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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

消費者の安心のための新基準値でよいのか?

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2012年1月20日

 コープふくしまは文部科学省の放射線審議会などで新基準値案に反対し、「消費者にとってのメリットは実はない」と主張している(前回のコラム参照を)。厚労省も、現状でも消費者の被ばく線量が非常に低く、新基準値施行によって大きくは下がらないと認め、「安心」を強調している。
 消費者の安心と引き換えに地域経済が壊滅的な打撃を被ってはならない、というのがコープふくしまの主張だろう。その背景には、国際放射線防護委員会(ICRP)の「現存被ばく状況」の位置づけがあり、1986年に起きたチェルノブイリ原発事故の教訓がある。

 まずは、新基準値施行が、消費者のリスクの大きな低減に結びつかないという“事実”を説明しよう。昨年12月22日にまとまった薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会放射性物質対策部会報告書によれば、暫定規制値を継続した場合の被ばく線量の推計値は、中央値濃度の人で0.051mSv/年である。一方、新基準値にした場合には0.043mSv。いずれも低いが、新基準値にしても0.008mSv/年の低減にしかならない(パブリックコメント資料より)。
 日本人は年間で放射性カリウムなど自然の放射性物質を0.41mSv摂取しているとされている。それと比較すると、現状であっても放射性セシウムの摂取量は十分に低く、0.008mSvの低減に実質的な意味はないことがわかる。

 被害の特に大きな福島県であっても、放射性セシウムの摂取量が多くはない、ということは、厚労省やコープふくしま、京都大学などの調査で推測される数値を元に前回、説明した。朝日新聞も19日、同社と京都大学による共同調査結果を発表した。こちらも、十分に低い。

 モニタリング検査結果(これも、パブリックコメントの資料にある)では、福島県の暫定規制値超えや新基準値超えの割合はほかの地域に比べて高い。だが、10〜11月のその内訳をよく見ると、高いのはキノコ類や魚介類、一部の果実類である。野生のキノコ類は出荷規制がかかっており、魚介類についても、同県では沿岸漁業や底引き網漁業は地震以降、操業を再開できていない。これらは、検査のために採取され測定されている。果実類も高いクリやユズなどには規制がかかっている。つまり、高めの数値が出る食品は、検査結果としては出ても消費者、住民の口には入りにくい。

 「自家製の野菜やコメ、山で穫れた山菜やキノコを、気にせずどんどん食べている人がいるはずだ」と主張する向きがある。私の取材の感触では、たしかにそうした人もいることは否定できないが、放射線のリスク、食品の内部被ばくの影響については、さすがに福島の方々の理解は深い。情報が他地域とは比較にならないくらい提供されている。野生のキノコ類や、生産自粛されたあんぽ柿などについてお年寄りたちが、「ちょっと食べるくらいなら、どうということもないはずなのに」と文句を言っている。自家米についても、「うちは山に囲まれているからちょっと線量高いかも。でも年寄りばかりだからいいか」などと話している。

 そうしたことを考えると、大人数が地産地消で大きな内部被ばくをしているとは考えにくく、個々に自分の判断で食べているのではないか、と思う。日本人の知的水準、福島の人たちの判断力をバカにしてはいけないだろう。

 ちなみに、厚労省審議会の放射性物質対策部会作業グループが、3月から8月までのモニタリング検査結果を元に、90パーセンタイル濃度の食品を継続して摂取していた場合の年間推計を出しているが、それでも0.244mSvである(厚労省審議会資料)。3月から8月という汚染度の高い時期の90パーセントタイル濃度を食べ続ける、ということは、現実にはあり得ない。そうであってもこの数字に留まっている、ということは考慮に入れていいはずだ。

 福島農業が壊滅的な打撃を受けたって、補償金を貰えるからいいではないか? という指摘もある。だが、福島で取材をして感じるのは、農業をしたい、漁業をしたい、平穏な元の暮らしを取り戻したい、という強い願いである。
そして、否が応でも思い出さざるを得ないのが、チェルノブイリの教訓だ。

 国際原子力機構(IAEA)や世界保健機関(WHO)など多くの国際機関、ベラルーシやウクライナなどの政府機関が加わって、「チェルノブイリフォーラム報告書」がまとめられ、2006年に発行されている。健康影響や経済、環境などさまざまな角度から記述されているが、個人の生活や精神面への影響も比較的詳しく触れられている。

 チェルノブイリ原発事故後、さまざまな規制が講じられ、強制移住や生活の制限も行われた。その結果、仕事の変更や生活の激変などに見舞われた人たちの多くが精神的に大きな打撃を受け、タバコや酒に逃げ込んだ。放射線リスクは軽減されても、人としての暮らしや尊厳を奪われ、別の健康リスクを被ってしまったのだ。
 また、国による補償が逆に個人の依存心を招き、地域の復興をさまたげる面もあったことが、報告書では述べられている。

 放射線リスクだけを下げることに尽力してもダメで、人の心や地域経済にも十分に配慮しなければならないことを、チェルノブイリ原発事故は明確に示している。だからこそ、国際放射線防護委員会(ICRP)は事故直後などの「緊急時被ばく状況」と平常時の「計画被ばく状況」のほか、復旧期の「現存被ばく状況」という区分けをしている。現存被ばく状況についてICRPは放射線リスクだけでなく、経済的、社会的、文化的な諸事情についても検討し、バランスのよい判断をするように求めている。
(ICRPの考え方については、放射線審議会の以前の資料にまとめられている)

 福島も地域によって、放射線リスクはさまざまである。当然、個人によって対応も判断もいろいろ。食品による内部被ばくや環境中にある放射性物質による外部被ばく、それに、タバコや運動不足等の健康リスクを検討し、さらには仕事を続けられるか、家族で暮らせるか、心やすらかに生きられるか、多くの事象の総合的な判断として、福島を出た人もいるし、そのまま暮らし復興して行こうとする人もいる。

 個々の判断を尊重しなければいけない。そして、支援しなければいけない。ならば、産業再生の妨げを、大きな被害を受けなかった者たちの「安心」のためにしてはならないのではないか?

 一昨日、昨日と、私は福島県にいて、農業者の話を聞いた。新基準値案の影響はもう、いろいろなところに出始めているようだ。
 何人もの人が言ったのは、「500から100下げても、気にする人は安心しない。500から100にしたのなら、次はゼロだ、となるはず」というものだ。実際に、大手食品メーカーに「もう、福島のコメは使えない」と言われ、今年の契約を切られるかも、という生産者が出て来ている。

 昨年は、原発事故直後だったが契約は切られなかった。今年の方が放射性セシウムの量は少ないと予想されるのに、「使えない」と言われる。ゼロ志向の消費者に商品を測定されて、小さな数字であっても検出され騒がれるリスクを、大手食品メーカーは考慮に入れざるを得ない。「福島切り」がはじまっている。

 新基準値案に対する福島の人たちの判断も個々に違う。コープふくしまに賛同する人たちばかりではない。新基準値案大歓迎の人もいて当然だ。そんな渦中の住民の意見に耳を傾け、意見を反映させるべきなのに、厚労省はいっさいそういう場を設けず、審議会のわずか3回の会合で案をまとめてしまった。
 案に対する是非を考える以前に、その傲慢さが納得できない。申し訳ない。耐え難い。こんな社会でよいのだろうか?

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