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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

生食についての逡巡

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2011年5月6日

 本当は、食品の放射能汚染についての超訳3を書くべきなのだが、腸管出血性大腸菌食中毒についての動きが急であり、食品のリスクという点では、放射能汚染とは比較にならないくらいこちらの食中毒の方が大きいと私は思う。放射能汚染連載は中断して、食中毒について書いてみたい。

 この4〜5年、食品の安全管理の関係者がみんなで口を揃えて言っていたのは、「食品のリスク要因で本当に危ないのは、微生物系食中毒。農薬や食品添加物ではない」という話だった。中でも、「肉の生食を禁止できないのか」という話題は常に上っていた。

 自治体の食品衛生関連の会議などでも、「生食をどうするか」という話はよく出た。職員が「店に、生の肉やレバ刺しを出さないように言っている」などと説明する。「でも、実際には店にありますよね」と委員たちが発言する。市側は「客に食べたいと言われると断れない、という店が多いんですよ。それに、生を提供するな、という指導に法的強制力があるわけではないし」と答える。委員から「テレビのグルメ番組が、生肉をとろけるようにおいしい、とか言っているしね」という声が出る。たいてい、「やっぱり、もっと消費者に生肉の怖さを知ってもらわないと」という発言が出て、市が「注意喚起に努めます」と言って終わった。その繰り返しだった。
 
 今回、事故を起こした「焼肉酒家えびす」の社長は「ユッケは法律で禁止すべき」と記者会見で口走っていた。
 その後の報道によれば、厚労省は生食用の肉の取り扱いについて、罰則をともなう食品衛生法に基づいた新たな規格基準を設けるべく、検討を始めたという。現在の基準でさえ、生食用を出すと畜場はないのだから、もっと厳しい規格基準にする、ということは、事実上「生食禁止」である。

 腸管出血性大腸菌のリスクの大きさからすれば、禁止が相応かもしれない。
 だが、一方で思うのだ。食べるという人の自然の行為に国が大きく介入し、肉というごく一般的な食材を規制するような社会は健全なのか? 食文化もからんでくる。ユッケやタルタルステーキを食べるようになったのは、海外の食文化の反映。それを頭から否定するのも、大人の態度ではないなあ、という気がしてくる。
 こんなことを書いたら、「人が何人も死んでいるのに」と怒られるだろう。だが、どうもしっくりとこない。

 それに、牛肉の生食の規制を強化し罰則を設けるのなら、同じようにカンピロバクターによる生食リスクが高い鶏さしや鶏のたたきなども、検討の俎上に乗せざるを得ない。カンピロバクターによる食中毒は、死亡例や重篤例はまれだが、患者数がとにかく多い。それに、感染して数週間後に手足の麻痺や顔面神経麻痺、呼吸困難などを起こす「ギラン・バレー症候群」を発症するケースがあることも指摘されている。牛肉も怖いが、鶏肉も怖い。
 だが、九州では鶏のたたきがおなじみで、お店で買ってきて家で食べる人も多い。そういう食文化を単純に整理し、事実上の禁止にしてしまうのも、どうだかなあ…。

 というわけで、私は逡巡してしまうのだ。以前雑誌で、牛肉や鶏肉の生食のリスクを取り上げた時に、原稿の結びでこう書いた。「生の肉を食べることが、昔からの文化として定着している地域もありますので、大人が自己責任で食べるのを止める必要はないでしょう。しかし、私は少なくとも胃腸がまだ未発達の子どもや体力が低下している高齢者には、肉の生食禁止を呼びかけたい。焼肉店などでユッケやレバ刺などを子どもに気楽に食べさせていませんか? どうぞご注意を」。

 これに対して、編集部からクレームが来た。「『大人が自己責任で食べるのを止める必要はないでしょう』という表現は、自己責任であっても生肉を食べることを肯定していることにつながるので、変えたほうが良いのでは」と言う。
 たしかに、肯定していると受け止められるのはまずい。なので、「大人が自己責任で食べるのを止める必要はないでしょう」を「大人が自己責任で食べるのを止めることはできません」に変えたいと提案した。
 編集部はさらに、「大人もリスクをわかっていないのでは。リスクを承知していることが前提の『自己責任』という表現は馴染まない」と言ってきた。
 しかし、この時は、原稿の前半でリスクを説明していた。そのため、それを踏まえて「自己責任」を読者各々に考えてもらいたい、という思いから、結局は「自己責任で食べるのを止めることはできません」という表現のままにした。

 消費者が科学的な情報を入手したうえで、自分で判断してリスク管理できる社会、大人はリスクを理解して死や重大な後遺症も覚悟のうえで自らは食べることはあっても、保護者としての立場からは子どもやお年寄りには食べさせない社会。そんな姿を実現したい、と理想を抱く。でも、やっぱり無理? 国や行政にあれこれ指図され、法律でしばられないと、消費者はだめなのか?
 食品衛生関係者には、「理想主義の甘ちゃんだ」と叱られる。現実はもっと厳しい、ということかもしれない。

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