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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

縦割り行政と硬直化した法体系浮き彫り 放射線審議会・答申案

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2012年2月7日

 納得できない!
 2月2日に開かれ放射線審議会第125回会合終了後、知り合いの委員の席に駆け寄り、思わず言ってしまいました(会合の配布資料)
 この日は、水道と食品の新基準値案が諮問されて5回目の会合。事務局が答申案を出してきましたが、文言を巡りさまざまな意見が出てまとまらず、継続審議となりました。細かい文言修正に手間取っている、と見たメディア関係者も多かったようですが、そこは本質ではありません。

 縦割り行政と硬直化した法体系の中で、現実がこぼれ落ちて行こうとしている、というのが私の印象です。だから、納得できないと叫んでしまった。そして、私の気持ちは、多くの委員の方々の気持ちではないか、と思うのです。

●厚労省の新基準値案を了承するが、意見

 文科省事務局の答申案は、水道水についても食品についても「放射線障害防止の技術的基準に関する法律に定める基本方針の観点から、技術的基準として策定することは差し支えない」としています。諮問された案を了承する、という意味です。さらに、検査体制の整備を求めています。

 ただし、食品にはその後に、2ページにわたる別紙が付きます。別紙の内容は「1.防護の最適化及び利害関係者の意見の考慮について」として、現状でも被ばく線量は小さく、新たな規制値の設定が放射線防護の効果をさらに高める手段になるとは考えにくいこと、年間1mSvを管理目標とすることに異論はないが、食品の基準濃度を決めるにあたって、実態に比して大きいと考えられる汚染割合を仮定していること、子どもに対する過度の安全尤度に立った設定をしていることを述べています。

 さらに、「2.乳児用食品及び牛乳の基準値について」で、特別な規格基準を設けなくても子どもへの配慮は既に十分なされていることを説明しています。50Bq/kgという低放射能濃度を測定対象にすることに伴い、必要な検査制度及び件数の確保が困難となることによって基準値を超えた食品が市場に出回ることに繋がらないよう、適切な検査体制を整備・強化することが重要、としています。

 つまり、「厚労省案を了承するけれども、いろいろと問題があるよ、と意見する」という体裁です。

 これまでの審議会の委員の発言内容のほとんどは「新案には問題がある」というものなので、一人の委員から「答申は、差し支えない、ではなく、問題がある、とするべきだ」という意見が出ました。
 これに対して、文科省の事務局が、諮問と答申の法的根拠を説明しました。放射線審議会は「放射線障害防止の技術的基準に関する法律」に基づき設置されていますが、法律に定める基本方針は「放射線を発生する物を取り扱う従事者と一般国民の受ける放射線の線量を放射線障害を及ぼすおそれのない線量以下にすること」と定められているのです。

 審議会のこれまでの議論は主に「過度に安全寄りに立った基準値にすると、弊害が起きるのではないか、社会的な混乱を招くのではないか」というもので、放射線防護における「最適化」という言葉に基づくものです。国際放射線防護委員会の定義する「放射線防護の最適化」においては、放射線の人体へのリスクと共に、経済的及び社会的要因も考慮に入れたうえで、被ばく線量を合理的に達成できるかぎり低く保つ、となっています。その考えに沿って、委員はさまざまな質問を厚労省の担当者にぶつけてきました。

 しかし、放射線審議会が諮問されているのは、法的には放射線障害をおよぼすおそれのない線量であるかどうか、ということだけ。そして、たしかに新基準値案はこの点においては、まったく問題ありません。

 事務局は「最適化等について議論はあるが、それを基に『妥当でない』というのは難しい。そういう法律になっているわけですから」と説明しました。

 また、審議会の丹羽太貫会長自身が、500Bq/kgから100Bq/kgや50Bq/kgへと基準値が厳しくなることで社会の誤解が拡大することに懸念を表明し、「生産者はゼロを目指すしかなくなる」と生産現場への影響を心配する意見を述べました。

 しかし、厚労省の担当者は「振興は農水省。生産者の都合で安全規制を変えることはない」と答え、「農水省に、食料供給上の支障が出るかどうか尋ね、出ないことを確認した」と補足説明したのです。厚労省は、食品衛生法に基づいて規格基準を作ろうとしているのですから、この答弁も当たり前。しかし、丹羽会長の懸念に対してはなんら回答していません。

●現実に対応した「最適化」は、取り入れられず

 一般国民が食べる食品は既に、非常に低いレベルになっていると言えるでしょう。暫定規制値で規制しても年間被ばく線量の中央値は推定で0.051mSv。これは、自然の放射性物質によって年間平均で0.41mSvを被ばくしていることを考えると小さな数字です。そして、暫定規制値のまま規制した場合、ほとんどの人の年間被ばく線量は1mSvを大きく下回り、超えるのは2000人に1人の割合というのが厚労省の推計です。

 国際放射線防護委員会(ICRP)は、放射線のリスクについて「閾値なし直線モデル」を採用しており、食品のこのような放射能汚染はリスクゼロとは言えませんが、このレベルの放射線が天然の発がん物質やバランスの悪い食生活、高塩分などに比べてリスクが高いとは到底言えません。このあたりは、もうおなじみの議論です。

 放射線防護における「現存被ばく状況」と「最適化」という観点からみると、今までも、そしてこれからも極めて重要なのは、もっとも大きな被害を受けている人たち、今回の場合は福島やその周辺に住み暮らす人たちを、いかに早く、健康影響を極力抑えながら元の暮らしに戻していくか、ということです。
 しかし、現状の法体系と縦割り行政は、苦しむ人たちの日々変わって行く現実を組み込み対応して行くことができないのです。

 放射線審議会の委員は、答申の本文で異議を申し立てるのは諦めてしまい、別紙の中にだけは、なんとか、その現実を盛り込みたい、と必死になっているように見えました。それが、文言に対する細かな修正要請となっているのです。

●早くも始まった福島外し

 私は、コラム「消費者の安心のための新基準値でよいのか?」で、「500から100に下げても、気にする人は安心しない。500から100にしたのなら、次はゼロだ、となるはず」という福島の人たちの言葉を紹介しました。

 実際に、そうした現象がもう起きています。ある食品メーカー幹部は「福島や茨城の農産物はもう使えません。個人的には問題のないリスクだと思うが、企業としては使えない」と断言しました。新潟コシヒカリに次ぐ高級米だった会津コシヒカリも買い控えに遭い、売れても価格は大きく低下しています。地元の人たちは「業者は、もうしばらく辛抱して、生産側ががまんできなくなったところで安く買い叩いて、産地を表示しなくていいブレンド米にするんだよ」とささやいています。

 会津地方は、福島県内の浜通りや中通りに比べて放射性物質の降下量は少なかったようで、空間線量は低めです。コメからは放射性セシウムはほとんど検出されていません。でも「福島」と十把一絡げにされています。

 もっと困るのはもしかすると、水産関係者かもしれません。福島の沿岸漁業、底引き網漁業の再開は遠のきました。それに、茨城県北部でも、モニタリング検査で100Bq/kgを超える魚がぼつぼつ出ており、新基準値の影響が懸念されています(水産庁調査結果)。出荷規制がかかったり、市民団体などが集中的に検査したりするようになると、新たな風評被害が産まれるおそれがあります。魚を毎日1kg、2kgと食べる人はいないでしょう。実際上の健康リスクは、魚をよく食べる地元の漁民であっても大きくはない、と予想されますが、今後の動向を水産関係者は不安がっています。

●だれが、どのように被災地の人々に責任をとるのか

 さまざまな影響が懸念されます。こうした問題が起きても、大方の人たちのリスクが大きく下がる、ということであれば、生産者には「多少のがまんもしてもらわないと」ということになるのかもしれません。しかし、元の話に戻りますが、もともと実際の汚染は非常に少なくなって来ているので、新基準値移行によるリスク低減は微々たるものなのです。

 私は、新基準値に絶対反対、ではありません。リスクの低減にかんする情報や検査体制への疑念、リスク低減の費用対効果などの検証が行われ情報が公開され、多くの人たちがそれでも新基準値を支持し、「大多数の安心のために、多少の犠牲はやむを得ない。費用がかかるのも仕方がない」と納得できるのであれば、それはそれで社会の決断であろうと思います。

 それに、新基準値に反対する人がいる一方で、歓迎する企業や農林水産業者が多いのも事実です。「暫定規制値の500Bq/kgのままだと、多くの食品が500Bq/kg程度汚染されているという誤解が消えない。100Bq/kgに下げられ規制されれば、少なくとも高い数値の食品はない、と安心してもらえる」という意見もよく耳に入ってきます。

 でも、今回の新基準値案の審議は、縦割り行政と法律、そして政治家のスタンドプレーの結果、検討されていなかったり、情報が公開されていない項目があまりにも多すぎます。そして、そのことがほとんどの国民に伝わっていません。さらに、本当に苦しむ人たちの声を正面から聞くことができなくなってしまっています。その状況に、悲しみを感じるのです。

 放射線審議会の丹羽会長は2月2日の会合の最後に、「国として、どう動かして行くのか。どう責任を持つのか」と問いかけました。役人への問いかけであり、自らへの問いかけであったのかもしれません。私も、消費者の1人として、自分へ、消費者へ問いかけなければなりません。私たちは、新基準値が施行された暁に、被災地の人たちに対してどう責任を持つのか、と。

(2月2日に有料会員向けに発行したメールマガジンの内容の一部を改変して掲載しました)

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