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めんどな話になりますが…|松永 和紀

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職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

「原子力ムラの圧力」ではない。放射線審議会の答申の意味

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2012年2月17日

 放射線審議会が16日、食品や水道水中の放射性物質の規格基準について16日、厚労省の諮問通りとする答申を行った。(文科省・放射線審議会のページ

 内容はほぼ、2月7日付のコラム「縦割り行政と硬直化した法体系浮き彫り 放射線審議会・答申案」でお伝えした内容そのまま。厚労省の新基準値案(一般食品100Bq/kg、飲料水10Bq/kg、乳児用食品と牛乳50Bq/kg)を了承しつつも、別紙で意見を述べる、という体裁で、新基準値ではリスクはそれほど低減されないこと/乳児用食品や牛乳は、一般食品の100Bq/kgのままでも子どもへの配慮が十分なされていること/検査体制の整備が重要であること/現状でもリスクは小さく、基準値をわずかに上回ってもリスクの上昇は僅かであり、リスクコミュニケーションが重要であること/地域社会の適正な社会経済活動を維持し復興するために、ステークホルダーの意見を最大限に考慮すべきこと―等々を指摘している。

 私は、昨年12月1日付のコラム「放射性物質の新規制値、下げればいいのか?」以降、ずっと新基準値案について書き続けて来た。読んでいただければ、答申の意味をつかむ材料となると思う(コラム一覧)。

 1月7日付コラムでも書いた通り、放射線審議会の答申を「原子力ムラの圧力」と見てはならない。この審議会は、放射線防護の専門家の集まりとして、国際放射線防護委員会(ICRP)の示す最適化の原則に基づき基準値は決められるべき、と考えた。放射線リスクは、経済的、社会的な要因も考慮して、合理的に達成できる限り低く保たれるべきというのが、ICRPの示す最適化。放射線リスクの低減だけをいたずらに求め一気に下げると、そのトレードオフとして、経済的、社会的なリスクが高まってしまう恐れがあり、被災地の復興への大きな打撃となり、ひいては放射線以外の健康リスクの増大にもつながる。そのことを、放射線審議会は強く懸念している。

 だが、事故直後の緊急時から、平常時に向けての復旧期、つまり事態が常に動き変わりつつある中での最適化の概念は、日本の食品安全行政の考え方とは相容れない。そこから、委員たちと答える厚労省の間で議論に齟齬が起きた。また、放射線審議会は、新基準値の過度の安全配慮に異議を唱えひっくり返せる権限を、持っているわけではない。今回の答申はこうした現実を踏まえ、放射線審議会がぎりぎりのところでなんとか、意見表明にこぎつけた、というべきものだろう。

 前回までの審議については、文科省のページで既に議事録も公表されているので、配布資料も含めて見てほしい。

 私は、新基準値案についてずっと考え続けて来たが、放射線審議会の丹羽太貫会長の、16日の会合での最後の言葉が心に残る。丹羽会長は、「審議会としてやらなければならないこと以上に、各委員個人の使命があり、長い審議となった」と説明した。個人的な使命について詳しい説明はなかったが、これまでの審議内容から私は、専門家として放射線防護について検討すると共に、被害を受けている方々に寄り添い生活再建に尽力し、地域社会の復興を目指すうえでなすべきことをそれぞれの委員が考えた、ということではないか、と受け取った。

 そのうえで、丹羽会長が指摘したのは前述の最適化の問題、そしてもう一つが、「国として緊急時、現存被ばく状況時に、横串を刺して考える場がない」ということだった。

 なるほど、と改めて思った。
 たとえば、検査。国と自治体、民間でどう分担して効果的に測定して行くか、分析機器をどのような考え方で配置するのか、さらに食品以外の土壌や地下水など、さまざまな検査対象をどう振り分けて調べて行くのか、司令塔がいて大きなデザインがあれば、効率も効果も上がるはずだ。

 放射線リスクについてなら、本来であれば内部被ばく、外部被ばくを合わせて考えて当然だ。さまざまな調査で、食品による内部被ばく線量が小さいことが明らかになっている一方、一部地域では外部被ばく線量はまだ高く、リスクは食品由来に比べて圧倒的に高い。環境中の放射性物質の除染や、汚染はほとんどないのに処理を拒否されている瓦礫の問題の方が、食品よりもはるかに深刻なのは、言うまでもない。限られたリソースをうまく配分して対策を講じなければならないはずだ。

 検討すべきは、こうした放射線リスクだけではなく、人の心の再生や経済の復興など多岐にわたる。社会として目標を持ち、計画をたてて実行に移し、どの程度の期間で立ち直ろうとするのか、総合的な議論に基づくビジョンがほしい。でも、丹羽会長が指摘する通り、その場がない。だから、社会全体が食品の規制というごく一部分のリスク対応だけをクローズアップし、やみくもに突き進んでしまった。

 この深刻さに、人々が早く気づく必要があるのだろう。
 おそらく今回、食品の基準値検討にかかわったどの人も、厚労省の担当者も、本質的な問題の所在がどこにあるか、わかっている。でも、硬直化した制度と法体系、それに「不安なお母さんたちの声に応えて」などという世間の風潮に抗えなかったのだ。

 今後、食品の新基準値案は、パブリックコメントの結果も受けてもう一度、厚労省の薬事・食品衛生審議会で検討される。ここで、案が再検討されたり4月施行が先延ばしされたりすることはほぼない、と思うが、WTO通報による海外諸国の動向には注意が必要だ。厚労省は輸入食品についても同じ規格基準を適用するとしており、輸入食品は現行の370Bq/kgから一気に厳しくなる。だが、近年でもキノコやジャム類などで高い数値が検出されるケースがあり、チェルノブイリ原発事故が原因とみられている。これらの輸出国の動きは気になるところだ。

 いずれにせよ、これ以上のゼロ志向に歯止めをかけ、リスクに対する適切な理解を促さないと、新基準値が被災地の人々にさらに追い討ちをかけ、苦しめることになってしまう。さて、どうしたらよいのだろう? なにができるのだろう? 委員に使命があったのなら、私の使命は? 丹羽会長の言葉を受け、考えている。

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