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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

新基準は容認できない! 放射線審議会は「コープふくしま」の声をどう聞いたか

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2012年1月17日

 「新基準が施行されれば広範な田畑が作付け制限を受けることは必至です。福島の農業が壊滅的打撃をうけることになる。これは、豊かな農業県でもある福島復興の道を閉ざすことに等しいです。福島に生き生活するものとしてとうてい容認できません」

 12日午前、文部科学省で開かれた放射線審議会第122回会合で、こう発言したのはコープふくしまの佐藤 理・理事である。消費者(組合員)が出資し運営にも加わる「生活協同組合」が、厚労省の審議会でまとめられた食品中の放射性物質の新基準値案を、激烈に批判した。この事実は、非常に重い。ところが、マスメディアは日本農業新聞を除き、報じていないのだ。やっぱり、マスメディアは大きく歪んでいるのだなあ、としみじみ思わざるを得ない。私はFoocom有料会員には放射線審議会当日、メールマガジンでコープふくしまの「声」を伝えた。ウェブサイトでも、ご紹介したい。

 新基準値案は、厚労省の審議会の10月31日から12月22日まで、わずか3回の審議であっという間にまとまり、4月の施行を目指して既にパブリックコメントも始まっている。

 だが、新基準施行には、放射線審議会の了承が必要である。昨年12月27日の121回会合で諮問が行われたが、多くの委員が激怒し大荒れだったようだ。既に議事録も出ているが、委員たちは、安易に「安全サイド」の基準を設定すると多くの弊害が出てくるのではないか、と懸念している。
 そして、翌122回の放射線審議会でのコープふくしま理事の意見もまさに、新基準施行が今後、どれほど福島を苦しめることになるかを予測する悲痛なものだった。

 佐藤理事は、これまでの生協の取り組みとして、除染活動を地道にやってきたことや、生協として食事の陰膳調査に取り組んでいることを報告した。
 陰膳調査とは、実際の食事と同じものを調べて摂取量を測定するもの。コープふくしまは、生協組合員から希望家族を募り、各家庭の実際の食事を家族人数より1人分多く作ってもらい、2日間6食分を均一に撹拌してそのうちの1kgを試料とした。

 その結果、現在までに測定が終了した27家族の食事の中で、放射性セシウムが検出限界の1Bq/kgを超えたのは4家族しかなく、最高値も11.7Bq/kg(セシウム134が5Bq/kg、セシウム137が6.7Bq/kg)だった。佐藤理事は、その被ばくの程度は放射性カリウムの変動の範囲内だと説明した。

 佐藤理事はさらに、京都大学の調査でも極めて低い数値しか検出されていないことなどを付け加え、「現行でも、内部被ばく線量が著しく増加する状態にはありません。現在の暫定規制値を改訂する合理的理由はまったくない」と述べた。そのうえで、冒頭の言葉となった。

 なぜ、コープふくしまは「新基準が施行されれば、作付け制限が進み、福島の農業は壊滅的な打撃を被る」と見るのか?
 昨年、放射性セシウムが5000Bq/kgを上回る田んぼでは、作付け制限が講じられた。これにより、暫定規制値(500Bq/kg)を超えるコメ(玄米)は出ないだろう、と研究者も農業関係者も信じていた。実際にほとんどの田んぼで暫定規制値を大きく下回り、移行の割合は0.1(1割)をうんと下回った。ところが、ごく一部は暫定規制値を超えてしまった。特殊な条件が重なったとみられるが、まだ明確ではない。

 新基準値として100Bw/kgを施行し、昨年に準じた考え方をすると、1000Bq/kgを上回る田んぼでは作付けできない。つまりは、原発周辺区域だけでなく、伊達市や福島市あたりから西郷村まで、いわゆる「中通り」の広範囲な区域にも疑問符がつくことになる。

 農水省が、昨年と同じ考え方で稲作の作付け制限することはないだろう。放射性セシウム含量が高くなる地理的条件や栽培条件をもっと細かく整理するはずで、土壌の数値1000Bq/kgで一律に線引きすることは考えにくい。
 だが、作付け制限に引っ掛からなくとも、今年のように思いがけなく新基準値を上回ることもありうるのでは、と生産者は怯えながら栽培することになる。

 できたコメすべてを検査できればよいが、100Bq/kgを下回るコメであることを検査で保証するとなると、測定できる分析装置は減り、1検体ごとの検査に要する時間が大きく延びる。1検体20分〜30分程度の測定時間を要すると指摘する人もいる。生産されたコメ全袋をそうやって検査するのは無理である。
 そうなれば、流通にとって「基準値超え」を防ぐ手段は、「放射性セシウムの濃度が少しでも高い地域のコメは扱わない」である。流通側にすれば、代替するコメはたくさんある。困るのはひたすら、福島や周辺の生産者だ。

 コメは一事例である。昨年、果実類で100Bq/kgを超える検査結果が出たものがある。これらの果樹農家は今年、不安に怯えながら栽培することになる。また、昨年は生産を見送った福島県の特産品「あんぽ柿」を今年、作れるかどうかも見通せない。

 そして、これがなによりも重要なことだが、新基準値施行によって、警戒区域や計画的避難区域、その周辺の昨年、自主的に作付けを見送った地域の人たち、つまりもっとも大きな被害を受け、精神的な苦痛も被った人々の農業再開、本来の暮らしを取り戻す日々が、さらに遠のいてしまう。

 コープふくしまの佐藤理事は「新基準は、福島の農家に農業を続けるな、と言っているに等しい」と指摘した。さらに、「新基準値になってしまうと、農業者のやる気をそぐことになる。補償金では購えません。作らなくてもお金が入ると、心の荒廃が進む」と訴えた。

 その後の審議では、委員から新基準値案の科学的妥当性について、厚労省に対する質問や意見が相次いだ。佐藤理事が指摘した通り、これまでの内部被ばく調査でも、問題がない。それなのになぜ、100Bq/kgにするのか、算出方法や、計算に用いた数値について、細かい質問が出たが、厚労省の担当者は繰り返し「安全寄りの判断」と言うばかりで、明快な説明をできなかった。

 丹羽太貫・放射線審議会会長は、「消費者と作る方、流通が頑張って努力しているから、コープの結果があるし、ほかのところのホールボディカウンターによる調査でも、数値は低く抑えられている」と、実態を総括した。そのうえで、「今回の案は、実績が十分に取り入れられているのか? 」と疑問を呈した。委員からも「なにもかも安全側ではなく、実態に即した値にしないと」との発言が出た。

 この放射線審議会について「原子力ムラが……」などと言っている人もいるようだ。しかし、そう見てはいけないだろう。なにより、科学的根拠を問う質問に対して、厚労省はきちんと答えられないでいる。

 本来、リスク管理機関である厚労省の審議会が、科学的精査はもとより、福島の関係者の話を聞き、新基準の実行可能性を左右する検査体制について検討し、新基準値によりどの程度のコストが余分にかかり、どれくらいの量の食品を廃棄せざるをえず、その結果、リスクをどれほどの大きさ低減できるか、という費用対効果の議論をすべきだった。

 国も自治体も財政状態は非常に厳しい。外部被ばくを軽減するための除染や瓦礫の処分に莫大な費用を要することは目に見えている。したがって、リスク低減の費用対効果の検証が不可欠である。
 ところが、厚労省はそのような議論をすべてすっ飛ばして、「安全と安心のために」という名目で新基準値を設定すると説明し、審議会を終えてしまった。

 面白いことに、文科省の審議会が今、科学的な検討や検査の実行可能性なども含めた総合的な議論をしている。これは、厚労省の弱体化の表れかもしれない。あるいは、最初に「介入線量限度を、年間5mSvから1mSvにする」と宣言してしまった政治家に逆らえない、という組織の宿命なのか。そういえば、BSE問題で意味のない全頭検査を始めたのも、今回とは政党は違えど政治家の意向の反映であり、消費者団体の感情的な「検査を」という要望に応えたものであったことをふと、思い出した。

 コープふくしまも、市民や組合員から「私たちに、被ばくしろと言うのか」という批判があることも承知のうえで、覚悟を持って意見表明に踏み切ったのだと思う。多くの消費者には、単に生協が生産者の代弁をしているだけのように見えるかもしれない。だが、そうではない。

 コープふくしまは、野中俊吉専務理事も日本農業新聞の1月12日付紙面でインタビューに答えて新基準値に反対し「消費者にとってのメリットは実はない」と答えている。「放射性物質は、ない方が良いに決まっている。消費者の安心を得るためには見直しが必要だという議論なのかもしれない。しかし、日本の放射線防護の基本的な考え方は、現存被ばく状況にある地域で経済活動を成立させ、住み続けられることを実現することのはずだ」と野中専門理事はインタビューで述べ、放射線審議会で佐藤理事も強調した。

 コープふくしまの姿勢、これらの言葉がなぜ発せられたのかを理解するには、国際放射線防護委員会(ICRP)の「現存被ばく状況」の位置づけや、1986年に起きたチェルノブイリ原発事故後の状況についての情報が必要だと思う。次回、これらのことについて解説したい。

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