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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

「給食の放射能調査」は妥当か?

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2011年9月29日

 東京大学大学院理学研究科の早野龍五教授が、twitterを通して「給食の放射能調査を」と呼びかけている。
 早野教授は、福島第一原子力発電所の事故直後から、twitterでさまざまな情報を提供しており、特に適切な一次情報を迅速に、コメント付きで教えてくれることで信頼を集め、今では約14万人のフォロワーがいる。
 早野教授は9月上旬、給食の放射能調査を提案し、ネットでアンケートを実施した。そして、結果を先日公表した。教授の提案、そしてアンケート結果は、食の安全・安心を考えるうえで極めて興味深い。その提案の意味を考えてみたい。

●知りたい! 食事の実測値

 早野教授の提案はシンプルなもので、「給食をゲルマニウム半導体検出器でとにかく毎日、測定していこう。まずは、福島県から」というものだ。提案はtogetterにまとめられている。教授と少しだけ立ち話をして、測定の意義もおうかがいしたのだが、「とにかく僕はまず、食事にどれくらい入っているか知りたいんだよ」と仰っておられたのが印象的だった。

 そうなのだ。個別食品はずいぶんと測定されている。そこから摂取量の推算も行われている。厚労省の審議会で公表された推定値は、より安全側に立って検討できるように数値が高めに出る設定で計算されているが、とても低い。

 だが、推算である以上、「もしさまざまな仮定が現実とずれていたら」という疑念は、完全にはぬぐい去れない。だから、「知りたい」という気持ちはよくわかる。私も知りたい。実際の食事を測定した数値がないと、多くの人は納得できないはずだ。

 給食であれば、カロリーや栄養成分含量に基準があり、各家庭の食事のような大きな「ブレ」がない。その測定を日々、積み重ねることで、「子どもたちの食の本当のことを知りたい」というお母さんたちの気持ちにも応えることができるし、私たちの食における放射性物質摂取の大まかな傾向もつかむことができるかもしれない。

 早野教授がネットで行ったアンケート結果も興味深い。回答者は6946人でやはり福島、関東からの回答が多い。そして、アンケートにわざわざ答えている人たちの声なので、当然のことながら「給食検査に賛成」が圧倒的に多い。
 考えさせられるのは、「給食から何Bq出たら弁当に切り替えるか」という問いに対する答えである。福島県の「給食年齢の子ども有り」の女性の回答1位は、5Bq、次は1Bq、ぐっと下がって3位50Bqだった。一方、関東の「給食年齢の子ども有り」女性の回答は、1位5Bq、2位1Bq、3位10Bq。福島の回答に比べて、1Bq、5Bqという回答割合が多い。

早野教授の「給食まるごとセシウム検査WEBアンケート」
回答者のプロフィール
福島県の結果
関東の結果

●安全のための検査か、安心のための検査か

 あらかじめ書いておくと、現状の食品の検査結果、給食における使用食材の多さから見て、給食の検査結果の数値は、福島県内であってもかなり低くなることはほぼ確実だろうと私は思う。厚労省の推定値から逆算すると、給食1食分は、あっても数Bqである。

 50とか100というような数字は、高汚染の牛肉でも混じらない限り、まず出てこない。各自治体が行っている食品検査で高い数値が出ているものはほかに、福島県沿岸部でとれる海産物がある。しかし、同県では現在、沿岸漁業が行われていないので、海産物は、検査はされても市中には出回っていない。コメも、これまでに2000地点以上で測定され、同県二本松市の玄米の500Bqが飛び抜けて大きい数字で、あとはおしなべて低いか検出限界未満である。しかも、放射性セシウムは糠部分に多く、精米したら確実に3〜5割下がる。しいたけも懸念はされるが、給食に大量に使われるわけではない。

 ただ、検査や出荷規制などの網の目をくぐり抜け、ぽんと高い数字を出す食材が混じらないとは限らない、とだれもが思っているから、食事の検査で数値が知りたい。
 だからこそ、実際に給食検査を実施したらよいのかどうか、悩ましくなってくる。そして、数値の公表をいつ、どのような形でやるのかも、判断が難しい。

 結局は、安全のための検査なのか、安心のための検査なのか? という問題に行き着くのだ。
 すべての学校で、毎食検査をするのは無理。莫大なコストがかかるし、分析機器も足りず非現実的だ。この給食検査も、学校を選び行うサンプリング分析にならざるをえず、「検査や出荷規制などの網の目をくぐり抜け……」という問題を回避することはできない。

 そして、もし高い数値が出ても、学校給食を提供する自治体も文科省もすぐには対処できない。たくさんの食材の中から“犯人”探しをしなければならず、分からない場合も出てくるだろう。うまく食材を突き止められても、その先のルートを探るのが難しい。給食には大量の食品が必要で、一品目を同じロットで揃える、というのは容易ではないからだ。野菜やコメは、広い地域、多数の生産者の産品が混じるはずだ。「どこの地域、どこの生産者のなにが…」ということを突き止められない場合、どうするか。結果が出てもなにも対処できない検査をするのは、行政として無責任になりかねない。
 こうして考えると、安全を守るための検査としては、給食検査は機能しないのではないか、と私は考える。

 では、安心は?
 1食で数Bqという数字が出る。あるいは、時々は少し高い数字が出るけれど、概ね数Bq、検出限界未満もあり、というような結果が出て来た時に、社会はどう反応するのか?

 現実には健康影響は子どもでも無視できる数字。安全上は、問題がない。結果を見て、安心を得られる人もいるだろう。
 しかし、その数字が公表されたら、アンケートに答えたようなお母さんたちは不安に陥り、「学校に任せられない。弁当を」となるのだろうか? その弁当が、学校給食よりも数値が低いという保証はなにもないのだが。

 数字が出てくると、不安はより具体化する。そして、多くの市民が全体の数字の推移をみるのではなく、ごくわずかな確率、回数で生じる大きな数値だけを見て判断する傾向にあることは、これまでの多くの食の安全問題から推測できる。安心が、今にも増して揺らぐ可能性がある。
 「だから、測定するな」ではいけない。測定してほしい。しかし、測定値には大きな限界もあることを踏まえて市民が判断できればいいが、それは難しいかもしれない。

 それに、安心のための検査にそこまでのコストをかけてよいのか、という意見も当然出てくるだろう。また、給食の検査を増やすと、ほかの食品の検査数を減らさざるをえない。そのことも検討する必要がある。

●給食は事前測定で、食の把握は「日常食」調査で

 文科省は給食不安に対応し、自治体に検査機器購入費用の半額を補助する方針を決めたと、朝日新聞は9月21日、伝えた。横浜市教委は6月から毎日1食材を選び測定しウェブサイトで公表して来たが(すべて不検出)、
読売新聞によれば10月からは、毎日1校ずつ、使用される食材全てを対象にした放射性物質の測定を行うという。

 横浜市の取り組みは、前日に翌日の食材を調査するもの。文科省の補助を受けて横浜市と同様の取り組みをする自治体は増えそうだが、「早野提案」とは質的にまったく異なる。
 この事前測定は、科学的な意味合いは早野提案よりうんと乏しい。前述の通り、調べる食材が給食を代表するものではないからだ。だが、なにかあった時には措置できる。これが、市民の動揺を招かず安心を促すために行政にできるギリギリの線なのかもしれない。

 早野提案に近いのはやはり、そもそも早野教授がヒントを得たという長年の「日常食」調査である。
 各自治体は、文科省(旧科学技術庁)の委託を受けて放射能水準調査を実施しており、その中に「日常食」という項目がある。各自治体が5世帯を募り、食事を持って来てもらって測定する「陰膳方式」で調査を行っている。

(日常食調査については、下記の資料が詳しい)
北海道立衛生研究所における環境放射能調査 50年の変遷
愛媛県立衛生環境研究所・環境放射能水準調査に係る日常食の提供者募集について

 全国における日常食中の放射性セシウム137の経年変化をグラフ化してみた。

Food

出典:文部科学省.“環境放射線データベース”.http://search.kankyo-hoshano.go.jp/servlet/search.topで作成(2011-09-29)

 世界各地で核実験が行われていた50年代から60年代にかけて1日に数Bqを日本人が食べていたことがわかる。

 給食調査だと、「対処」「措置」をどうするか、というファクターが混じってしまう。だから、純粋に調査として日常食測定の数を増やし、その測定値を速報する、ということをやっぱりやるべきではないか。子どもについても、この日常食調査の延長線上に位置づけ調べる。家庭での2食、給食の1食、間食も含めて、ある程度の人数を調べる。この調査を、継続して行い、推移を見る。

 調査対象者の負担はかなり大きい。それに、陰膳方式もそれを集団の代表値、平均値としてとらえることはできない、という限界がある。また、調査対象者がふだんと違う食事にしていても、チェックが難しい。
 そして、給食検査に比べてもはるかに高額のコストがかかる、という問題もある。

 だが、数十年の実績がある方式で、これまでの数値と比較ができ、継続的なデータが得られる、という意味合いは大きいはずだ。目先の安心のためではなく、長い歳月の放射能管理のための有用なデータとするのだ。

 福島県でまず実施して、なるべく早く速報する。数値の意味をていねいに、市民に説明していく。陰膳方式の調査の大変さはよく分かるが、この数値の積み重ねは市民に大きな説得力を持つだろう、とも思う。

 早野教授の提案から、いろいろなことを考えた。データの積み重ねこそが大事、という科学者の提案の重みを改めて感じる。結局は、限界はあるにせよしっかりとした調査に基づくデータの存在こそが、市民の理解、深いリスクコミュニケーションにつながるのではないか。

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