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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

生肉のトリミングは不確実、米国では放射線照射も

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2011年5月20日

 埼玉県が、生食用の食肉(牛肉または馬肉)を取り扱う食肉処理業者や販売業者、飲食店に対して届け出制度を導入するという。業者は、施設の図面や取り扱う品目、販売する形態、どのような容器に入れ包装するか、主な流通先などを、保健所に届け出る。保健所は、施設の衛生状況や消毒方法、肉をトリミングする(菌がいる可能性がある表面を削り取る)方法が適正に行われているかどうか確認し、年2回の自主検査を指導する。(埼玉県のウェブサイトで、広報しており、届出書もダウンロードできる)。
 埼玉県のこの取り組みは、厚労省の動きを受けてのものである。同省が5月10日に出した通知により、地方自治体はかなりの混乱を来した。通知は、生食用食肉を提供する飲食店に対して、トリミング等の生食用の加工を行った施設名などの情報を店内やメニュー等に掲示し、客に情報提供するように求めるものだった。

 東京都などは以前から、「牛肉は、国内と畜場では生食用としての出荷実績がない」として「生食用の牛肉は流通しておらず、流通しているのは加熱用。生で食べると食中毒になる可能性がある」と広報し、多くのマスメディアも同様に「生食用の牛肉は流通していない」と報じてきた。ところが、厚労省が「流通し、飲食店で提供されることがある」ということを前提に通知を出したから、多くの人が、わけが分からなくなった。
 結局、食肉処理場での処理の方法にかかわらず、末端の飲食店や食肉店でまな板や包丁などの器具は専用のものを用い、トリミングを適正に行うなどして「生食用食肉の衛生基準」を守れば、生食用として客に提供しても現行規制上はまったく問題がないことが判明した(特集記事参照)。

 厚労省は、衛生基準を規格基準に格上げすべく準備を始めたようだが、業者を直接指導する責任を負う自治体はそれまで、手をこまねいているわけにはいかない。そこで、埼玉県は保健所と業者の間につながりができる「届出制」を選んだのではないか。食品衛生指導は、行政が紙切れを渡すだけでは無理。食品衛生監視員が業者の事情も知り、一緒に方法を考えるような「温もりのある監視や指導」が効果を上げることが多い。時には厳しく指摘し変更を迫る必要もある。いずれにせよ、信頼関係構築が重要で、埼玉県は熟慮の挙げ句、こうした方法をとり、トリミングなどの衛生管理をていねいに指導し自主検査で確認させるやり方を選んだのだ。

 動き出したことは素晴らしい。だが、一方で思うのだ。「本当にトリミングで、菌を陰性にすることが可能なの?」と。NHKが先週、ニュースでトリミングの方法を何度も流したそうで、見た食品衛生監視員が怒っていた。「あんな方法じゃだめだよ」と。私は映像を見ていないのだが、一部をトリミングした肉の塊は、これまで接触していたところ以外の場所に置き、さらにトリミングを進めなければならないのに、同じところに置いていたらしい。これでは、肉とまな板の間を菌が行ったり来たり、になる可能性がある。

 トリミングの効果は、個人の技量に負うところが大きい。県や保健所がいくらていねいに指導したところで、肉を扱う全員がパーフェクトにマスターし、常に完璧にトリミングを行えるわけではないはずだ。「バイトが軍手をはめて、どんどん肉を切って出しているのが焼肉店」と言う人もいる。安全の確保を、不確かな「トリミング」に頼ってよいのだろうか?

 恐ろしいのは、行政が規制を厳しくすることによって、一般市民が「対策が講じられたのだから、生食用食肉は安全に食べられるものになった」と思うことだ。トリミングに頼る現状の方法では、どのように規格基準を作り罰則規定を設けたとしても、「だれでも、安全に食べられる生牛肉」とはならない。だが、規制強化によって「メニューに、きちっと生食用加工をした施設名が書いてあるから安全」「届出制になっているから大丈夫」「子どもにも食べさせて良い」という勘違いを、また産んでしまうことにならないか?

 提供側に対して厳しくすればするほど、消費者側は「あなた任せ」で安心する傾向がある。規制強化は往々にして、そのような矛盾を産み出す。
 双方の「変化」が必要だ。まず、提供側においては、不確かなトリミングではなく、だれでも可能で確実な方法を検討すべきだ。既に、関係者からさまざまな案が出てきている。例えば、牛肉の塊の表面を焼き、付着している腸管出血性大腸菌を殺してしまう「たたき」の調理は、方法として有力だという。(もちろん、包丁であらかじめ切れ目を入れたり、鰹のたたきのように金串を刺したりするのは、菌が中に入り込んでしまう恐れがあるので御法度)。あるいは、アメリカのように思い切って、放射線照射による殺菌を導入する方法もある。

 食中毒事故の再発防止に向けて、現場は動いている。だからこそ、調理の技量を問わず、だれでも同じ結果が得られる方法を抜本的に検討し、規格基準や運用細則に導入することを厚労省には考えてもらいたい。
 そして、消費者に対しては、科学的な情報提供とリスクコミュニケーション、さらに「結局、食べるかどうかを決めるのは私」という責任感の醸成を。そのためには、「食肉店や飲食店は、加熱用の内臓なども調理する以上、調理者がどれほど努力しても腸管出血性大腸菌が肉へ付着する可能性がある。したがって、体力のない子どもや高齢者には、絶対に生肉を食べさせては行けない。大人もリスクゼロではない」と、伝え続けるしかない。

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