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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

放射性物質 新基準値案はどう設定された?

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2012年1月13日

 食品中の放射性物質の新基準値についてのパブリックコメントが6日、始まった。

 今回の新基準値案は、極めて問題が大きいものだと、私は認識している。
 そもそも、厚労大臣が審議会での審議に入る前に、新基準値算出の基となる「介入線量限度」を決めてしまった。さらに、厚労省の審議会でまとまった案については、文科省の「放射線審議会」への諮問と答申が必要だ。放射線審議会の審議は、新基準値の科学的根拠などを巡って委員から疑義が出されており、今後の検討は長引くとみられる。

 だが、最初から「4月施行」が決められており、厚労省はパブリックコメントを開始し、WTOに13日に通報し、来週16日からはリスクコミュニケーションもはじめるのだ。

 順番がメチャクチャである。放射線審議会を「御用学者」と揶揄する見方もあるが、審議の内容を見る限り、それは色眼鏡が過ぎる。委員の科学的な質問に、厚労省側がしっかりと答えられない事態に陥っている。

 これから、新基準値案について、いろいろと書いて行かねば、と考えているが、その前に、まずは厚労省の新基準案がどんなものなのか、解説しておきたい。

 審議会で新案が了承された翌日の昨年12月23日、FOOCOMの有料会員向けのメールマガジンで、内容をかいつまんで解説しているので、それを転載する。

……………………………………………………………………
 厚労省の薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会放射性物質対策部会が22日開かれ、新しい基準値案が了承されました。

 私は、とある会議に出席しており傍聴できなかったのですが、傍聴した方にお聞きすると、事務局が説明を行い比較的スムーズに了承されたとか。
 資料によれば、放射性セシウムの新しい基準値は、一般食品が100Bq/kg、飲料水10Bq/kg、乳児用食品50Bq/kg、牛乳50Bq/kgです。トータルでの介入線量レベル(意訳すると、『ここまではがまんしましょう。これ以上になりそうなら、介入して対処しますよ』という数字)をこれまでの年間5mSvから1mSvとし、まず飲料水について、「すべての人が摂取し代替がきかず、摂取量が大きい」として、WHO飲料水水質ガイドラインのガイダンスレベルである10Bq/kgを採用しています。そして、この飲料水分を引いた線量を、ほかの食品に割り当て、年齢別、男女別の摂取量と実効線量係数から、限度量を算出しています。

 牛乳と乳児用食品(乳児用調整粉乳やフォローアップミルク、ベビーフード等)以外の一般食品については、流通する食品の汚染割合はこれまでと同じ50%であるとして仮定して計算し、その最小値を下回るきりのよい数字である100Bq/kgを、新基準値としています。
 この計算は、乳幼児についても行われていますので、乳幼児もこの一般食品を食べてまったく構わない、というわけです。

 また、牛乳と乳児用食品については、市場で流通する食品の汚染割合を、より安全側に立って100%と仮定して計算し、100Bq/kgの半分の50Bq/kgという数値を基準値としました。

 汚染された食品の流通割合が50%や100%になることは、汚染の実態から考えても食料自給の状態から見てもあり得ません。したがって、今回の基準値はすさまじく「安全寄り」の考え方に立って設定された、極めて厳しいものである、と言ってよいと思います。
 そのほか、乾燥加工食品については「食べる状態」の数値が基準値を超えるかどうかで判断することなどが示されました。

 さて、これを消費者はどう受け止めるでしょうか。
 地元紙「福島民友」は歓迎する声を伝える一方で、「これまでの基準値は果たして安全だったのか」という疑問が出ていることを伝えています。

 これまでの年間5mSvという、現実的ながまんのための「介入線量レベル」を、わずか1年後に1mSvにできる、という事実は、食品の管理がうまくいっている証しであり、歓迎すべきことであり、消費者が汚染を下げるべく努力している生産者や企業に対して感謝してよいことです。しかし、残念ながら、「介入線量」という考え方が消費者にはあまり理解されていません。

 私はこの問題について既にコラムで「がまん基準としての暫定規制値」として書いています。
 その時に書いた懸念がまさに起きそうな雲行きです。
 そして、「これまでのものは安全ではなく、新しいものが安全」という誤解を消費者が抱くと、今回の新基準値の経過措置も大混乱を招く可能性があります。

 資料によれば、あらたな基準値への移行に際して、市場で混乱が生じないように、経過措置が設定されます。一般的な原料については3月末まで暫定規制値が適用され、4月からすべて新基準値となります。しかし、賞味期限を設定する加工食品については、3月末まで製造する製品は、それ以降も賞味期限まで暫定規制値の適用が許されるのです。
 また、コメや牛肉は2012年9月末まで暫定規制値で運用され、10月以降は新基準値を適用されます。そして、9月末までに加工され賞味期限が設定される製品については、やはりそれ以降、賞味期限まで暫定規制値の適用が許されます。

 さらに、ダイズについては2012年12月末までが暫定規制値、13年1月から新基準値であり、12年12月末までに製造する加工食品については、賞味期限まで暫定規制値が適用されます。
 消費者の誤解を避け4月からの混乱を防ぐために、企業は前倒ししてすぐに、新基準値での商品生産管理を始めざるを得ないでしょう。それが、特定の産地外しにつながらないようにしてほしいものです。

 これまでの暫定規制値による規制であっても、汚染の程度は低く、モニタリング検査の結果から見ても、さまざまな調査結果から見ても放射性物質の摂取量はわずかであることが分かっています。その実態を踏まえれば、暫定規制値から新基準値への変更は、消費者の被るリスクの大きな低減にはつながりません。
そのことを、明確に消費者に伝えなければならないのですが、果たしてうまくいくかどうか。

 そして、新基準値の陰で、多くの生産者が本来の暮らしに戻る時期を先延ばしされたことも、消費者に伝えなければなりません。福島県の沿岸部の水産物はモニタリング検査で比較的高い数値を示しています。沿岸漁業の再開は遠のきました。また、100Bq/kgという厳しい新基準値をクリアするため、農業者の作付け制限はさらに厳しくなることを余儀なくされます。
 「安全になる」という歓迎ムードだけではない事実をしっかりと伝えて行かなければなりません。

(有料会員向けメールマガジン第33号の一部を改変し、掲載しました)

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