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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

牛肉のセシウム汚染は、国内農業の現状を露にした?

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2011年7月28日

● 農水省批判への違和感

 私が原稿を書く時に強く意識していることの一つに、「後からなら簡単に指摘できるミスをあげつらい、実行者を批判するような原稿は書かない」ということがある。行われたことに対して本質的な批判をすることはあっても、傍観し伝えるものは「実行への尊敬」を忘れてはならない。

 だから、牛肉のセシウム汚染に対する「国はけしからん」「農水省はとんでもない」というマスメディアや県の批判には、違和感を感じる。
 たしかに、農水省が3月19日に出した文書には、「家畜に放射性物質がかかった牧草、乾草、サイレージなどの飼料を与えることがないように」などとあるが、稲わらという文言はなかった。さらに、こうした文書が出ていることを知らなかった農家がいることも、農水省の調査で判明した。農水省は「指導が十分でなかった」と認めている。

 が、この文書を読めば畜産関係者なら、取り上げられているのは主に粗飼料(牧草など、主に繊維質の供給のために与えられる飼料)であることがわかる。そして、粗飼料には稲わらも含まれることは、牛の飼育者の常識だと思う。(農水省の国産稲わらの飼料化を勧める資料、東北農業試験場から1982年に出された稲わらの飼料化にかんする論文参照)

 農水省の3月の文書は、要は「放射性物質の降下によって汚染された可能性のある飼料は食べさせちゃいけないよ」ということを伝えている。たしかに、具体的な飼料名を列記していなかった、という意味では不充分だが、飼料の種類は数多いから列記するにしても自ずと限界がある。文書を出した意図がはっきりしている以上、具体的な検討については、文書を受け取った者たちにも役割がある、と思える。そして、重要な情報は公のルートから、農家同士の口コミまで、あらゆる経路で伝わって当然だ。

 今回、屋外での稲わら汚染が問題となって多くの県で、事故後しばらく、野菜の出荷制限や屋外にあった牧草の給与自粛が行われていた。検査で暫定規制値(粗飼料の場合は、暫定許容値)を3回以上下回った地域から、段階的に制限や自粛が解除されていた。なぜ、野菜や牧草はだめなのに、稲わらはいいと畜産農家や稲作農家、わらの集荷業者などが思ってしまったのか? 私は不思議で仕方がない。

● 情報読み解く力、伝える力が、弱くなっている

 結局、今回の牛肉セシウム汚染問題は、情報を読み解く力、伝えてゆく能力が農業という産業において決定的に弱くなっていることを、如実に示した事案であるように私には思える。「被災した県の人たちにそこまで求めるのは酷だ」という意見もあるだろう。被災も、その力を弱めてしまったのだ。

 私も、農業業界を取材する立場にありながら、問題を事前察知することができなかった。私は、この文書を問題が発覚する前に読んだことがあったが、「稲わらが含まれていない」などと気付けなかった。自分を恥じるばかりである。農水省を責める気にはあまりなれない。

 とはいえ、しっかりと気付いて最初から対処していた人たちもいることも、消費者には伝えたい。
 たとえば、栃木県では、酪農家から稲わらを買った肉牛の肥育農家が飼料として用いてしまったことが7月22日、判明したが、酪農家は売った際には「餌には使えない」と伝えていたと新聞各紙は報じている。つまりは、屋外の稲わらは問題があると、酪農家は明確に意識していた。生協の中には事故直後、契約農家に「昨年中に刈り取り屋内保管していた牧草や稲わら以外は与えないように」と指示していたところがある。

 また、一昨日茨城県で知った話だが、「原発事故前に集め屋内保管していた稲わらか」とわざわざ稲わら業者に尋ね確認して購入した同県の畜産農家は、念のために調べてもらった検査で稲わらから高濃度の放射性セシウムが検出されてしまったという。畜産農家は適正な生産管理をしようと努力したのに、業者に裏切られてしまったのだ。

 いろいろな農家がいる。関係者がいる。だから、「農業はだめだ」などとは言いたくない。でも、やっぱり産業としての思考力、判断力、情報伝達力に問題が出て来ている。その事実を見つめないと、改善はおぼつかない。

 2008年、事故米穀問題が起きた時に、農水省は問題を引き起こした当事者の社名と共に、事故米と知らずに原料として使った菓子店までその名称を公表した。私はそのことを強く批判したことがある。
 今回も、汚染牛肉を扱った食肉店名を公表した自治体がある一方、生産側の関係者名は出てこない。農家や稲わら集荷業者の名前を公表しろと主張するつもりは全くないが、食品業界に対する厳しさに比べ国の農業関係者への対応は甘い、と多くの食品関係者は受け止めている。

 「汚染疑い牛、国の対応策に業界怒り 福島」などという記事を読みながら思う。「農業界はこれでいいのか?」「マスメディアの取り上げ方は、適切なのか?」。
 人の責任を追及するばかりで、自らの役割、責務を顧みない産業は衰退するだろう。農業も報道も同じ状況にある。

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