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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

コープネット事業連合(1)  地震被害は、実は甚大だった

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2011年4月18日

 企業、生協…。さまざまな事業者の本音に迫る「会社の事情」。第1回めは巨大な生協事業連合「コープネット事業連合」をとりあげる。被災の大きさ、日本のフードチェーンは今後どうなるのか、原発事故による風評被害をどう乗り越えるのか——。3回に分けてお伝えする。

 

Coop solution

被災3日後、組合員を励ましながら一軒一軒配達するちばコープ職員=「コープソリューション」の宮崎元記者提供

● 最新鋭の冷凍センターが崩れ落ちた

 約100億円(土地建物含めて)をかけ2009年、千葉県印西市に稼働したコープネット事業連合「印西冷凍センター」。約350品目の冷凍食品を集め、毎週の注文に応じて各組合員ごとに仕分けし袋詰めをし、シールを貼る。作業のほとんどは自動化されており、温度を低く保った中で高さ30メートルの自動倉庫が動く最新鋭の設備だった。
だが3月11日、東北地方太平洋沖地震が起きた。印西市の震度は6弱。自動倉庫は崩れ落ちた。

 コープネットは、1都7県の生協(いばらきコープ、とちぎコープ、コープぐんま、ちばコープ、さいたまコープ、コープとうきょう、コープながの、コープにいがた)で構成され、組合員計380万人を擁する巨大事業連合だ。印西冷凍センターの被災により、いばらき、ちば、さいたまの組合員は最長で4週間にわたって冷凍品が全量欠品。4月の第2週にやっと完全復旧した。

 被災したのは冷凍センターだけではない。茨城県石岡市にあった青果集品センターも3日間にわたって閉鎖した。いばらきコープでは、水戸店の屋根が落ち閉店(4月1日再開)。同コープの本部は一時、移転を余儀なくされ、そのほかにも店舗や宅配センターなどが大きな被害を受けた。とちぎコープやちばコープでも、一部の店が一時閉店するなどした。

● コールセンターには1週間で100万件がかかってきた

 震災直後の計画停電やそれによる交通網のマヒ、ガソリン不足なども、大きな影響をもたらした。集品センターや宅配センターの一部では、人手が足りず仕分けや宅配をできなくなり、本部の事務担当職員などが応援として派遣され人海戦術で対応した。また、宅配用トラックの燃料集めに四苦八苦し、ドライアイス不足は深刻だった。

 商品の調達も難しくなった。製造工場が、被災や計画停電により生産できなくなった。特に納豆、豆腐、ヨーグルトなどの生産は極端に落ち込み、入ってこない。容器メーカーの被災も、食品の供給減少につながった。

 一方で、消費者は買いだめ行動に走った。店舗にははじめ、米を買い求める人が長い行列を作り、整理券を発行したほど。トイレットペーパーやカップ麺、菓子類なども店頭から消えた。その後は、ミネラルウォーターが買い占められ、なくなった。

 商品は足りず注文は多く、さまざまな要因が複雑にからみあい、組合員の注文に応じきれずに欠品が相次いだ。「つらかったのは、首都圏も大きな被害を受けていることに、多くの組合員が気付いていなかったこと」とコープネット総合企画執行役員の永井伸二郎さんは言う。

 テレビも新聞も当初、東北地方の深刻な被害に釘付けだった。「千葉の冷凍センターが崩れた。茨城の集品センターも閉鎖せざるを得なかった」と言っても信じてもらえない。地震後の1週間は、組合員も欠品に納得していたが、その後は苦情の電話が殺到した。コールセンターへの電話は通常、年間で130万件なのに、わずか1週間で100万件である。受けられない電話が増え、怒った組合員が電話をかけ続けさらに受電率は下がり、つながった組合員は苦情をぶつけ長電話になる。悪循環となった。

● トラックに商品を積み被災地へ

 とにかく、施設や店舗の復旧を急がなければならない。それに、組合員の中にも被災者がいた。注文を受けた品々をなんとしても届けたい。がれきの中の被災者にも配達した。地震発生3日後の3月14日、ちばコープの職員が津波で大きな被害を受けた千葉県旭市に配達した様子を収めた写真がある。業界紙「コープソリューション」の宮崎元記者がたまたま、親戚の片付けをしていた時に配達の場に居合わせ、写真を撮ってくれた。

 配達した職員は、街の様子が一変していたためにはじめ、どこに配達したらよいか分からなかったそうだ。だが、無事に組合員と出会えた。「生協はこんなときでも配達してくれるんだ」と喜ばれたという。

 一方で、被災地への救援も生協の責務だった。「生協運動の父」と呼ばれる賀川豊彦が神戸の貧しい地域に飛び込んで活動を始めて以来、「助け合い」は生協運動の柱である。特に深刻な震災被害を受けたいばらきコープ以外の生協は、みやぎ生協やコープふくしま、いわて生協に、職員とさまざまな物質を満載したトラックを派遣した。派遣人数は延べ100人、トラック45台に上る(4月14日現在)。

 復旧活動や配達を手伝うだけでなく、被災直後の混乱時は、トラックに商品を積んで街に出て、組合員以外の人たちにも売った。自治体の要請を受けて、水や紙おむつ、食品なども届けた。(なお、全国の生協が支援活動を展開しており、全国からの現地派遣は計2777人、852台に上る)

 地震が起きて1カ月。コープネットはまだ完全復活にはほど遠く、牛乳など主力商品の欠品も目立つ。苦闘が続く。

(松永和紀)

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