域はごく一部であることがわかる
出典・農林水産技術会議 17年1月19日公表

大波 まだ、縮小するとは決めていませんよ。2017年産米はこれまでどおり、すべてを検査します。18年産米からどうするか、農家やJA、流通関係者、市町村、消費者等の意見を聞きます。すべては、それからです。

7月27日に、県内のJA関係者や消費者団体代表、米麦の流通関係者などを集めた第1回検討会を開きました。今後の方向性について検討する、ということについては、異議は出ませんでした。

松永 外野から勝手に考えるとすると、まずは地域によって状況に大きな差があるので整理が必要ですね。最初から放射性セシウムが出るはずがない会津などの地域の米は、検査する必要がない。一方、避難指示が出た区域などでこれから作付け再開、というところは、別枠で考えるべき。そういうところでも、カリウム肥料をしっかりとやり、籾すり機など農機具からの放射性セシウムが移ってしまう「交差汚染」に気をつければ、米の放射性セシウムは高くならないはずです。でも、農家自身が安心し、消費者も信頼して食べて応援できるように、こういう地域はしっかりと全量全袋、検査した方がいいと思います。

また、農家の自家用や親戚用の「飯米」「縁故米」は、農家の負担が大きすぎるので、検査の必要がないと考える農家には自由にしてもらう。

たとえば、の話ですが、このような条件付けをしてゆきながら、科学的に検査縮小を考えて行く、というような方向性でしょうか。

大波 まだ、なにも決まっていません。ただ、全量全袋検査を続けるか、廃止するか、というような二者択一の乱暴な話にならないのはたしかです。

●GAPを推進してゆく

松永 メディアはどうしても、白か黒か、検査必要か不必要か、みたいな議論に持って行きがちなのですが、緻密に検討するわけですね。県がもっと明確に方向性を示して、それの是非を議論してもよいのではないか、と思うのですが、大波さんは「まだなにも決まっていません」の一点張り。慎重ですね。

大波 今回、「検査の方向性を検討する」と公表しただけでも、私のところに「けしからん」「廃炉まで未来永劫、続けろ」「かかるカネは東電に払わせ続けろ」などという意見がたくさん届きました。県があらかじめ、次の検査体制への移行案だとか、エリア分けだとかを示したりすると、多くの方は自分たちとは関係のないところで方向性が決まってしまった、と受け取るでしょう。それはよくないです。

これまでの検査の経過、成果、課題などを関係者で情報共有すると共に、私たちがいろいろなところに出かけて膝詰めで意見をお聞きするつもりです。そういった姿勢こそが、この課題の解決には必須です。慎重かつ丁寧に進めてゆくつもりです。

松永 検査をやめたら、農家が手を抜いて、カリウム肥料をやらなくなったり、農機具からの交差汚染が頻発するのでは、といううがった見方も消費者にはありますよ。

IMG_2878大波 安全や環境を守るときに問題になるのは、放射性セシウムだけではありません。農薬や肥料の使い方、微生物の管理等、広い観点から注意して栽培や出荷をする必要があります。そこで、福島県はこれから、GAPを推進します。Good Agricultural Practice、農業生産工程管理のことです。東京オリンピックで、選手村で提供する食品についてGAPの認証を受けることを要請されています。

GAPは、食品としての安全性確保や環境保全、労働者の安全確保などを日常的に点検して記録する取り組みです。県で独自の「FGAP」を作り県が認証し、日本一のGAP県を目指します。放射性セシウムだけでなく、もっと広範な安全確保や環境保全などに取り組むので、そこを消費者の方々に評価してもらいたいのです。

松永 福島農業のレベルアップは大波さんの悲願ですよね。今は課長さんだけど、昔は現場で奔走していました。私と大波さんは実は2011年からの付き合いで、一緒に農家に行ったこともあります。とにかく、現場主義でアイデアマンの県職員だという印象を持っていました。多くの人が、今回の検討について、冷たく官僚的に決めてゆくのだろう、と思っているのですが、全然そうじゃない。柔軟に意見を聞き、熱く語り合うのだろう、と思っています。

大波さんには2011年からいろいろな話を聞きましたが、東日本大震災直後の食料調達の話がとても印象に残っています。

●避難所に、いかに食べやすい食料を届けるか、奔走した日々

大波 あのとき、私は本庁勤務で、地震発生とともに災害対策本部詰めになりました。食料を調達して避難所に配る物資班です。生鮮食品を扱うチームは、私を入れて計3人。物資班全体では100人を超えていました。地震直後は、おむすびやパンを調達して配分するのが仕事でしたが、3月20日ごろからは野菜や肉など生鮮食品をうまく避難所で食べてもらえるように動きました。

福島県は、津波による被害ではなく、原発事故により避難した人が多く、計300の避難所がありました。災害本部には全国からいろいろな食品が寄せられるし、市場からも調達する。でも、それを避難所にポンと渡しても食べられるわけではないのです。包丁だってないわけですから。なので、調達できた食品をどこでどんなふうに加工して避難所に配るか、細かく工夫しました。

たとえば、最初の頃は豚汁セットが好評でした。集まった野菜を小さく切る加工をしてもらい、米国産の冷凍豚肉も入手できたのでこれも切ってもらい、福島市内の味噌蔵からだし入り味噌を提供してもらいました。これを一緒にして、避難所に配りました。

今となってはたいしたことのない話に聞こえるかもしれませんが、地震の大混乱でみんな自分のことで手一杯だったのに、多くの事業者が協力してくれ、加工もしてくれたのです。

松永 トラックで食料が運び込まれました、というのはニュースになりますが、キャベツや大根がどかんとあっても食べられませんよ。加工調理が大事だけど、そこにはだれも注目しない。その部分を担当していた、というわけですね。

大波 キャベツ10トン車1台分とか、にんじん500kgとか、リンゴ何台分とか、届くのです。でも、包丁がないのにリンゴを配っても食べにくい。だから、リンゴはジュースに加工してもらって配ったり、キャベツは漬物メーカーに頼んで浅漬けのパックにしたり。じゃがいもを大量にもらった時には、総菜メーカーと相談して「味噌かんぷら」のレトルトパックにして配りました。福島の郷土料理で、じゃがいもを油でいためて味噌や砂糖などで甘く味付けしたものです。とても喜ばれましたね。

松永 震災直後、被害が出ている味噌屋さんに必死に頼み込んでだし入り味噌を提供してもらい避難所に配って、冷たい水でなく温かい味噌汁を避難している方々に食べてもらえた、とほっとしていたら、某全国紙から「福島県は、避難所で具なし味噌汁しか出していない」と書かれてしまった、なんて話もありましたよね。

大波 現場を知らずに書く記者もいるんですよ。あの味噌屋さんは結局、味噌の代金を受け取りませんでした。みんな、避難している人たちのために少しでも役に立ちたい、という思いだったんです。県庁に勤めてから、さまざまな形で食品・農産物の仕事に関わり、多くの事業者と付き合いがありました。その関係で細かなことをたくさんの事業者に頼み、助けてもらいました。配った量は野菜が約58トン、くだもの約143トンに上りました。

松永 目立たぬ、でも大事な工夫や努力が、大勢の人たちの支援につながる。なんだか、米の放射性セシウム対策とも共通する話のような気がします。残念ながら、行政職員の努力は、なされて当たり前、だれも褒めない。ちょっと失敗すると、非難の的です。でも震災直後、大波さんのような働き方をした人たちが、県内にきっと大勢いるはずです。その人たちが、その後も着実に、さまざまな仕事をこなしている。生産者の努力と共に、行政職員の方々のこの6年あまりの汗や涙は、もっときちんと評価されるべきだと思います。

大波 震災と原発事故後の一連の出来事は、忘れないです。でも、やらねばならないことをしっかりやる、というのは、これまでもこれからも同じです。福島県産のおいしい農産物を、もっと広く食べてもらいたい。おいしいね、と言ってもらいたい。だからこそ、米の全量全袋検査をどうすべきなのか、多くの人に意見を聞きながら検討します。どんな議論をしてどのような結論を出すのか、関心を持っていただきたい。そしてどうぞ、福島県の農林水産業を応援してください。

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