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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

文科省が、食品安全委員会に悲痛な質問状

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2011年9月1日

 知人から、文科省で学校給食を担当する学校健康教育課が出した文書を教えてもらった。
「評価書(案)『食品中に含まれる放射性物質』」等について(照会)

 食品安全委員会事務局の総務課長宛てで8月22日付け。食安委が7月27日に取りまとめたリスク評価書案について、詳しい説明を求めている。
 私は、一読して失礼ながらまず、吹き出してしまった。文科省が憤懣やるかたない、という感じで書いているのがありありと分かるからだ。

●具体的にどうしたらいいの? 問いかける文科省

 食安委のリスク評価書案でもっとも重要なのは、「放射線による影響が見いだされているのは、通常の一般生活において受ける放射線量を除いた生涯における累積の実効線量として、おおよそ 100 mSv 以上と判断した。小児に関しては、より影響を受けやすい可能性(甲状腺がんや白血病)があると考えられた」という部分だろう。

食品安全委員会のページ「放射性物質の食品健康影響評価の状況について」

 これについて、文科省が何を尋ねているか? 詳しくはウェブサイトをご覧いただきたいが、要約すると次の通りだ。

(1)リスク管理機関の中に、文科省は含まれるのか
(2)リスク管理機関に期待される「適切な管理措置」とは、具体的にどのような措置を想定しているのか
(3)累積線量の振り分けに関し、リスク管理機関は何をもとにどのように判断すべきと考えているのか。
(4)具体的な線量の評価、管理について、どのように行うことを想定しているのか。
(5)子どもに関し、より影響を受けやすい可能性があるとしているが、子どもについては線量をどのように設定すべきと考えているのか、具体的な数値とその根拠を示してほしい。具体的な数値を示さない場合には、その理由を教えてほしい。
(6)「リスクコミュニケーションを進めろ」とあるが、現時点で、具体的にどのような方法で進めていくことを考えているのか。

 至極もっともな質問ばかり。おそらく、評価書案が出た時に厚労省や農水省でも「学者先生が集まって、浮き世離れした評価書案を出しやがって。俺たちいったい、具体的に何をやればいいんだよ?」という疑問が渦巻いたはずなのだが、個人的に職員の方々から「どうしたらいいんでしょうね」という愚痴は聞けても、組織的な動きはみられなかった。
 だが、「伏兵現る!」である。

 文科省は嫌みたっぷりに「3300もの文献にあたられたうえで、9回のワーキンググループ会合を重ねて取りまとめられたその御労苦に深く敬意を表するものです」としたうえで、こう書いている。

 今後、学校給食の安全安心の確保に向けてさらに取り組んでまいりたいと考えておりますところ、その際、今回の評価書案及びメッセージを十分に踏まえていくことが肝要であると考えております。
 つきましては、評価書案及びメッセージの趣旨、内容を十分に理解する必要があると考えており、このため、別紙の事項について御教示くださいますようお願い申し上げます。今回の照会事項は、今後の施策を進めるうえで重要な論点であると考えており、広く学校給食関係者の理解を得られますよう、具体的で明確な御回答を賜りますようお願いいたします。

 さて、食品安全委員会はどのような回答を出すだろうか?

●内部被ばくのリスク評価をしなかった食安委

 私は、評価書案が出た直後、有料会員向けのメールマガジン第12号(7月28日付)と第13号(8月4日付)で私見を書いたのだが、本欄では、この評価書案については取り上げた事がないので若干、考えを説明しておきたい。

 私はこの評価書案は問題が非常に大きいと考えている。
 一つは、科学的根拠が曖昧なこと。特に「生涯」という概念が出て来た理由が不明確だ。
 それに、「食品による内部被ばくのリスク評価」という肝心の点については、「わからない」が結論だ。これでは、食品安全委員会が検討した意味がなく、食品にかかわるリスク管理機関も対処のしようがない。
 食品安全委員会は「根拠となるデータが少ない」ことを理由に挙げている。
 評価書案をよく読むと、「内部被ばくのリスクは、非常に大きい」と主張している市民団体「欧州放射線リスク委員会」(ECRR)の関係者が出している論文の検討などは行っている。
市民の一部は、ECRRの主張などを見聞きして「汚染された食品を食べた時の被ばくの実効線量は、もっとうんと大きいのではないか。暫定規制値は、小さくすべきではないか?」と国の規制を疑っている。このあたりの主張を専門家はどう見ているのか。きちんと評価書案に書き込んでもらえれば、内部被ばくのリスク評価としての意味が出て来たと思うのだが、それもない。

● 安全と危険の境目、という誤解

 そして、最大の問題はまたしても、低線量の放射線のリスクに対する姿勢を、食品安全委員会が明確にしなかった点だろう。
 100mSv程度を下回る放射線量で、疫学的にも実験的にもリスクを検出できない。しかし、リスクがないという証拠はなく、ほかのリスク要因が多すぎ、放射線の相対的に小さなリスクを検出できなくなっている、と考えられている。
 この点について、国際放射線防護委員会(ICRP)は「閾値はなし。低い線量でもリスクはある」という前提で、低線量におけるリスクの定量化を行い、防護の参考になる数値を勧告している。

 しかし、食安委は、結局はこの点をあいまいにしてしまった。「ゼロリスクは望み得ない。この値を下回れば安全、と断言することなどできない。私たちはリスクをしっかりと評価し、どこかでリスクと折り合って暮らして行くしかない」という一番重要なメッセージを今回も、食安委はリスク評価書案に盛り込むことができなかった。
 その変わりに、100mSvという数字を出した。また、評価書案が出た直後の意見交換会で、検討を行ったワーキンググループの座長は 会場からの質問に答えて、「生涯累積100mSvを守れば、子どもでも十分な安全が保てると考えている」という趣旨を答えた。結局は、100mSvを危険と安全の境目に食安委がしてしまったのだ。

● リスク評価と管理を分けて行えるのか

 食安委にも同情の余地はある。放射線のリスクは常に、評価と管理が一体化した中で検討されている。ICRPには、なにかの数値を出して、これを上回れば危険とか下回ると安全、のような切り分け方をする姿勢はない。いかに低線量であろうとリスクはある、という前提に立って、その時々の事態に応じて、どの程度のリスクを社会として許容するか、どこから先は介入するか、を検討し数値を勧告している。
 その際には、健康影響だけでなく環境影響や経済、社会、精神、文化、倫理、政治など、さまざまな影響も加味して対策を決めるべきであることを明記している。これは、リスク管理そのものだ。

 結局、放射線問題は「リスク管理機関と評価機関を分けて独立した組織で別々に検討することに無理はないのか? 真に実効性のあるリスク対処ができるのか?」という中西準子先生らが以前から投げかけていた疑問をまたしても、浮き彫りにしているとも言える。

 そういう状況下で、評価だけしろ、と言われた食安委が困ったのも想像に難くない。
 その窮地は分かる。でも、それにしても、という評価書案。そして、リスク管理機関は、評価書案を見て具体的にどうしたらよいか、分からなくなった。その後の動きの一つの表れが、文科省の照会である。

 この動き、面白い! そう知人に言ったら怒られた。「子どものことが心配でたまらない保護者に直接説明しなければならないのは、食品安全委員会ではなく文科省や学校関係者なんだよ」と言う。そうだ。彼らはおそらく、厚労省や農水省以上に困り、「どう説明したらよいのか?」と答えを求めている。
 役所から役所への照会が表沙汰になるのは珍しい。でも、水面下で動かれるよりうんといい。二つの組織がきちんとやりとりし、文書が公表されるのか、注目しよう。

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