ホーム >  専門家コラム > めんどな話になりますが… > 記事

めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

ポジティブリスト制、「一律基準違反も廃棄」でよいのか?

  • シェア
  • Check
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Share
2011年9月17日

 胡麻について、全国胡麻加工組合連合会・残留農薬対策分科会座長の高田直幸さんが、特集欄で玉稿を書いてくださっている。制度の成り立ちや性質を忘れている人も多いと思うので、背景説明しておきたい。そのうえで、高田さんが突きつけた課題を深く考えたい。

特集「残留農薬 ポジティブリスト制」、胡麻が突きつける課題

●ポジティブリスト制施行から5年

 食品に残る農薬や動物用医薬品、飼料添加物の規制は従来、「ネガティブリスト制」だった。原則として規制がなく、特に規制が必要なものだけに基準を設け、超えたものをとりしまる仕組みである。日本で使われる農薬を中心に283物質と約130の食品(穀物や野菜、くだもの)の組み合わせの中から約9000の残留基準が設けられていた。

 しかし、輸入食品が増え、02年には中国産冷凍ほうれん草の農薬残留が発覚した。さらに、日本では使用を認められていない農薬が諸外国で使われ高濃度で残留しているのに、基準がなく規制できないケースも出てきた。そこで、ポジティブリスト制に切りかえられた。

 新制度では、原則としてすべての食品とすべての農薬等の組み合わせについて基準を設定しリスト化する。そして、この基準以内の食品であれば販売流通を認めることとした。
 約800の農薬等と170の食品の組み合わせについてリスト化された。ただし、制度導入の決定から施行まで3年の猶予しかなく、3年では、すべての組み合わせについて実験を重ねて科学的に基準を設定することは無理だ。そこで、ネガティブリスト制で設けられていた基準は、そのまま移行させることになった。さらに、日本には基準がなくても国際基準がある組み合わせは、その数値を使うことにした。国際基準がないけれども日本で農薬として登録されており、環境影響を防ぐための基準(登録保留基準と呼ぶ)が作物に設定されている場合には、その基準を適用することになった。

 そうしたものもない組み合わせについては、諸外国に科学的根拠をもって設定されている残留基準があれば、それを“借りる”ことにした。
 外国は農薬等の使い方が異なるし、食文化が違い食品の摂取量も大きく異なる場合がある。農薬等の基準は、その物質のリスク評価(ADI設定など)と、その農薬等が残留した食品をどの程度食べるかという「摂取量」によって当然、数値を変えなければならない。そのため、基準を借りるというのは科学的ではない。しかし、時間がなくやむを得ないという判断だった。
 これらの借り物は「暫定基準」であり、制度開始以降、食品安全委員会や厚労省は本基準設定に向けて検討を急いでいるが、まだ暫定基準が多数残っている。

 さらに、参考になる基準がどこにもない組み合わせも多数あった。高田さんが書いてくださった胡麻もその一例だ。胡麻は欧米諸国ではあまり食べられていないため、国際基準も各国の基準もほとんど設定されていなかった。
 また、国内でよく使われる農薬の中にも、参考になる基準がないものがあった。例えば、一部のイネ用農薬だ。「野菜に残留するはずがない」として野菜の残留基準は設定されていなかった。しかも、欧米諸国では使われておらず、どこにも参考にできる基準がなかった。

 こうした組み合わせについては、残留をいっさい認めないゼロ規制とするのではなく、一律基準を適用することとなった。ゼロを要求しては、いたずらに食品を廃棄することにもなりかねないからだ。その代わりに一律基準として、どんな性質の物質であっても人の健康をそこなうおそれがないと考えられる「0・01ppm」を定めた。0・01ppmといわれてもピンと来ないだろうが、幅20m長さ50m深さ1mのプールを水で満杯にし、食塩10g(小さじ2杯)を溶かすとこの濃度になる。いかに厳しい基準であるかが分かる。

● 0.01ppmが適用され、積み戻し・廃棄が続出

 たしかにこの制度であれば、いかなる事態にも対応できそうだ。どこかの国で毒性の高い化学物質が農薬として使われその食品が輸入されたとしても、0.01ppm以下ならごく微量で健康影響はないと考えられるし、0.01ppmを超えれば即座に流通ストップをかけられる。
 だが、この0.01ppmという数値は、ちょっとしたことで超過してしまう数字だ。隣の作物に使われた農薬が風に乗って飛んで来たり、袋に付いていた農薬が移ってしまったり。さまざまな要因で容易く超過してしまう。
 こうした場合、多くの農薬が、ほかの食品との組み合わせにおいてはしっかりと残留基準が定められている。組み合わせが違えば数ppmという残留基準が設定されているのに、特定の組み合わせでは0.01ppmになってしまう。

 たとえば、イネ用農薬が散布された時に漂い、隣の転作田に作られていた野菜に付着したとする。米の残留基準は数ppmなのに、隣の野菜の基準はなく0.01ppmという一律基準が適用される。
 野菜を食べて健康影響を被ることなどあり得ない。だが、0.01ppmを超過すると流通が止められ、廃棄などされてしまう。生産側から見れば、あまりにも不合理な制度だ。

 一律基準を0.01ppmとすることは、食品安全委員会のリスク評価を経て厚労省で決められたが、現実に起きうるこれらの問題点を食品安全委員会、厚労省共に最初から把握していた。
 そのため、イネ用農薬など日本の生産者に直接降り掛かる問題、関係者が多い農薬等から、残留農薬基準設定の作業が随時、行われてきた。
 だが、胡麻、コーヒーなど、輸入量が多くはないマイナー作物は、取り残されてしまった。
 ポジティブリスト制は5年目に見直しがあるとされていたが、それもうやむやになっている。だからこそ、高田さんの原稿を読んでほしいのだ。

 実は、胡麻と同じく一律基準超過に悩んでいた食品があった。カカオ豆である。そこで、「日本チョコレート・ココア協会」は2009年7月、厚労省に「検査部位及び暫定基準値変更のお願い」を出した。
 文書によれば、熱帯では雨季に雑草が繁茂するため多用される除草剤がある。そして、カカオ豆には使われなくても、収穫や流通のどこかの過程でわずかについてしまう。しかも、日本は外皮がついた豆全体を検査している。そのために、外皮についたほんの少しの農薬が原因で、一律基準違反となってしまう。
 だが、カカオ豆は加工で外皮をとり除くため、除草剤は実際には人の口には入らない。EUも、検査部位を「外皮をとり除いた部分」としている。そのため同協会は、基準と検査部位の変更を求めたのだ。厚労省は検討のうえ、変更を行った。

 欧米がからんでいれば、厚労省も対処してくれる。だが、胡麻は、消費がアジア中心。そして生産も、高田さんが書いているように、開発途上国が多い。写真を見ていただければわかると思うが、胡麻は脱粒しやすく機械化が進んでいない。今でも、栽培、収穫は手作業だ。それ故に、国内での生産はほとんどなく、安価な労働力がある開発途上国頼みなのだ。
 日本の商社や胡麻を取り扱う食品メーカーは、生産してくれる開発途上国へ指導に行き使用農薬を選定し使い方も教え、検査等も行っている。そのため、日本向けの胡麻は安全性が確保されていると思われる。だが、隣の畑からごく微量の農薬が飛んで来たり、運んでくる過程で付着したりした結果起きる一律基準違反を防ぐのは、非常に難しい。

● 開発途上国の努力を無にしてよいのか?

 ポジティブリスト制度ができ、生協や消費者団体などは「私たちのこれまでの運動が実った」とその成果を誇った。だが、その陰でこんな問題が起き、海外の人たちが懸命に労働したおかげでできている貴重な胡麻が、廃棄や積み戻しされている。こんなことが許されてよいのだろうか?
 この事態を防ぐには、一律基準超過につながるような農薬の付着を防ぐことが第一だが、生産国が多岐にわたり事情も異なる中で、「農薬のドリフトを防ぐために仕切りを立てろ」とか「新しい袋を使え」とか、「運ぶトラックをしっかりと掃除しろ」などと言えるはずもない。
 もう一つ、日本国内の胡麻関係者が日本の農薬メーカーや試験機関と掛け合い実際に作物残留試験などを行ってもらい、そのデータを添えて厚労省に残留基準設定を申請する方法がある。だが、1農薬につき数百万円の費用がかかるという。

 それに、今から試験を開始してもデータが揃うのは1~2年後、申請手続きと審査を経て告示になるのは3~4年後。その頃には、海外で使われる農薬が大きく変わってしまっている可能性もある。零細業者がほとんどの胡麻業界にとっては、あまりにもハードルが高すぎる。

 消費者の声に応え、厳しいポジティブリスト制はできあがった。だが、厳しさを求めるあまり、途上国の生産者や零細業者に不公平で過剰な負担を強いていないだろうか? 一律基準については、国内生産者や研究者の間でも「こんなことで流通ストップ、廃棄だなんておかしい」という声があがっている。
 高田さんは、原稿の中で「科学的、合理的な制度を」と静かに語りかける。この声に真摯に耳を傾けたい。

⇒ めんどな話になりますが…記事一覧へ

専門家コラム一覧

FoodScience 過去記事

以前、他のサイトで掲載されていた記事をこちらより選択してご覧いただけます。
FOOCOM.NET 会員募集 科学的根拠に基づく食情報を消費者に提供するために、ご協力ください。

お知らせ

FOOCOM会員、執筆者がかかわる催し、講演(10/17)
<FOOCOM事務局よりのお願い> 「FOOCOM.NET」にアクセスいただきありがとうございます。私たちは201…【全文を読む】
FOOCOM お役立ちリンク集