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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

放射性物質の新規制値、下げればいいのか?

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2011年12月1日

 厚労省の薬事・食品衛生審議会「食品衛生分科会放射性物質対策部会」が11月24日開かれ、新しい規制値について議論されました。主な内容は新聞やテレビ等でも報じられているのですが、極めて重要な審議内容がマスメディアでは伝えられていません。
11月24日会合資料

 今回合意した主な内容は次の通り。

(1) 規制値を検討する際には、暫定規制値の時に行われた成人、幼児、乳児という区分で検討し最小値に近い数値を全年齢に適用する方法をさらに、きめ細かくする。具体的には1歳未満/1〜6歳/7〜12歳/13〜18歳/19歳以上——の5つの年齢区分で評価し、さらに男女別でも評価のうえで、厳しい限度値を全年齢に対する規制値として適用する。

(2) 規制値を設定する核種については、半減期1年以上の核種全体とし、放射性セシウムと一括した規制値を設ける。規制値における放射性セシウムの寄与率は成人で88%とする。

(3) 食品区分については、現行の飲料水/牛乳・乳製品/野菜類/穀類/肉・卵・魚・その他——の5区分から、一般食品/飲料水/乳児用食品/牛乳——の4区分とする。

 食品区分については、事務局が、まず食品全体を「一般食品」として一括りにするメリットとして、コーデックス委員会などと同じ考え方であることや、国民にとってわかりやすいことなどを挙げました。そのうえで特別な配慮が必要として、摂取量が大きい飲料水/子どもの方が成人よりも感受性が高いという指摘を踏まえて乳児用食品/摂取量の年齢差が大きい牛乳——の3区分を別に設けることを説明し、了承されました。

 委員からは「乳児用食品という区分を設けると、『一般食品を子どもに食べさせてはいけないのか』という誤解を産むかもしれない。一般食品も乳児について考慮されていることを、市民にきちんと伝えるべき」「粉ミルクやフォローアップミルクは、乳児が集中して飲むものなので特に注意が必要ということ。ほかのものにまで誤解を生じないようにしなければ」という趣旨の意見が出ました。

 このあたりまでが、マスメディアで報道されたことでしょう。でも実は、今回の会合で、新しい規制値についての極めて重要な指摘が委員から出ていたのです。
意見を出したのは、山口一郎・国立保健医療科学院主任研究官です。

 山口委員は次のように発言しました。
 「規制値の決定は、放射線リスクの防護においては『最適化』に相当するもの。被災地の生産者と消費者が合意し、ある種の食品、単価が高くてあまり食べない食品について『規制値を高くしてほしい』という要望があれば配慮してもよいのではないか」

 これに対して、部会長の山本茂樹・国立医薬品食品衛生研究所食品衛生管理部長は「日本全体で規制値は一つにしないと。ほとんど福島産、という食生活の場合の線量も推定されているとは思うが、そこだけ特出しして規制値を設けるのは難しいと思うが、ほかの委員の方のご意見はどうでしょうか」と発言しました。これを受けて、阿南久・全国消費者団体連絡会事務局長も「汚染が比較的高い福島だけ規制値を高くするのは、いけないでしょう。福島県でも、子どもを持つ人の中には地元のものを食べない、と言っている人がいる」と述べました。

 結局、山口委員は「地域を限って規制値を設けるという意味ではありません。そうではなく国内共通で『単価が高く少量摂取のものは、規制値が高くてもいい』という意見があれば、配慮すべきではないか、ということです」と述べるに留めました。そして、山本部会長が「高くしても大丈夫と分かっていても、規制値を緩めるのは難しい」とまとめて、議論は終わってしまったのです。

 この問答の意味、分かりますか? 私から見れば、新規制値を決めるうえで極めて重要な議論が、あっという間に終わってしまった瞬間だったのです。

 少々解説しましょう。
 山口委員の発言は、国際放射線防護委員会(ICRP)の「放射線防護の最適化」という原則を踏まえたものです。「最適化」においては、経済的、社会的要因も考慮に入れたうえで、被ばくリスクを合理的に達成できるかぎり低く保つことが求められています。

 ICRPはパブリケーション111の中で、小児や妊婦、健康の優れない人々など特別に防護されることがふさわしい人々については、「一定種類の汚染レベルの高い食品の消費を避けたり減らしたりするよう助言するとよい」としています。

 同時に、「伝統の中に深く組み込まれているものや、共同体全体の経済にとって必要不可欠な地域産物を存続させるためにも、汚染基準を高めに定めてもよい」「汚染された食品の販売に対して制限を課すことによる地域経済の混乱、消費者の選択や汚染されていない食品の提供による市場占有率の喪失は、線量低減に有益という観点から正当化されてはならない」ということも書いているのです。
(ICRPのパブリケーション111は、日本アイソトープ協会のウェブサイトから暫定翻訳版をダウンロードできます)

 実際に、チェルノブイリ原発事故後、ノルウェーなどではトナカイ肉についてはほかの食品よりも高い規制値が設定されています。

 今回、「乳児用食品」の区分を設けるというのは、ICRPの言うところの特別に防護されることがふさわしい人々について考慮したものでしょう。ならば、後者の「基準を高めてもいいものも検討してよいのでは」というのが、山口委員の意見だったのではないでしょうか。

 私がとっさに思い出したのは「あんぽ柿」でした。福島県は現在、「あんぽ柿」と「干し柿」の両方の加工自粛を生産者に求めています。
 生の柿を乾燥させる工程があり、1kgあたりの放射性セシウムが500Bqを超える恐れがあるためです。福島の人たちに尋ねると、「あんぽ柿を1kgも食うヤツなんて、いねえよ」と言われますが、法律上は500Bqを超えればダメ。福島の人々にとって大切な味、産業ですが、今年は出荷されていません。

 あるいは、桃の事例もあります。この夏、暫定規制値を下回ったものが安値で飛ぶように売れる、という現象が実際にありました。消費者の中には、安ければ多少は放射性物質含量が高くても買う、という人もいます。それに、規制を厳しくすれば、規制値を上回って廃棄せざるを得ない食品が増えます。生産者への補償額も増えるでしょう。そのコストをだれが負担するのかも、重要な問題です。

 経済的、社会的影響も検討し、生産者と消費者の間で合意できれば、『この品目については高めの規制値で』というものがあってもいいのではないでしょうか。
 合意できれば消費者も、「気になる人は、子どもには食べさせない」「食べさせてもちょっぴり」、「でも、お年寄りはあまり気にせずお楽しみ」などと個々にリスク管理できるのです。

 厚労大臣が10月、新規制値について審議会に諮る前に、「許容できる線量を5mSvから1mSvに下げる」と言ってしまいましたし、24日の部会の議論を聞いても新規制値は厳しいものになることが予想されます。現行の5分の1の100Bq/kgなのか、10分の1の50Bq/kgなのか。いずれにせよ、あんぽ柿にとっては厳しい局面です(ただし、乾燥や濃縮などの加工については、次回検討されるとみられ、その時にあんぽ柿のようなケースは救済される可能性はあります)。ほかにも、このような伝統的な食品はいろいろとあるのではないでしょうか。

 新規制値が50Bq/kgなどということになれば、果樹栽培者などの中にも来年、生産を断念する人が出てくるものと思われます。生産者の「原発被害を乗り越え、農業をきちんと続けたい」という意思も尊重されるべきではないでしょうか。

 そして、これらの話の大前提として、現在の暫定規制値程度の食品でも、摂取量が少なく食べる回数が少なければ、食べるリスクは小さい、という事実があります(成人が、放射性セシウム137の数値が500Bq/kgの食品を1kg食べた場合の被ばく線量は0.007mSv程度)。それに、現状でも、食品の汚染の程度は極めて低くかなり多くの食品が検出限界未満であり、3月から約半年の食品摂取による内部被ばく線量も、ほとんどの人で低いと推定されています。
(同部会10月31日開催の会合資料)

 ならば、ICRPのパブリケーションにある通り、単価が高く摂取量の多くない食品については、“特別扱い”があってもいい。
 ところが、こんなに大事なことが具体的な議論に至らなかったのです。残念でなりません。委員たちがICRPの考え方を理解していないのか、知っていて「国民の誤解を招くから、そのようなことはしない方がいい」と判断したのか、理由はよく分かりません。

 実際に一部の食品に高い規制値が設定されたら、製造する食品の規制値を勘違いする零細業者が現れたり、個々の食品へ規制値を表示することを求める消費者が現れたりするなど、社会が大混乱になるおそれも否定できません。でも、そういうことも含めて管理の方法を議論したうえで決めることが大事でしょう。もう少し、きちんと議論してもらいたかった、と思います。

 消費者の意向は一つではありません。「とにかく規制値を下げて」という消費者もいます。しかし、「安いなら食べたい」あるいは「食べて被災地を応援したい」という人もいます。被災地に住む人たちの思いもさまざまです。

 それぞれがリスク管理をできるための情報が与えられ、しっかりと選択が可能になる制度になってほしい。消費者団体であるFOOCOMは、「拙速でいたずらに規制値を下げる方向には賛同できない。無理をして下げると、社会に混乱を招き、別のリスクを大きくするトレードオフ現象も起きる。食品を作ってくれている生産者の意思も汲み、みんなでリスクを負う『リスク管理』の仕組みを、社会で構築すべきだ」と考えています。

(有料会員向けメールマガジン11月24日付け第29号の記事を一部変更して掲載しました)

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