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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

放射線と食品中の発がん物質、どちらが危ない?〜畝山智香子さんの本で考える

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2011年11月16日

 食品の放射能汚染が消費者の最大の関心事となり、ついには流通最大手のイオンが「検出限界値を超えて検出された場合は、販売を見合わせることを検討する」と宣言した。

 だが、食品の危害要因(ハザード)は放射性物質だけではない。微生物により死者はでるし、天然の発がん物質もさまざまある。国立がん研究センターは、日常的な野菜不足や高塩分食品を多く取る生活が、100mSvを1回で受ける放射線被ばくよりもがんリスクが大きいと位置づけている。

 放射線のリスクは実際のところ、どの程度の大きさなのか? なによりも優先して「不検出でなければ」としなければないほど、そのリスクは大きいのか?
 放射性物質の汚染は、国や東京電力の不始末による被害だから、「どのようなリスクの大きさであろうと、受け入れられない」という心情は当然である。だが、現実には放射性物質は海や陸に広がり、食品の汚染ゼロを望むのは不可能だ。

 ならば、リスクの大きさの判断が必要だ。食品中のほかの物質やほかの要因と比較して、どの程度は許容してもいいのかを考えないと、ゼロを望めない中でどう動くべきなのか、決められない。だが、これはなかなか容易ではない。特に、食品中の発がん物質のリスク評価研究はまだ発展途上なので、どうやって比べるか、思案のしどころだ。

 この大きな問題を分かりやすく解きほぐして説明してくれる書籍が先月、出版された。国立医薬品食品衛生研究所の安全情報部第三室長、畝山智香子さんの『「安全な食べもの」ってなんだろう? 放射線と食品のリスクを考える』(日本評論社)である。

スロープファクターと名目リスク係数を比較

 畝山さんは、東北大薬学部の卒業研究で発がんプロモーターをテーマとして以来、現在まで発がん物質にかかわる調査研究をしてきたという。
 書籍の冒頭で、畝山さんは「私たちが毎日食べているものは、もともと安全性が確認されたり保障されたりしているものではなくて、未知の、膨大なリスクのかたまりである、というのが出発点です」と書く。食品中には自然の発がん物質、とくに、放射線と同様に遺伝子を傷つけがんを誘発する作用を持つ「遺伝毒性発がん物質」がある。遺伝毒性発がん性については、遺伝子にわずかでも傷があれば将来がんになる可能性がゼロではないとみなす、という約束事がある。すなわち「閾値なし」である。

 そこで畝山さんが着目したのは、EPA(米国環境保護庁)が使っている発がんのスロープファクター(SF)だ。発がん物質を毎日食べた時に、発がんリスクがどの程度上がるかを示す数値である。食べる量の増加に比例して、リスクが大きくなる。その傾きを表している。

 放射線のリスクも、被ばく線量が大きくなるのに比例してリスクが大きくなる。その傾きはICRP(国際放射線防護委員会)によれば、1Svあたり5.5×10のマイナス2乗である(名目リスク係数と呼ばれている)。そこで、スロープファクターとその食品の摂取量に基づいて、発がん物質の発がんリスクを算出し、それが放射線の何mSvに相当するかを算出して比較しよう、というのが畝山さんの提案だ。

 たとえば食品の加熱調理によって発生するベンゾピレン。EPAによるリスク係数は7.3/mg/kg体重/日で、日本人は1日に数十ngを摂取している。
 そこで、50gの肉を炭火で焼いて50ppbのベンゾピレンが発生し、その肉を食べると仮定すると、摂取するベンゾピレンの量は50ng × 50g/1000g =2.5ng=2500×10のマイナス6乗gとなる。
 体重50kgの人が毎日この肉を食べると想定し、この数にSFをかけ算して50kgという体重で割ると、3.65×10のマイナス4乗となる。これが、仮定に基づく炭火焼の肉50gに含まれるベンゾピレンの計算上の発がんリスクである。

 そして、ICRPの名目リスク係数を用いて計算すると、炭火焼50gの肉を毎日食べるリスクは6.6mSvの放射線に相当する、ということになる。

 ベンゾピレンの発生量は仮定なので、これは炭火焼50gの実際のリスクを表しているものではない。また、放射線のリスクとして名目リスク係数を用いるのは、問題があると思う。名目リスク係数は致死率に疾患の重篤度を加味した概念上の数値だからだ。
 しかし、ここで使われたベンゾピレンの量は、現実とかけ離れた数値ではないので、リスクの大まかな傾向をつかむには参考にしても良いだろう。炭火焼、そしてベンゾピレンのリスクは意外に高い、というのが実感だ。

がんリスクが高いのは、コメ、ヒジキのヒ素

 畝山さんは食品に含まれるさまざまな発がん物質についてリスクの大きさを検討し、日本人にとって一番リスクが高いのはヒ素だ、と指摘する。無機ヒ素は遺伝毒性発がん物質でSFは大きくないが、コメやヒジキなどに多く含まれ、日本人は摂取量が非常に多い。

 その結果、コメを毎日3食食べたとして計算すると、コメの発がんリスクは1.5×10のマイナス3乗になるという。これを放射線のリスクと比較すると、20mSvの被ばくと「だいたい同じ」だそうだ。さらに、ヒジキを毎日1g食べるとすると、ヒジキによる発がんリスクは27mSvに相当する。

 書籍ではそのほか、アクリルアミドやダイオキシンについても計算が行われ、かなりの数値のmSvに相当するリスクであることが示される。

分子の数で比較すると…

 もう一つ、畝山さんはカビが作る遺伝毒性発がん物質、アフラトキシンについて、別の角度から放射線リスクと比較している。アフラトキシンにはいろいろな種類があるが、食品においては総アフラトキシン(B1、B2、G1、G2の総和)が10μg/kgを超えるものを食品衛生法違反とする、と今年3月に定められた。アフラトキシンの中でも毒性の高いアフラトキシンB1が10μg/kgあるとすると、食品1kg中に含まれる分子の数は1.9×10の15乗個である。

 一方、乳児に飲ませる水や粉ミルクを溶かす水の基準として決められたのは放射性ヨウ素100Bq/kgという数値。100 Bq/kgの水1kgに含まれる放射性ヨウ素の数はおよそ1億個、すなわち1×10の8乗個である。
 食品中にアフラトキシンB1なら1.9×10の15乗個までは含まれていてもいいのに、同じく遺伝子を傷つけ発がんにつながるとされる放射性ヨウ素は、10の8乗のオーダーで大問題となる。個数は1000万分の1だが、放射性物質は許容されない。

 ベンゾピレンや無機ヒ素と同じように、SFと名目リスク係数でリスクの大きさを比較すると、アフラトキシンでは2.5×10のマイナス2乗の発がんリスクが、検出されないと「安心」とされ、放射性ヨウ素7.7×10のマイナス7乗のリスクは、アフラトキシンよりはるかに小さいのに、「絶対に許されない」とみなされる、と畝山さんは指摘する。

“物差し”で比較して、規制とコミュニケーションを行う

 これらは、多くの仮定を置いた計算なので、「この食品でがんになる確率はこれだけ。○mSv相当」などと明確にできるようなたぐいのものではない。畝山さんも繰り返し「仮定の計算なので、現実にがんになる確率だとは考えないこと」と書いている。畝山さんが訴えるのはおそらく、少々の無理は承知で一定の「約束事」に基づいて数字を出し比較する作業が必要だ、ということだ。

 また、暴露マージン(MOE)などによる比較手法も紹介している。つまりは、さまざまな「物差し」を用いてリスクを比べ、規制の優先順位付けをすることと、リスクコミュニケーションを行うことの重要性を示しているのだ。

 これはまさに、私が待っていたものである。思い切った仮定があり、無理もある。だから、食品の研究者はこれまで示してくれなかった。細部の科学的正しさに固執してきた科学者は、これができない。だから、食品安全委員会のリスク評価書のように、細部に間違いはないがなんの役にも立たない、ということになる。
 「リスク管理」に役立てるための「リスク評価」であるべき、という視点から、畝山さんは、細かな批判は覚悟のうえで大きな1歩を踏み出し、リスクの比較をしてくれた。

 書籍の後半では、食品安全情報食品安全情報ブログでこれまで発信して来た情報の中から、食中毒やサプリメントなどさまざまな食品のハザードとリスクを取り上げ、解説している。

 書籍を読み通してわかるのは、食品のリスクは数多く、放射線リスクはほかのリスクに比べて飛び抜けて大きいものではない、ということ。畝山さんは放射線に対する世間の動きを「初心者の恐怖」状態とみる。「医学や毒性学のような学問を学ぶと、初心者のうちは世の中にはこんなにたくさんの病気や有害物質があるのだということを知って怖くなります。でもさらに多くのことを知ると、相場感が身に付いて来てある程度冷静に判断できるようになります」。
 今、必要なのは冷静な判断力。相場感を身に付けるための必読の1冊だ。

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