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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

新基準値移行で、検査の網の目をすり抜ける食品が増える?

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2012年2月8日

 読売新聞が2月4日付社説で「食品の放射能 厚労省は規制値案を再考せよ」と主張した。全国紙が、「放射線リスクゼロを求める一部消費者への迎合では、経済や社会に混乱と不安を広げるだけだ」と、新基準値案について正面から論じたのは価値あることだと思うけれど、放射線審議会での審議で、おそらくもっとも重要な指摘の一つ、と思われることが、内容から抜けてしまっている。

 それは、基準値を下げることが、必ずしもリスク管理の強化、安全の向上にはつながらず、逆に高汚染の食品の流通を見逃しかねない、という可能性だ。
 この点についてFoocomでは、1月20日付の有料会員向けメールマガジンでは伝えているのだが、ウェブサイトでは説明したことがなかった。簡単に触れておきたい。

● 新基準値移行で、検査数が減るおそれ

 新基準値案は、暫定規制値から新基準値に移行することで、リスクの低減を見込んでいる。コラムで紹介した通り、暫定規制値を継続した場合の被ばく線量の推計値は、中央値濃度の人で年間0.051mSv。新基準値にした場合には0.043mSv。年間0.008mSvの低減である。

 さらに、厚労省は1月26日の放射線審議会で暴露量の推定をもう少し細かく説明していて、暫定規制値をそのまま続けると、摂取量の多い上位の人、2000人に1人は、被ばく線量が1mSvを超えるが、新基準値に移行すればすべての人が1mSvを下回る、とした。

 このリスク低減の幅が大きいと見るか、ささいなもの、とみるか、見解が分かれる。それはさておき、放射線審議会では、新基準値に移行した場合に浮上する問題点として、検査体制が不十分になるのでは、との意見が出た。委員の予想通りなら、これはリスクの増減にかかわるかもしれない。

 新基準値は、一般食品であれば100Bq/kg以下であること、さらに牛乳や乳児用食品は50Bq/kg以下であることを要求される。厚労省は、これまでの放射性セシウムスクリーニング法において、測定下限値を「50Bq/kg以下であること」としてきた (厚労省・食品中の放射性セシウムスクリーニング法の一部改正についてより) 。
 しかし、新基準値ではもっと低いレベルの含有を測定しなければならない。そのため、厚労省が現在パブリックコメントを実施中の食品中の放射性セシウムスクリーニング法の一部改正案においては、測定下限値として「25 Bq/kg(基準値の1/4)以下であること」としている。当然,牛乳と乳児用食品はこんなレベルの測定ではダメで、さらに測定下限値を下げる必要がある。

 いずれにせよ、放射性カリウムなど、天然にある放射性物質の量と同等程度の低い放射能濃度を、測定しなければならない。現在使われている分析機器のうち、定量に使えないものが出てくるだろう。また、測定時間を、現行の2倍、3倍と延ばすことになる。また、低い数値であっても適切に測定し、必要な場合にはデータを補正できる人材が一層求められる。

 これは何を意味するのか? 放射線審議会では一部の委員から「測定できるサンプル数が少なくなり、つまりは、高い数値の食品を見逃す恐れが上がるのでは」という指摘が出た。検査数が減るとは、網の目が粗くなる、ということ。すり抜ける食品が増えはしないか。

 これに対して、厚労省は、検査体制を充実させると繰り返し説明する。しかし、新基準値以降によって、測定できる検査機器がどの程度減るのか、サンプル数が減少するのか、現在計画されている予算措置でどの程度、検査機器を補充しサンプル数を増やせるのか、判断の根拠となる具体的な数値を挙げた説明はない。

 そもそも、現状の検査の数が十分で、適切なのかも不明のまま。少なくとも、牛肉とコメばかり測定して、ほかの食品が手薄になっていることは明白だ。こうしたサンプリングのアンバランスは、改善されるのか? そうなると、現状の検査体制でも間に合うのか?

 いやいや、福島県では検査に関しては素人の「普及指導員」なども動員されて,不慣れな検査作業に取り組んで来た。そうしないと、コメなどに要求される検査数をこなせなかった。そんな現場に、検出限界値を下げろ、適切な補正を、と言って、すぐに実行できるのか? 大混乱に陥るのではないか? それに民間企業が、食品衛生法に基づく新基準値を遵守するために自主検査したい、と考えた場合に、適切に測定できるのか? 需要を満たすだけの検査機関と装置はあるのだろうか? いずれも不明のままだ。

● 放射線審議会は、検査体制の整備を要請

 これらは、起きるかもしれない「可能性」の話である。そんなことを列挙して、読者を震え上がらせても仕方がないが、現場で大混乱が起き、検査をすり抜ける食品が増えれば、新基準値移行によるリスク低減効果も怪しくなってしまう。こうした細部が検討されない、あるいは情報が公開されないままなのは、やっぱり問題なのだ。

 そのため、放射線審議会は2月2日に検討した答申案で、「放射線障害防止の技術的基準に関する法律に定める基本方針の観点から、技術的基準として策定することは差し支えない」としつつも、「測定機器の整備やそれを扱う人材の確保・育成などの体制を整備することが重要である」とわざわざ申し添えた。別紙でも、「必要な検査制度及び件数の確保が困難となることによって基準値を超えた食品が市場に出回るといったことに繋がらないように」という文言で表現された。

 新基準値で安全と安心を簡単に得られるほど、現実は単純ではない。私たちが得たいのは、リスクを低く抑え確実にコントロールすることのはずなのだが、不安は尽きない。

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