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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

明治の粉ミルク問題、「いじめ社会」は作っちゃいけない

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2011年12月8日

 (株)明治のフォローアップミルク「明治ステップ」(850g缶)の一部の製品から放射性セシウムが検出され、「取り替え」が6日から始まった。

明治のお知らせ

 乳業メーカーには問い合わせが相次いでいるそうで、マスメディアも大々的に取り上げている。不安に陥っている人も多いだろう。でも、誤解が誤解を呼んで「けしからん」になっている面もあるように思える。事実関係を整理しておきたい。

(1) 取り替え対象の「明治ステップ」は、フォローアップミルク

 テレビや新聞等では「乳児用粉ミルク」と表現されていることが多いようだが、粉ミルクには、母乳代替製品として位置づけられる「乳児用調製粉乳」と、生後9カ月頃からの乳幼児期に合わせて、離乳食からではとりにくい鉄分やカルシウム、ビタミンなどを配合した「フォローアップミルク」の2種類がある。

 今回の取り替え対象はフォローアップミルクで、母乳を代替する製品ではない。母乳や「乳児用調整粉乳」を飲ませつつ離乳食、牛乳などへと移行し、フォローアップミルクは飲ませない、というお母さんも多い。
 細かいことだが、こうした事実をおろそかにしたまま「赤ちゃんに欠かせない」などと表現するメディア、ブログ、twitterなどの書き込みは、そのほかの事実把握もいい加減な傾向があるので、要注意だ。

(2)法律違反ではない

 明治によれば、検出されたのは埼玉工場で製造された賞味期限が2012年10月の一部の製品。検出数値は、22〜31Bq/kg。牛乳・乳製品の暫定規制値は200Bq/kgなので、法律違反ではなく、回収義務もない。明治の自主的判断で、「取り替え」に至った。

(3)放射性セシウムの摂取量はどれくらい

 今回、もっとも大きかった検出数値は31Bq/kg。ステップは、水に28gを溶かして200mlに調整するので、200mlを飲む場合の放射性セシウムの摂取量は、0.87Bqだ。

 フォローアップミルクを飲む量は、離乳食への以降が進んでいるかどうかによって違い、通常は1日に400〜700ml程度飲むものとされている。したがって、問題の製品を飲んだときの1日の放射性セシウム摂取量は、1.74〜3.04Bqである。

(4)リスクは大きいか、小さいか

 これがどの程度のリスクであるかは、摂取するベクレル数に実効線量係数をかけて預託実効線量を算出することで、おおよそ把握できる。実効線量係数は0〜1歳でセシウム134が2.6×10マイナス5乗(mSv/Bq)、セシウム137が2.1×10マイナス5乗(mSv/Bq)。

 今回の製品に含まれていた放射性セシウムの最大量は31Bq/kg、内訳はセシウム134が14.3Bq/kg、セシウム137が16.5Bq/kgである。これらから計算すると、ステップを溶かした200mlのミルクを飲んだ時の預託実効線量は、2×10マイナス5乗mSv=0.02μSv。1日に400〜700ml飲んだときの預託実効線量は、0.04μSv〜0.07μSvである。

 預託実効線量は、1回体に取り込んだ放射性物質が、その後の生涯で及ぼす線量を積算した数値だが、食品の規制においては、この線量をその時にすぐに被ばくすると想定して対策をとる。そうすれば、より安全側にたった対策を講じることができるからだ。

 したがって、今回も、200mlを飲んでその時に0.02μSvを被ばくすると考えよう。ステップ850g1缶で200mlのミルクを約30杯作ることができる。1缶購入して飲ませ続けた時の被ばく線量は、0.6μSv、ステップを4缶買いだめし、そのすべてが「取り替え」対象製品であったとして、4缶を飲み尽くした時の被ばく線量は計2.4μSvである。
(独立行政法人放射線医学総合研究所が、Q&A のQ57で詳しく解説しているほか、日本産科婦人科学会も説明している)

 さて、このリスクは大きいか、小さいか? これは主観によって受け止め方が違う。だが、国の平時の一般公衆の年間線量限度は1mSv。4缶を飲んだときの被ばく線量は、この0.24%である。この割合は非常に低いと言ってよいのではないか。

(5)なぜ、汚染は起きたのか、事前防止できなかったのか

 製品の原料は外国産と北海道産。明治は、熱風乾燥させた時に取り込んだ外気に放射性セシウムが含まれていたのではないか、と説明している。原発事故直後の製品にこうしたリスクがあることは、今となっては理解できるが、地震と原発事故直後の混乱と放射性物質に対する知識不足の中で企業の対応が甘くなったことは、容易に想像できる。

 それに、「出た」といっても暫定規制値を大きく下回っている。「なぜ早く対応しなかったのか」と非難するマスメディアが多いが、「評論家の後だしジャンケン」のように私には見える。

 明治は、自主検査をしたNPOから「放射性セシウムが含まれているのではないか」という指摘を受けてしばらく検討した末に、公表したという。法律違反ではなく健康リスクという点でも事実上問題とならない中で、公表すべきか、取り替えをすべきかどうか、社内でももめたのではないか。結局、NPOやマスメディアに「情報隠し」と追求される前に動いた「危機管理」の結果が、今回の取り替え措置だろう。明治は、ほかの粉ミルク製品について検査しており、問題のある数値は出ていない。

 ただ、こうしたことが1社で起きるなら、ほかの熱風乾燥製品も心配になる。ミルクを製造している各社はそれぞれ、プレスリリースを出している。
雪印メグミルク
ビーンスターク・スノー
森永乳業
和光堂

 粉ミルク以外の食品の中にも熱風乾燥製品はあるだろうが、乳児のミルクと異なりほかの食品では、その摂取量が1日の食事に占める割合は少ない。したがって、健康上のリスクは心配する必要がない、と私は思う。

(6)明治製品の店頭撤去は適切?

 この問題を受けて、薬局などの中にはステップだけでなく、明治の乳児用調製粉乳・母乳代替食品である「ほほえみ」などすべての製品を店頭から撤去する動きが出ているそうだ。これは適切とは言えない、と私は考える。
 ステップは離乳期に飲む、必須とは言えない食品。でも、ほほえみは母乳が出ない母親と乳児にとっては必須の食品だ。しかも、明治の粉ミルクの市場シェアは4割に上るという。

 法律違反ではなくとも、リスクが高く企業の道義的責任も重い、となると、撤去もありうる。しかし、今回のようにリスクが小さく、しかも企業が積極的に情報公開をしたのに、「店頭からの撤去」という過酷な社会的制裁を加え、母乳を代替する重要な食品まで消えては、消費者は混乱する。これまで明治の製品を利用してきた人たちに、無用の不安を与えることになる。
 薬局の薬剤師は、まずは科学的な「リスク」という観点から、客にきちんと説明する義務があるのではないか。

(7)リスクの大きさを明確に伝えず「安心がほしい」 というマスメディア

 新聞やテレビなどは、厚労省などの「健康影響はない」というコメントを紹介するのみで、預託実効線量などをきちんと説明していない。安全性について消費者の理解を深めようとする努力のないまま、「安心がほしい」と主張するのは、やっぱり報道機関として無責任だ。
(NHKニュース西日本新聞社説など)

(8)過度の社会的制裁は、次の不正を産む

 明治には、今回の汚染と自社での検査でこの問題を把握できなかった原因について、しっかりと調査して公表してほしい、と願う。だが、店頭からの撤去や不買運動など過度の社会的制裁は、むしろ逆効果だ。法律違反ではないのに、ある意味誠実に対応した企業を “いじめる”社会になってしまっては、別の問題が他社で見つかった時に「いじめられたら困る」という気分を産んでしまう。問題隠し、不正隠しにもつながりかねない。

 市民、マスメディアがこぞって「いじめ社会」を作ってはいけない。落ち着いた対応がむしろ、社会におけるリスクの低減につながるはずだ。

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