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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

ほかの食品への影響が気になる「レバ刺し禁止」

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2012年4月6日

厚労省が、生食用牛レバーの販売を食品衛生法に基づき禁止する方針だ。3月30日に開かれた薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会乳肉水産食品部会で決まった。6月中にも、加熱などの規格基準を定めるとしている。

厚労省審議会資料

これについて、多くのマスメディアが報じている。

毎日新聞・牛の生レバー:提供を法的に禁止へ 厚労省部会

朝日新聞・牛の生レバー提供、6月にも禁止 加熱を義務化 厚労省

読売新聞・牛生レバー提供禁止へ・・・違反なら懲役か罰金

産経新聞・牛の生レバー、提供禁止へ 今夏までに

こうした場合、マスメディアは通常、安全側へより厳しく規制する方を支持するものだが、今回は少し違っているようだ。とくに、日経新聞は『「レバ刺し禁止令」の愚かしさ』という社説で、厳しく批判している。

関係業界団体などが「客観的、科学的な情報が十分に示されていない」「営業上、大きな打撃を受ける」などと強く反発しているため、日経新聞は食品産業への影響を重視したのかもしれない。昨年のユッケによる食中毒死亡事件を引き合いに出し、『ただ1つの事業者が引き起こした不祥事を機に「官」による規制が際限なく広がる、典型的なパターンだろう。耐震偽装事件のあと、建築基準法が強化され、業界を萎縮させたのと同じだ』と述べている。

ただ、この社説は牛レバーの生食のリスクに対する書きぶりに少々問題があるのではないか。「生レバーに危険性があるのはたしかだが、1998年以降の食中毒事例は年間10件ほどだ。食中毒全体の1%に満たず、生ガキの食中毒などと比べて突出しているわけではない」と書いている。

たしかに、発生件数は少ない。しかし、発生件数は食べる人数がどの程度かに大きく左右されるから、単純に件数で比較するわけにはゆかない。厚労省の資料によれば、牛レバーの腸管出血性大腸菌0157の汚染率は0.7%。ただし、腸管出血性大腸菌は摂取量が数個でも発症するおそれがあり、発症した場合には死亡したり重い後遺症をもたらしたりする。つまり、ハザードは非常に大きく、生起確率は低い、というのが牛レバーの生食のリスクだろう。

私は個人的には、レバ刺しを食べて“当たった”場合のハザードがあまりにも大きすぎるように思えるので、レバ刺しは食べない。そのリスクとハザードを知らなかった20年以上前、九州に行って初めて食べさせられた時には、その味にびっくりした。その後、何度か食べたが、好みではなかった。ハザードとしての特徴を知ってからは、口にしていない。もちろん、子どもにも食べさせない。

ただし、日経新聞の社説に同意できる部分もある。社説はこう書いている。

「 およそ食べ物から完全にリスクを取り除くのは難しい。魚の刺し身も生卵も、食べる、食べないは、突きつめれば個人の判断だ。食文化というものは、そうした微妙な均衡のもとに育まれてきた。」

「そこに『お上』が乗り込んでメニューそのものをご法度にするとは、ほかの分野での過剰規制にも増して愚かしい対応と言わざるを得ない。へたをすれば『闇レバ刺し』がはびこることになる。」

闇レバ刺しは提供する業者も食べる本人も覚悟するものなのだから、「死のうと重病にかかろうと本人の勝手でしょう」とも言えそうだ。だから、『闇レバ刺し』がはびこるから、規制はだめだ」という社説の論理には賛成しない。しかし、前半の“微妙な均衡”という部分には共感する。 なにより私が気になるのは「レバ刺し禁止」の、ほかの食品への影響。真っ先に思いつくのが、鶏刺しや鶏たたきなど鶏肉の生食。鶏肉のカンピロバクター汚染率は、厚労省の資料では4.6%。もっと高い調査結果もある。この数字からみる限り、生起確率は腸管出血性大腸菌よりも高そうだ。

食中毒事件も多数発生している。2010年は361件でノロウイルスに次いで2番目、同じ年の腸管出血性大腸菌の食中毒発生件数は27件である。

そして、死亡例や重篤例はまれだが、最近は筋肉の麻痺が起きる「ギラン・バレー症候群」との関連が指摘されている。つまり、ハザードとしても決して軽視できるものではない。

鶏刺しや鶏たたきは、ユッケのような規格基準を作ったうえで生食を認める、という方策は難しいと思われる。なぜならば、肉が牛に比べれば薄いので、表面を加熱すると中まで火が通ってしまうからだ。ならば、レバーと同じように禁止? いえ、食中毒になってもほとんどは死なないから、禁止しなくてもいい?鶏刺しや鶏たたきは提供する飲食店も多く、もし禁止になればレバ刺しと同じように大打撃を受ける業者が出てくるだろう。それだけに、規制するにせよしないにせよ、ハザードとリスクについて、多くの人が納得できる科学的で合理的な理由と基準が必要。

生かきも現在のところ、ノロウイルスにかんする成分規格はないが、生産現場でどれほど清浄養殖に努力しても汚染を完璧に防ぐのは無理、とされている。ノロウイルスは、感染者からの二次感染も多く、こちらの生起確率はかなり高そうだ。感染して重症化すると死にも至る。ならば、これも禁止になるのか?

そんなことを考えると、やはり今回の「生食用牛レバーの販売禁止」の曖昧さが気になる。厚労省の資料を読んでも、ハザードと生起確率をどう整理して禁止とするのかが、よくわからない。もっと俯瞰的に食品のハザードとリスクを整理してから各食品の規制を決めなければ、なにか事件事故が起きるたびに付け焼き刃的に対処する“モグラたたき”行政になるだろう。規制に不公平も産まれかねない。

不公平感は、社会の軋轢を産み食品行政への信頼感を失わせるもっとも大きな原因となる。腸管出血性大腸菌の食中毒による犠牲者をこれ以上出したくない、という気持ちはわかるが、審議会にはもっと緻密な議論をしてほしかった。

腸管出血性大腸菌の食中毒について、Foocom.netではこれまでにさまざまな記事を出しています。お読みください。

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